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イゴール卿とチェスワフ部族長


ビトゥフの北西、宿場町のポゴダがFELNの反乱軍に襲撃された報せは、ビトゥフの南西に在るオルゼル城に移動していた荒鷲の騎士団長のイゴール卿の元にももたらされていた。


「中はどんな様子だ?」

会議室の傍の小部屋に集まっていた兵士たちは、籠城準備が整い暇を持て余し始めていた。

「それが、さっぱり静まり返ってら」

ポゴダだけでなく、後続の輸送隊も足止めされ、ビトゥフから到着したのが今朝。それも、何者かが積荷をすり替え、あたかも荒鷲の騎士団が財宝を持って逃げ出すと叫んだと報告があり、騎士団の幹部とイゴール卿は朝から会議をしているはずが、中の様子が全く伺えないのだ。


「おい、大変だ!」

馬屋を担当している兵士がドアを開けるなり叫んだ。

「痛えな…何すんだよ…」

偶々ドアの前に居た他の兵士がドアに顔面を打ち、鼻を手で押さえていた。


「あ、わりい。てか、それどころじゃねえ!ビトゥフで商会が1つ爆破された!」

「爆破?」

「ああ、建物を丸ごと崩れ去ったらしい。それのせいでビトゥフじゃパニックが広がってる。街の街壁の内側に反乱軍が居るってな」

「え、じゃあ…」

事の重大さに1人が気づいた。


「中に誰が報告しに行くよ?」

その一言に、部屋全体が凍りついた。どう考えてもイゴール卿の逆鱗に触れる報告で、イゴール卿の怒りに巻き込まれる事を彼等は恐れた。

「そ、そりゃ。伝えに来たお前が」

「お、おい。俺は従士ですら無いんだぞ。そこは最低でも従士が行かないと」


『なんだとー!!!』

揉めている間に、他の騎士が報告したのか。会議室から雷のようなイゴール卿の怒号が聞こえてきた。




「ひ、被害はスウォィンツェ商会に発注していた物資と奴隷。それと受け取りに行っていた従士が5名…」

補給部隊と共にビトゥフからやって来た従士が俯きながら報告をしていた。

「街の被害はどうだ!?火災は?暴動は起きとらんか!?」

イゴール卿は最初は怒鳴りはしたが、少しずつ落ち着きを取り戻しながら詳細を問いただした。


「街の被害は商業地区でスウォィンツェ商会が全壊。出勤していた職員も全員亡くなったと、それと爆発が激しく付近の商会にも被害が及んでいます。幸い火災は発生していませんが住民の中にパニックが広がり、街道が全て通行不能になったこともあり、ビトゥフでは物価が高騰しつつあります」

物流が完全に止まっても、街の食料庫や商会が持っている商品が有るので直ぐに生活が出来なくなる事はないが、“商会が1つ消えた”という異常事態に、平静を保てる住民は居なかった。


「補給物資は無事に届いたのか?」

価格の高騰で物資の買い付けが出来なくなることを恐れた騎士が発言した。

「ダニエル法務官の計らいで、無事予定していただけの食料は運び込めましたが、追加分は厳しいかと」


「騎士団長、如何しますか?」

右へ向かえば左から叩かれ、左へ行けば右から叩かれ、何処に敵が居るのか定かでは無く、騎士団の上層部は完全に目標を見失いつつあった。

「ビトゥフはチェスワフに任せるほか有るまい…」


しかしながら、今更ビトゥフに引き返しても事態は好転する見込みはなく、イゴール卿はオルゼル城に留まる決断をした。


「イゴール卿!チェスワフ部族長です!」

他の従士が会議室に入ってくるなり叫んだ。

「奴から手紙か?」

ケシェフに居る筈のチェスワフ部族長がオルゼル城に来る筈が無いので、イゴール卿はまた厭味ったらしい手紙か何かだと思い、嫌そうに答えた。


「い、いえ。本人がズヴェルムに乗って来ました。今は中庭に」

「何?」



「しかし、乗り心地は意外と良いなあ」

チェスワフは呑気にズヴェルムの頬を撫でていた。

「ああ、コイツは乗ってる俺達の事を考えて飛んでくれる。まあ、スピットファイアと違って座席が剥き出しだから風が当たるし、少々寒いがな」


ズヴェルムを操ってた若い竜騎士が目上の筈の部族長とフランクな会話をするので、騎士達は不思議がった。


「あと、コイツは争いをしたがらないかな。いいとこ偵察か人員輸送程度しか使えないだろうな」

気が弱いジェロネズヴェルムは争いを好まない草食性の竜なので、殺気を感じると直ぐに距離を置こうとするし、先日は爆弾を括り付けて飛ばそうと試みたが、殆どのズヴェルムが飛ばなくなってしまった。


