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進軍計画

普段なら朝食から手の込んだご馳走が出てくれば、心踊るもので、それが料理が美味いことで有名な、ポレコニツェンレの宿で取るので有れば尚更だったが、イシスはまるで刑場の様な雰囲気の前に若干の胃痛を覚えていた。


皿の空いたスペースを凝視する、幽霊の様に憔悴したアガタ。パンを何切れか口にした後、俯きながらコップの葡萄ジュースを飲むニナ。場を盛り上げようと空元気を見せ、逆に場が白けた事を後悔しているトマシュ。険しい顔をし、殆ど喋らないショーンとデイブ。そして、場の雰囲気のせいで味がしなく、何を食べているのか判らないイシスと彼女の隣ではエルナが馴れないフォークで豆をつついていた。


しかし、コレでも食事を取る時間が許されるだけイシス達は良かった。

村の役場に宿泊しているニュクスは、ビトゥフの手前に在る宿場町が襲撃を受けていると、夜明け前に報告を受け、結局一睡もする事無く。ケシェフからの増員を要請し、伝令や周囲の村落に派遣した斥候から、襲撃の経緯や村落の様子等について逐一報告を受けていた。



「襲撃が有った町まで半日で移動可能ですが、待ち伏せを警戒する必要が有るかと。なので、前方に斥候を広く展開する必要があります」

ピウスツキ卿が街道の地図を指差しながら進軍計画をニュクスに説明していた。


「しかし、襲撃を受けている宿場町の戦況は芳しく無いんだ。騎士団だけでも先行させられないのか?」

クヴィル族の指揮官の1人が手を上げ発言した。

「既に、街壁は破られ。戦況は市街戦へ移行している。多少のリスクを許容してでも急行すべきではないか?」


「イヤ待ってくれ」

次はポーレ族の指揮官の1人が手を上げた。

「ファレスキが攻撃された時に、我々は急行軍で駆け付けたが、疲れ果てとても戦にはならなかった。此処から宿場町との半分未満の距離でだ。それに、先に騎士団だけが町に着いたとして、各個撃破されるのが落ちでは?」


「それに、相手は前装式ライフルを持った歩兵に拳銃を装備した騎兵隊に大砲まで有る。町の手前に在る小川ですら越えられるか判らんぞ」

「やはり、ケシェフから連発式ライフルを持った増援が来るのを待つべきでは?」

「それでは宿場町が陥落する!今ある戦力で攻囲を破らねば、駐屯兵が全滅することになるんだぞ!」

「反乱兵が異世界の国旗を掲げている問題はどうなる!?相手がもし、烏合の衆で無く、元兵士だったら!」


自身の領地を喪う大敗を経験し、慎重なポーレ族に対し。領地を護りきる事に成功しているクヴィル族の間で意見が別れるのは仕方がない事だった。


「ニュクス様、如何なさいますか?」

意見が完全に割れ、議論が平行線となったので、ニュクスの直ぐ隣に居たドミニカが議論を打ち切る為に、ニュクスに意見を求めた。


「各々の意見は良く判った…」

ニュクスは視線が自分に集まるのを確認し、ニュクスは意見を言うのを勿体ぶった。


「各指揮官が勝利に向け、熟考してくれる事を嬉しく思う。さて、進軍計画だが……」

また少し間を置くので、何人かが食い入るように身体を前に倒すのを横目で見つつ、ニュクスは地図を指差した。


「宿場町の手前に在るこの村。軽装状態で此処まで急行軍で移動し、その後、完全武装し強行軍で宿場町へ一気に進出する。騎士団は斥候として周囲に展開し、ケシェフの増援も待たん」

ニュクスの案では、イシス達が遺跡に向かう前に立ち寄った、宿“セーヌ川”が在る村までは急行軍で移動し、宿場町までは臨戦体制で強行軍を行うと言う、良く言えば玉虫色。悪く言えば、自分の意見が無いが故に、中途半端な案だった。


「増援を待たないのですか!?」

「コレでは半日近く掛かります!」

「騎士団を斥候に使うと言いますが、急行軍では警戒線に穴が開くのでは!」


指揮官達から意見が巻き起こり、ドミニカは唇を噛んだ。

同性と言う事もあり、短い期間だったが他の指揮官よりもニュクスと過ごす時間が多く、彼女の人となりを知り。見た目と違い思慮深い、有能な指揮官だと理解できていたが。対称的に他の指揮官はニュクスの事を“魔法は確かに使えるが、魔王の妹と言うだけで戦は知らない世間知らずの小娘”だと陰口を叩かれている事を知っていた。


