陣地での迎撃
「鮮やかだこと…」
別動隊を混乱させ、陣地に誘因する事に成功した騎兵隊が脇を通るのを見ながら、ショーンは呟いた。
「ホントだな。なあ、これトリガー無いぞ」
デイブの方を向くと、ガトリング砲を弄っていた。
「ああ、ガトリング砲はトリガーが無いんだ」
「無い!?じゃあ、どうやって撃つの?」
ショーンが近づき、ハンドルをポンポンと叩いて見せた。
「このハンドルを回すと、自動的に激発されるんだ。ちなみに装填と排莢も回転時に自動的に行われて…」
“これ、絶対長くなる奴だ”とデイブは直感した。
「あー!判った。じゃあ、ショーンが撃ってくれ俺は給弾係をする」
「え…。ああ、任せるわ。ちなみにだけど、弾丸は…」
勘弁してくれとデイブは思ったが、ショーンの話はちょっとやそっとじゃ終わらないのでデイブは耐えていた。
「第2砲兵中隊は榴散弾。第1、第3砲兵中隊はキャニスター弾使用!」
「了解!」
砲兵大隊の指揮所では、陣地に向かってくる敵兵対策に追われていた。
「キャニスター弾装填!水平射撃用意!」
「水平っつてもな…」
なだらかな下り斜面の為、砲に俯角を取る必要があるので、砲兵たちは大急ぎで螺旋式の仰俯装置を大急ぎで回していた。
「これさ、前に歩兵が居ないじゃん?」
「ああ」
「突破されたら終わりだな」
「……」
堡塁の前方は、安全の為に空堀を掘り、木の杭を数十メートルにわたり刺しただけで、一応は塹壕はあるが、人は配置していないのだ。
その事を気にした兵士は小銃を間近に置きながら。“どうか、突破されませんように”と祈るしかなかった。
「砲がこっち向いたぞ!」
もはや統制は全くと言っていい程とれて無いが、別動隊の兵士たちは陣地に向かい突撃を続けていた。
「突っ込め!どうせすぐには爆発しない!」
反乱軍の陣地から放たれる榴弾が信管不良で遅発する物が多く、着弾地点から直ぐに離れれば大した被害が出ないので、兵士達が構わず突っ込んで来るのだ。
しかし、今回は前の方を行く兵士が一斉に吹き飛んだので、後続の兵士達は一瞬歩みを止めた。
「なっ…」
「て、鉄球だ!大砲が小さい鉄球を撃ち出したぞ!」
武術に長けた一部の兵士が、砲火と共に50以上の鉄球が大砲から飛び出て、仲間を引き裂くところを目撃したのだ。
「これじゃ、避けられない…」
1、2個ならどうにか出来るかもしれないが、流石に数が多く、手練れの兵士達は陣地を目の前にして恐怖で足が竦んだのだ。
「撃て!」
手練れの兵士達は塹壕から射撃を開始した反乱軍兵士の銃弾は何とか避けたが、次にまたあの鉄球が襲い掛かってきたら避けられるのか。まだ息があり、助けを求める味方を見て、完全に足が止まってしまった。
「よし、撃て!」
ガッ!
「あ!?」
ショーンがガトリング砲のハンドルを回すと、有ろうことか、弾が詰まってしまった。
それどころか……。
「取れちゃった…」
ショーンの手には根元からポッキリ取れたハンドルが握られていた。
「どうすんのこれ!!!!」
「待て、此処に小銃があるじゃろ?」
デイブはショーンの頭を思いっきりド突いた。
「そんな骨とう品扱えっか!」
「もっと引き付けろ!」
ジェームズは堡塁より前に位置する塹壕で約150名の歩兵の指揮を執っていた。
(…なんだこれは)
大砲から放たれるキャニスター弾や、仲間が投げた擲弾に吹き飛ばされる敵兵を目の当たりにして、非転生者の兵士は恐怖で身体が動かなくなっていた。
「撃てぇ!」
左右の兵士が銃を撃ち、再装填を始めているにも拘らず、サラは真っ直ぐと前を見据えて硬直してしまったのだ。
「おい!」
ジェームズにスコップで頭を叩かれ、ようやく我に返った。
「…サラ辛かったら後ろへ」
「……」
「サラ!返事をしろ!」
「だ、大丈夫。大丈夫だよ」
サラは途中で言葉を飲み込んだ。
「そうか?…まあ、いい。………射撃用意!」
「「「「射撃用意!」」」」
目の前で人がバラバラになるところを見せ付けられ、恐怖で思考が鈍ったわけではない。
「構え!」
「「「「構え!」」」」
周りが普通にしている事に違和感が芽生え、この場所が現実なのか判らなくなってきたのだ。
「撃て!」
サラは目の前に迫った兵士に向かい、銃を撃ち。その兵士が前のめりに倒れるのを目撃した。
“鹿か何かを撃つ時と同じ”そんな感覚を一瞬持ったが、撃たれた兵士が身体を起こし、また立ち上がろうとした。
「随意射撃!」
命令を出しながら、ジェームズが拳銃で立ち上がろうとしていた兵士の頭を撃った所でサラは限界を迎えた。
「「「「随意射撃!」」」」
何で周りは人が死ぬことに一切躊躇がないのか。目の前で人が引き裂かれているのに、何事も無かったかのように冷静なのか?
