進軍再開
「負け狗共めが、おめおめ逃げ帰りおって!」
団員と一緒に戻て来たガヴトロフ族の騎士団長に、大して被害を受けていないワベッジ族の騎士団長のマレック卿が食って掛かった。
「よく言う、また後ろの方に隠れて手柄だけ頂こうとしてた癖に」
毒を吐いたガヴトロフ族の騎士団長のマルチン卿に対し、マレック卿は大笑いした。
「ガハハハッ。いつも貴様らが功を焦っておるだけではないか!……して、一筋縄では行かんか?」
「彼奴ら、妙に手馴れておる。転生者の集まりかもしれんな」
「転生者か……」
マレック卿は他のウルベル族やズォラフ族の騎士団の様子を見ながら手を考えた。
「確かに妙な物をを使っておるな」
2人が話している間も、砲兵大隊が中隊単位で統制がとれた砲撃を続けていた。
「…っ!此方に来おったぞ!」
2つの騎士団が集まった所を逃す筈はなく、砲兵中隊の1つが狙ってきたのだ。
「移動だ!」
「行くぞ!」
移動を始めた騎士団だが、不発の榴弾が跳ね返り、騎士の1人が犠牲になった。
「真っ直ぐ来ないな…」
パオロはじめ、幕僚は陣地の中で小高くなっている、見張り台がある場所に机と地図を移し、そこで指揮を執り始めていた。
「おい、宿場町の城塞に居た兵士が動いた気配はないか?」
撤退中の反乱軍の兵士と救援に出ている騎兵隊の側面を叩かれる事をパオロは警戒していた。
「今のところは何も」
撤退してきた反乱軍の兵士の一部は、既に陣地へ戻ってきていた。
「砲兵中隊の1つを街に向けろ」
「了解」
最初は驚いたが、街に派遣した兵士が無事に戻る見込みが出来たので、宿場町からの攻撃に備えることにしたのだ。
「どうにか落ち着いたね」
ショーンとデイブが傍らに居ることをパオロは今更気がついた。
「何とかな…。お前らはどうする?今ならまだ逃げ出せそうだぞ?」
今はまだ、陣地は包囲されておらず、目立たぬように裏から逃げ出す事も出来なくは無いし、2人は魔王の伝令を意味する青い三角旗を持っているので“反乱軍に投降を呼び掛けていた”と方便が立つのだ。
「ここまで来て、逃げると思うか?」
「乗りかかった船っすよ」
反乱にはてんで興味はなかった2人だが、昔の仲間のピンチを放っておいて逃げ帰る真似だけはする気はなかった。
「すまねえ…。武器は持ってるか?」
パオロの問に2人は剣と盾、それにショーンは45口径の自動拳銃、デイブは38口径のリボルバー式拳銃を掲げた。
「2人ともこれだけ」
「…ジェームズの所に行って予備の銃を貰ってくれ。それと、奴の指揮下に入ってくれ」
「?」
ショーンとデイブからすれば、“剣と盾さえあれば十分”と見せたつもりだったが、パオロが残念そうな顔をするから不思議だった。
「一体何の騒ぎ?」
その頃、ニュクス達は宿場町へ向け進行を開始しようとしていたが、急に現れた大勢の避難民に道を塞がれて立ち往生し。
「暫しお待ちを」
様子を見に行かせたカミルが避難民に揉みくしゃにされ戻ってこず、ニュクスは不機嫌になっているのをドミニカは感じていた。
(案外、声を荒げている時よりも、静かに尻尾をパタつかせている時の方が怒ってるんだよな)
既に、イシスがドミニカの従士を引き連れ、迂回路を捜しに行ってはいるが。何時、ニュクスの堪忍袋の緒が切れるか、ドミニカは心配していた。
「ニュクス様!判りました!」
“自分で調べに行こうか”と、ニュクスが思い始めた時になって、ようやくカミルが避難民を掻き分けながら戻ってきた。
「宿場町の住民を避難させるように、反乱軍から要請があったとのことで、避難してきたと…」
「宿場町からね…」
もっとも、この先に数える程度にしか集落がなく、この規模の避難民は宿場町以外ありえないのだ。
「例の手紙が届いたにしては早すぎでは?」
「うむ…」
ここまでニュクス達は一気に走って来たが、兵士の食事や休憩、それに鎧兜を着込むために3時間、村に留まった。一方、早馬で宿場町に向かった筈の2人が宿場町に着いてから、お年寄りや怪我人を乗せた荷馬車や子連れの避難民が宿場町からこの村に来るまでおよそ3時間。
つまり、ニュクスたちが村に着いた頃には出発したと思われるが、そうだとすると早いように思えた。
「手紙が届いたとして、直ぐにお互いが納得して避難民を出すとは思えないね」
防衛側と攻撃側の両方に“休戦と避難民の移動”について手紙を出したが。特に防衛側が“はい、判りました”と納得して、奴隷の反乱軍の目の前に非武装の避難民を出すとは思えなかった。
「既に交渉で避難が決まっていたか、あるいは……」
ニュクスは“思いの外楽観的なのでは”と思い始めていたが。
「避難民に兵士は随伴していましたか?」
ドミニカは“裏に何か有ると”訝しんだ。
「ええ、駐屯兵が居ました。お待ちください、すぐ側に待たせています」
カミルは「こちらです」と神殿に立て籠もっていた指揮官と神官長をニュクスの前に案内した。
「お初にお目にかかります。私は宿場町ポゴダの神官長、アンジェイ・シルベルマンです」