「なるほどな。軽便機程度だと思えば良いわけか」

中庭の扉の1つが開き、イゴール卿が姿を表した。



「一体何の用だ?」

イゴール卿はイギリス式の航空服を着たチェスワフと竜騎士の姿を見るなり口を開いた。

「そう邪険にするな。魔王様からの命令を聞いてきた」

そう言うと、チェスワフはズヴェルムの鞍に括り付けた荷袋から封書を取り出した。


「魔王様からはオルゼル城に留まり、南西の反乱軍に睨みをきかせろとな」

「…荒鷲の騎士団に対する処罰はどうなる?」

最初に聞いていた話では、“魔王様の妹君が到着するまでに反乱を鎮圧しろ”と言われていたが、急な命令変更をわざわざチェスワフ部族長が伝えに来たなど、イゴール卿は思っていなかった。


「保留だ。…だが、全てが終わった後にお前を含めた上層部は身を退いて貰う事になるだろう」

「…ふんっ」

イゴール卿は険しい顔をして、天を仰ぎながら中庭をゆっくりと歩き始めた。


「息子のリシャルドはどうなる?」

「アイツが投降すればそのまま騎士団長を任せるつもりだ、人猫の妻とキマイラの娘と一緒にな」

「何処でその事をっ!」


騎士団でも一部の人しか知らない筈の事を部族長のリシャルドから聞かされ、イゴール卿は耳を立てた。

「魔王様から聞いた。俺も初耳だったぞ」

「魔王様から……」


一体なぜ、ケシェフの魔王様の耳に入ったか。

「…破滅だ」

「人猫の奴隷との間に産まれた娘の事か?心配ない」


人狼と人猫に限らず、異種族と子供が生まれる事は無いと思われていた。

「魔王様も父親が人狼、母親が人猫だ。聞く所によると、珍しいが無いわけでは無いらしい」

「無い訳では無いだと!?息子が悪魔の父親になったなど、世間に知れたらアイツは破滅だ! タダでさえアイツは毛の色が白く陰口を叩かれて居たのだ!いくら魔王様が口利きをしても世間が納得すると思うか!悪魔の子を宿した娼婦が堕胎しても見てみぬふりをする連中だぞ!」


尻尾を膨らまし、一気に不満をぶち撒けたイゴール卿は肩で息をしながらチェスワフ部族長を見据えた。

「貴様ら異世界の連中がどんなに理想論を掲げても、だれも聞く耳を持たないだろ…。魔王様が居なくなった後でアイツがどんな目に合うか…」

チェスワフ部族長はゆっくりと歩み寄り、イゴール卿の右肩を掴んだ。


「まて、他にもキマイラ…悪魔の子は居るのか?」

「…なんだ、知らなかったのか?子が出来にくいだけで、全く出来ない訳ではないんだぞ?」

イゴール卿は中庭の端に置かれたベンチに腰掛けた。


「殆どの娼館では年に1,2度は奴隷の堕胎を行ってる。もっとも出来る可能性が少ないが」

「……噂には聞いていたが、事実だったのか」

チェスワフもイゴール卿が座るベンチに腰を掛けた。


「薄々みんな勘付いているが、誰も調べようとしないだろ?それどころか街の住民が買うパンだって、腐ったカラス麦しか食ったことがない奴隷が必死に育てた農園で作られた物だと奴らは知っているし、建物の石材や釘を作るための鉱石は奴隷の子供が崩落の危険に怯えながら地下に潜って取ってきたものだって知ってやがる」

イゴール卿が初めて本音を吐露したので、チェスワフは左耳を傾ける程に驚いていた。


「南は人馬、北は人間、東はゴブリン。常に人狼は外敵に襲われてるんだ。なのにだ、アイツらは街壁の中で温々としときながら、何かあれば“騎士団が、騎士団が”と文句ばっか垂れる。騎士団には汚れ仕事ばかり押し付けているくせにだ!」


「…魔王様は荒鷲の騎士団だけに罪を着せる気は無いさ。荒鷲の騎士団が担ってきた国境の守りは高く評価している。がからこそだ。今は悪党扱いされている荒鷲の騎士団が変わった事を知らしめるために、リシャルドが騎士団長になる必要が有るんだ。既に、5万を越えた反乱軍がリシャルドと娘のことを知って一緒に行動してるんだ。上手いこと行けば、お前の孫に後ろ指を指す連中が少数派になるんだ。……元奴隷が反発するかもしれんが、それはお前たちが身を退く事で、何とか収める」


「………なんで、その話を持ってきた?お前の口ぶりだと、反乱軍の一部と連絡を取れてはいるんだろ?構わず反乱軍と荒鷲の騎士団を潰してもいいだろ?」

確かに、反乱軍の中に協力者は居るが、イゴール卿がそこに気付いたのでチェスワフはため息を吐いた。

「お前の弟のフィリプが魔王様に嘆願したんだ」

「そうか、アイツがか…」

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