「増援を待つよりも、今は攻撃の機会を失う事を防ぎたい。宿場町にさえ着けば、後は持久戦に持ち込み損害を極限し、増援到達までの時間稼ぎを行う。斥候に関しては、ズヴェルムを兄上から借り受ける手筈になっている。上空から広範囲を警戒出来るので問題は無い。それと、時間だが。………駐屯兵を信じてみようと思う。………彼等なら、半日持ちこたえてくれるだろう」


ニュクスの反論に指揮官は黙った。

いや、黙らせられたと言った方が正しかった。


勿論、ニュクスの反論は“粗”が無いわけでは無いが、今まで反対意見を述べるのに使っていた理由に対し、対処法を述べられ。時間が掛かりすぎるとの反論には“駐屯兵を信じる”と言われたので、これ以上の反論は窮地に立たされている駐屯兵の名誉まで傷つける事になる。


「準備ができ次第出発したい。他に意見が有るものは?」

指揮官達は下手に扱き下ろすより、暫く様子を見ることにした。

「では、会議は以上だ」




「ふぅー………」

自宅の寝室で姿勢良くベットに腰掛けているアルトゥルはため息を吐いた。

視線の先には、ついさっき神官のエミリアが家に届けてきた“米軍式の野戦服"にそっくりに作られた緑色の野戦服。階級は、誰にも言っていないのに、前世で退官した時の階級である“陸軍少将”を意味する、2つの銀色の星が縫い付けられていた。


「兄ちゃんどうしたんだろ?」

「あんな顔初めて見た」


廊下から覗いている弟や妹達の声が聴こえ、アルトゥルは余計に憂鬱になった。


(短かったな………)

“今世は前世に比べると幸せだったな”と、アルトゥルは回想していたのだ。


アルトゥルの前世、ロナルドは家族に恵まれ無かった。南部の名士の家に生まれたが、父親が厳格ですぐ体罰を振るい、5歳上の兄が大学を留年した事が原因で拳銃自殺した事で、ロナルドは家を出た。


始めて生まれ育った片田舎の町から出たロナルド少年は、父親の財布から抜き取った金で適当に切符を買い、幾つか列車を乗り継いだ末にサンフランシスコに落ち着いた。

それから、日本人がパールハーバーを攻撃するまでの2年間程、ロナルド少年はバイト等で細々と生計を立てる、お世辞にも裕福とは言えない生活だったが、父親の影響で持っていた卑しい偏見。特にWASP以外のイタリア系やアイルランド系と言った後発の移民や有色人種に対する間違った認識を正すことに役立った。


そして、戦争が始まると軍に志願し、何度も命を落とし掛け。そして、狂った人間がやらかした戦争の恐怖を知ったが。フランツやショーンと違い、終戦後に故郷に帰る気が起きず、軍に残る事にした。“平仮名が読める”ことを理由に日本配置換えになり、そこで人生の伴侶と出会った。


(佳代ちゃんにまた会いてえな…)

きっかけはロナルドの一目惚れだった。


最初に配置された沖縄から東京に配置換えされ、雇われていた日本人スタッフの1人だった黒髪の女性に目を奪われ、そのままGHQが置かれた建物の階段を転がり落ちたのだ。


その後は、士官学校にも行き、軍人としてキャリアを積み。更に2つの戦争を経験し、子供にも恵まれ、上院議員にもなった。

しかし、社会的には成功を納めた人生だったが、今世程の充実感はなかった。


アルトゥルは立ち上がると軍服を手に取り、再び躊躇した。


今世では、貧しいながらも、誠実な両親に愛情を持って接してもらい。38人も居る兄妹達全員と仲良く。前世で実の両親や兄弟と暮らしていた頃とは、全く比べ物にならない程、家族に恵まれて来た。


それのせいか、前世で馴染みの有る野戦服を着ると、今世のアルトゥル・カミンスキーとしての人生を捨て。ロナルド・ハーバーとして残りの人生を過ごさねば行けなくなるのではと、躊躇していたのだ。


「アルトゥル?まだ?」

「あ、わりい。すぐ行くよ」

ドアの向こう側に立つエミリアに返事をすると、アルトゥルは寝室に並んだ兄弟のベッドを1つづつ眺め、腹を決めた。


馴れた手つきで野戦服を纏い、靴を履き帽子を被った。


(………?あ!)

一歩踏み出した時に違和感を感じ、尻尾を探るとズボンに尻尾を出す穴が有ることに気づいた。


「わりい、わりい」

かなり長い間エミリアを待たせていたが、いやな顔を1つせず、

今後の予定を説明し始めた。

「街の外に増援部隊が待っているから、そこに行けば良いよ。後は」

エミリアと玄関へ向かう途中、アルトゥルは居間に集まっていた両親と一緒に生まれた兄妹達と目が合った。


「わりい、ちょっと良いか?」

「………ええ、どうぞ」


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