逆さ吊りの刑
「うのおおぉぉぉおおお!」
遺跡で残っている一番大きい建物である本殿の外壁にロキが逆さ吊りにされていた。
「降ろしてー!」
その高さは建物の5階分。ミノムシの様にぐるぐる巻きにされたロキがフラフラと揺らいでいた。
「ダメよ。ちゃんと反省なさい!」
ロキが(直接的に)やらかした訳では無いが、転生者が異世界を越えることが出来る転移門を好き放題弄った煽りで、2つの世界が崩壊の危機に瀕したのと。イシスと同行していた転生者のフランツが異世界に飛ばされたと聞き、赤髪の女性も怒った結果である。
「全く。何時もトラブルを起こすんだから」
そう言いながら、赤髪の女性はトマシュの頭を撫でた。
現在、トマシュの身体に“相乗り”してきたカエが嬉しそうに尻尾を振るのがトマシュにも判った。
(当たってる………)
普段のトマシュなら後頭部に当たっている柔らかい物を想像し、顔を赤らめる等出来たが、顔が紅潮した感覚が湧かなかった。
周囲の変化から自分達以外の時間が停められた事が判ったが、何故かトマシュの意識は停止した時間内でイシス達のしていることを認知できているが。身体の操作と反応は相乗りしてきたカエが全部操作していた。
「どうしますか?」
イシスがロキに石を投げてる横で吊り上げさせる様を眺めていたニュクスが質問してきた。
「そのまま放置しといて。いい時間になったら私からフェンリル君に“何処に居るか”教えるから」
「転移門は如何しますか?」
次はトマシュの口から質問が出た。
「私が管理するは。他に転移門が無いとも限らないから監視所として使うは」
「そう、ですか」
含みがあるカエの返事に、赤髪の女性はカエを優しく抱きしめた。
「本当は貴女にあげても良いんだけど。まだ貴女は転移魔法を使いこなせていないでしょ?だから、今回の様に事故が起きないように、少しの間私が管理するけど。世界が安定したら自由に使って良いは」
カエの耳がピクリと反応し、振り返りつつ赤髪の女性の顔を見上げた。
「本当…ですか?」
カエの尻尾が硬直し、赤髪の女性の目を真っ直ぐ見つめた。
「ええ、貴女は良く尽くしてくれてるし。他の霊魂のように元居た世界に戻っても問題なさそうだしね。そろそろ子供達にも会いたいでしょ?」
カエの顔が紅潮し、尻尾をが目一杯膨らみ大きく降り動かされた。
「はい!ありがとうございます!」
(そう言えば、カエは妻子と死別してるんだよな)
どっからどう見ても。子供にしか見えないカエに妻子がいるのが今一想像できなかった。
(そもそも、今のカエは女だし…うーん……)
「さてと。じゃあ、私は戻るから後はよろしくね」
赤髪の女性がそう言い残すと、壁に手を突いた。
カエ達が恭しくお辞儀をし、再び頭を上げた頃には赤髪の女性は消えていた。
「あれ?女の人が消えた」
港生の声に反応し、トマシュが耳を向けると、意のままに耳が動き。トマシュは身体の自由が戻ったことに気付いた。
「あれ?」
「あらら…」
ショーンとデイブは逆さ吊りのロキに気付き、一応は心配そうに見上げていた。
「カミル!」
「はいっ!」
ニュクスに大声で喚ばれ、カミルが大急ぎで駆け付けてきた。
(班長は相変わらずだなあ…)
姉達に雑用を押し付けられる等、私生活で気の強い女性に尻に敷かれているカミルが、仕事ではニュクスに尻に敷かれているのを見て、トマシュは心の中で静かに同情した。
「捕虜どもをケシェフに移送する。人員の選出を速やかに行え」
「はっ!」
「…え?」
トマシュが声を出したので港生が振り返った。
「ん?どったの?」
「いや、今さ」
トマシュはニュクスとカミルのやり取りに違和感を感じた事を港生に説明した。