人を殺す事になるのはサラも理解して反乱に参加したが、目の前で起きてることは必要な事なのか?
酷い扱いをされる奴隷の解放と、母親や仲間が言っていた自由な社会を実現するのに、目の前の惨劇は必要なのか?
「サラ、おい!」
サラは銃を抱えその場に座り込んだので、ジェームズは声を掛けたが、サラは返事をしなかった。
「ルーシー!サラを後ろへ!」
離れた所に居たルーシーも調子が悪そうだったので、サラを連れて下がるように命令した。
「もう無理だ…」
キャニスター弾と榴散弾による砲撃と歩兵による射撃、更にはガトリング砲による射撃も始まり、別動隊の突撃は完全に粉砕されてしまった。
「退却だ!」
指揮官ではない末端の兵士だったが、1人が叫ぶと連鎖的に別動隊の兵士は逃げ出し始めた。
「殺されるだけだ…皆殺しにされる…。全員殺されるんだ!」
大声で叫びながら兵士が逃げ出すのが塹壕からも確認できた。
「アイツがいいな」
ショーンが小銃で一際叫んでいた兵士を撃つと、逃げ出すことを躊躇していた兵士も一斉に逃げ出し始めた。
「着剣!」
「「「「着剣」」」」
「マジかよ。追撃するのか」
まさかパオロが“着剣”を令するとはデイブは思っていなかった。
「少しでも数を減らさないとな。このまま逃げられちゃ、渡河中の部隊か街に戻ったあとに戦列復帰するからね」
こちらの数が少ないことがバレかねない行為だが、パオロの判断をショーンは理解できた。
「俺達も行くか」
「突撃!」
「「「「フラアアアァァァァ!!」」」」
威圧の為、喚声を上げながら反乱軍の兵士約150名が塹壕から飛び出し、既に虫の息の兵士や慌てて逃げようとする兵士を次々に刺殺しながら斜面を下り始めた。
それに呼応し、騎兵隊が再び突撃ラッパを吹かしながらサーベルを掲げ突撃を開始した。
「おのれ……!反乱軍め」
ウルベル族の部族長は別動隊が壊走し宿場町や此方に来るのを忌々しそうに見つめていた。
斜面のな半分ほどの所で反乱軍は追撃をやめ、被っていた帽子を振って勝利を喜んでいるのが見え、余計に怒りが込み上げていた。
「急ぎ、攻撃するぞ!」
「待たれい!」
ワベッジ族の騎士団長のマレック卿がガヴトロフ族の騎士団長マルチン卿と共にやって来た。
「一度、低くのが懸命かと」
「何!?」
マレック卿の一言に、ウルベル族の部族長は耳を立てた。
「今急いでは事を仕損じます。ここはケシェフから来ると言う魔王様の妹君の到着を待ってもよろしいかと」
「うーむ………」
勝てない戦では無い筈だ
ウルベル族の部族長は反乱軍の方を見て、押し黙った。
「戦はこの一戦終わりでは御座いません」
マレック卿に続き、マルチン卿が発言した。
「ニュクス様と協同で当たれば、敵が只者でないこともお分かり頂けるかと」
「………宿場町まで退くぞ!」
頭に血が上っていたウルベル族の部族長だが、騎士団長2人に提案され、冷静になったことで深追いせずに兵を下げる決断をした。
「上手く行ったの」
マルチン卿は胸を撫で下ろした。
年長者なので南部部族連合の指揮を執る事になったウルベル族の部族長だが、長いこと戦場に出ていないので、少々稚拙な所があるので、マルチン卿達は苦心していた。