「ポゴダ駐屯隊のレマ・ヤコヴィ小佐です」
シルベルマン神官長はお辞儀をヤコヴィ少佐は2指の敬礼をしたので、ニュクスは答礼として、ローマ式の敬礼をしかけたが、寸でのところでヤツェク長老から言われた事を思い出し、ヤコヴィ少佐と同じ2指の敬礼をした。
「避難民の護衛をありがとう少佐。早速質問ですが、反乱軍と避難について交渉はありましたか?」
ニュクスが口を開く前にドミニカが質問をした。
「ええ、ありました。私達は商業地区に在る神殿に避難民と一緒に立て籠もっていたのですが。今朝6時頃に反乱軍の1人が白い旗を掲げて”投降するように”と呼び掛けてきました。その後1時間経つと、今度はもう1人士官が連れ立って交渉に来ました。その時は”街の外へ避難してくれ”と要求が変わりました」
ドミニカの読み通り、どうやら手紙より先に交渉があったようだった。
「それで、相手の士官は誰だか判りますか?」
“何か、入り込む余地がないな”と、ニュクスはドミニカの様子を見ていた。
「アメリカ人でした。名前は“オリバー”だか…正直覚えておりませんが」
「どういった事を経験したか判りますか?」
神官長は記憶を辿りながら話した。
「彼は“海兵隊”の兵士で、“グアム”と“オキナワ”に行ったようです」
「そうですか…」
パオロ・グエラなら意図が判るが、その元海兵隊員とパオロの関係がわからないので、ドミニカは悩んだ。
「ただ…。彼が前世の体験を悔やんでいることが判りましたので、それで住民を説得させて避難することが出来ました」
「そうでしたか…」
話が済んだようなので、傍観者の立場だったニュクスが手を上げて質問を始めた。
「反乱軍の数とか判別している?」
「夜襲だったのではっきりとは断言できませんが、1000は下らないかと思われます」
「ん?」
ヤコヴィ少佐の答えにニュクスは眉をひそめた。
「“はっきりと見ていない”…ね。避難してくる時も?」
「はい、少数の兵士と向こうの指揮官は居ましたが…」
これまでの予想では、少なくとも3000名規模の反乱軍を想定して動いていたが、現地から来たヤコヴィ少佐が”はっきりと見てない”以上、反乱軍の規模の予想がつかない。
「相手の規模が判らないわね…」
「しかし、住民の避難が始まってますし、手紙も宿場町と反乱軍に宛てて出しましたし。急ぐ理由はないかと」
こうなった以上は、適当に睨み合ってもらう。
その程度にニュクスとドミニカは考え始めたが。
「それで良いかと、既に南部部族の連合軍が宿場町の側に来てますし」
「…何?」
全く聞いていない南部部族連合の話を聞き、ニュクスの目の色が変わったので、ヤコヴィ少佐は驚いた。
「2万の大軍で宿場町に向かっていると、城塞に立て籠もっている城主と町長が言ってました、なので援軍は不要とも手紙を預かっております」
ニュクスは手紙を受け取ると封を切り、中の便箋を広げた。
中は魔王に宛て、勝利を確信した城主が自分たちだけで反乱軍を鎮圧してみせると宣言するものだった。
「……魔王様には我ら一同南部部族が一丸となり、反乱軍を一掃して裏切り者の屍の山を築く様子をご覧に入れましょう」
「城塞には昨日の昼に到着した先遣隊1000人も居ますので直ぐに堕ちることはありません」
ヤコヴィ少佐の言ったことも耳に入らず、ニュクスは便箋を封筒にしまった。
「ご苦労さま少佐。貴方はこの後どうするか決めているの?」
内心では反乱軍の中に居る元アメリカ人達がどうなるか気が気じゃないが、目の前に居るヤコヴィ少佐の目の前で騒げる筈はなく、とりあえず遠くに行って貰おうと考えていた。
「ポゴダの宿場町に部下と戻るつもりですが…」
同行できるのかと、ヤコヴィ少佐は期待したが。
「…いえ、貴方達はケシェフまで避難民を護衛してください。実は反乱騒ぎにかこつけた野盗で道中が物騒でして」
「…そうでしたか!」
それっぽい嘘で誤魔化し、ヤコヴィ少佐とシルベルマン神官長が避難民の元に向かってから、ニュクスはドミニカと話し始めた。
「参ったわね…」
「まさか、南部の部族が連合を組むなんて」
部族の垣根を越えて、連合が組まれるなど先代魔王が死んでから一度もなく、ドミニカも全く予想していなかった。
「…とは言え、南部部族連合の前で反乱軍を庇えないけど。見殺しにも出来ないわね。……進軍しましょう」
ニュクスは街道から外れ、宿場町が在るであろう方向を向いた。
『イシス、そっちどう?』
『誰も居ないよ』
イシスからの返事を聞くとニュクスは右手を上げ、魔力を込めた。
そして、右手を突き出すと土魔法を発動し目の前に幾つも存在した小高い丘をすべて崩してしまった。
「わっわっ!」
「うわ!」
けたたましい音を上げ、吸い込まれるように丘が消えると、真っ直ぐな道が出来上がった。
「宿場町まで一気に進むぞ!」
ニュクスの号令に、指揮下の兵達は土が崩れた時にする独特な匂いが残った道を進み始めた。