「ニュクスが………あ、魔王様の妹なんだけど。ニュクスがカミル伍長に指示を出したんだけどさ。普通は下士官の伍長に直接指示なんか出さないで、士官に指示を出すんだよ。これだと、ニュクスの指示が一旦下士官の伍長経由で士官に伝わるから、下士官が偉いみたいな感じになるから、雰囲気が棘立つんだよ」
港生が覆面越しでも(そんなわけ無いだろ~)と思っているのが何となく伝わった。
「あー、そうだなあ」
偶々聞いていたショーンが肯定した。
「緊急事態か、下士官が指揮官付きの場合だったら、ただの伝令だって判ってるから角が立たないけど。あの子は伍長だよね。一方のニュクスは言うならば司令官クラス………。普通なら伝令も士官が務めるもんだから、ちょっと居心地悪いだろうね」
デイブも話を聞き付け、疑問に感じた事をトマシュに質問した。
「あれ?てかよ、こっちだと軍隊の階級はどうなってんだ?」
トマシュがカミルの事を“伍長”と呼んでいるので、他にも有るのか気になったのだ。
「僕が一等兵で、同じ班のアルトゥルとライネが上等兵です。後は班長が伍長で、その上に軍曹、曹長、准尉、少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐、最後に将軍って感じです」
「って、将官は将軍だけかい!」
急にトップの階級が来たのでデイブが突っ込みを入れた。
「いやさ、規模に応じて階級も増えたり減ったりするじゃん。南北戦争で階級が増えたろ?」
デイブが顎先を書きながら、「あー、ユリシーズ・グラントの大将とかか」と呟いた。
「将軍はポーレ族部族長のマリウシュ部族長等、各部族長が該当しますね」
「………それもしかして、チェスワフ部族長とかの案?」
“元居た世界の軍組織の階級をそのまま持ち込んだのでは?”とショーンが勘づいた。
「確か、そうだったかと」
「因みにだけど、ハーバー…。アルトゥルの前世での階級は聞いてる?」
デイブが“アルトゥルは自分の事をどれだけ周りに言っているか”気になり質問してみた。
「さあ?でも性格的に曹長位じゃ」
「あの人、退官時は少将だったんだよ」
「え"…」
デイブの一言にトマシュは固まった。
「護送はクヴィル族の騎士団が責任を持って行います」
カミルから話を聞いた女騎士のドミニカが移送の打ち合わせをしにニュクスの元にやって来た。
何だかんだカミルが便利だからと、ニュクスに使われているのを可哀想に思い。ドミニカがニュクスの指示を下達してくれたので、カミルのイメージは悪くなっていなかった。
「イシス様が土団子で捕まえた分を含めると252名程の捕虜となります。なので、騎士団も50名程人員を割くつもりです」
「移送部隊の指揮官は?」
「騎士団の中でも…」
「しかし、派手にやったなあ」
泥だらけの捕虜を一目見た港生が感想を漏らした。
遺跡の地下で通路ごと飲み込まれた捕虜達だったが、巨大な土団子に飲み込まれ、地上に出てきた時点で気絶をした者は居たが、殆どが自力で土団子から這い出てきていた。
「前から予想がつかない事をするからね」
トマシュはこの数日間、魔王3兄妹に散々振り回された事を思い出していた。
「本隊より先に移送部隊は出るぞ!」
ドミニカの指示で、移送任務に当たる騎士団員が捕虜の移送を始めた。
両手を縛られ、力無く歩く捕虜達が見えなくなった時分だった。突然、巨大な妖精が3人現れた。
「え!?」
「うわ………」
ニュクス達とは別行動を取っていたトマシュ達は、何故妖精が巨大かして現れたか理解できなかったが。
「もう出たよ」
「あんだけやればな」
ニュクスに同行していた兵士達は、“ですよねー”と思っていた。
「木を燃やした奴出てこ~い」
「金払え~」
「しめて、金貨1000枚だ~」
彼等はニュクスが道を切り拓いた際に燃やした木々の補償のために現れたのだ。