罠
「連れてきたか………」
「っ!」
ブレンヌスの前に突き出されたチェザリは息を飲んだ。
ブレンヌスの傍らには、仲間達の騎士や弓矢の死体が堆く積み上げられていた。
「松明を」
ブレンヌスは火の着いた松明を受け取ると、死体の山を一瞥してからチェザリに話した。
「祈りの言葉を頼む」
「何?」
反乱兵や投降した歩兵が運んでいる死体に反乱兵の死体が混じっていることに、チェザリは気付いた。
「ワシは貴様らの神々や英雄に捧げる祝詞を知らんのだ。代わりにやってくれぬか?」
死体の山を囲む形で薪が積み上げられ始めた。
「ブレンヌス殿。本当に宜しいので?」
声の主にチェザリは見覚えがあった。ブレンヌスの補佐に就いていた元荒鷲の騎士団の騎士が質問したのだ。
「荒鷲の騎士団と一緒に兵を荼毘に付すのは如何かと」
FELNの指揮官もブレンヌスに質問を投げ掛けた。
「構わん。死んだ者に生前の行いなど関係ない。神々の前ではワシ等はちっぽけな存在に過ぎん。コレは、生き残ってしまったワシ等が英雄達に行う償いなのだ」
油が撒かれ、ブレンヌスが火の着いた松明を投げ入れると、静かに燃え広がり始める。
気付けば投降した歩兵や反乱兵達も集まり、死んだ敵味方の兵士の為に祈りを捧げていた。
「英雄達よ………いずれ会おう」
ブレンヌスは跪くと、炎を見つめ続けた。
「イゴール卿!イゴール卿!」
ビトゥフに在る騎士団の館の中を伝令が凶報を伝えるために走り回っていた。
「何事か?」
館の中庭で幹部と寛いでいるイゴール卿を見つけ、伝令の従士は跪ついた。
「前線から報せが。ヴォイチェフ卿が…」
イゴール卿が怒り狂う姿が頭を過り、伝令は言葉を詰まらせた。
「ヴォイチェフ卿が待ち伏せに会い、討ち死になさいました。同行していた騎士と従士は全滅。弓矢と歩兵も殆どが戦死しました。ヴォイチェフ卿の息子、チェザリ様も恐らくは」
「なっ………にぃい!?」
イゴールは手にしていた金属製のゴブレットを握り潰した。
「そ、それと。敵は奴隷だけではなく、近隣の村々の住民も反乱に参加し、既に我が騎士団の領地の半分はFELNの傘下に………」
伝令が記憶に残っているのはそこまでだった。彼はイゴール卿の怒気に当たり、気を失う。
「おのれ………一体なんだと言うのだ!」
イゴール卿からすれば。荒鷲の騎士団は命を投げうって人狼を護ってきた。異種族の奴隷の反乱はまだ理解できたが、同じ人狼が反旗を翻し反乱を起こすなど露にも思っていなかった。
「イゴール卿、こうなってはチェスワフ部族長に援軍を」
幹部の1人が提案したが、他の幹部が即座に反対した。
「奴が応じると思うか!後2日で反乱を鎮圧出来ねば逆賊として処罰されるのだぞ!」
「しかし、反乱がここまで拡大するなど。もはや我々の手に負える範囲では」
「確かに、荒鷲の騎士団だけの問題では」
「しかし、チェスワフは転生者だ。信用は出来ない」
「だがこの状況となれば、人狼全体の問題だ。魔王様も我々だけに任せられぬ事は理解して」
「反乱の原因は我等に有ると名指しされておるのだぞ!鎮圧後にどの様な責を負わされるか!」
「…こうなった以上は」
幹部達の侃々諤々とした議論を聴きつつ、怒りが幾分収まったイゴール卿が漸く口を開いた。
「チェスワフや魔王様に頼る前に、騎士団が出来る事は全てせねばならん。情報を集めるぞ、敵の姿が見えねば戦えぬ。密偵や目明かしを総動員して反乱の実態を探れ。ビトゥフの騎士団員を南西のオルゼル城へ移す。騎士団の物資も急ぎ移せ、それと調達を急ぎ行うのだ」
「オルゼル城へですか!?」
「ビトゥフを離れるので?」
ビトゥフを離れると言ったイゴール卿の指示に幹部は驚き、聞き返した。
「そうだ。オルゼル城ならば反乱が起きた南西部とビトゥフの中間地だ。此処を拠点に西の荘園。南の人馬。そして、反乱に参加した村々に圧力を掛けるぞ」
オルゼル城は丁度ビトゥフと西の荘園の中間地点。ヴォイチェフ卿が討ち死にした場所から見て、10キロほどビトゥフ寄りの場所だった。そこは、荒鷲の騎士団の領地の真ん中で、街道沿いなのと河川が走っているため交通の便が良く、反乱鎮圧の拠点として最適だった。
「ビトゥフの護りは如何致します?」
「チェスワフに任せておけ。それに後2日もすれば魔王様の妹君が兵を率いてくる。ビトゥフが堕ちる事はあるまい」
「ポルツァーノ氏には追加で武器と糧食の方をご都合願いたく………」
イゴール卿が出したオルゼル城への移動命令に伴い、大量の物資を調達する必要があった。何故なら、騎士団に保管されていた物資はヴォイチェフ卿の軍勢が持って行ったので、新たに買い込む必要があった。
「かなりの量ですな。まるで戦争ですな」
調達担当の騎士がやって来たのは、ポルツァーノ兄弟が経営するポルツァーノ商会。商談相手は、兄のルイージだった。
2人は商会の応接間のソファーに机を間に挟む形で座り。ルイージは商品のリストを眺めていた。
「え、ええ。その。念のために」
まるで、獲物を見つめる蟒蛇の様なルイージの雰囲気に騎士は完全に呑まれていた。
「そうですな。荒鷲の騎士団様には何時もお世話になっていますから。引き受けましょう」
騎士が立ち上がり、お礼の言葉を言おうとしたが、ルイージの部下が革製の紐を騎士に巻き付け、思いっきり絞め上げた。
「うっ!あ…ああああ…………!」
紐の両端には取っ手が着いており、ルイージの部下は騎士の首の骨が軋むほどの力で絞める事が出来た。
苦しみから逃れようと身体を倒し、ソファーの前に置かれたテーブルが蹴られたことでズレ。騎士の為に用意されたコーヒーが零れた。
「あっっが………ぐっぅ………」
騎士の頸動脈が完全に絞まり、騎士が動かなくなるまでの数分間。ルイージは静かにコーヒーを飲んでいた。
「っ!………っ………」
やがて、脳に血が回らなくなり。琴切れた騎士の身体が痙攣を始めた所でルイージは徐に立ち上がった。
「死体は完全に隠せ、それと例の物は予定通り…」
「ええ、お任せください、ドン・ポルツァーノ」
部下の1人がお辞儀をする横で、他の部下が騎士の死体を床に敷いていた絨毯に包み、運び出す準備をしていた。
「道を開けてくれ!」
騎士団の館から、荷馬車と護衛の兵達が出てきたので、道行く人達は大急ぎで道を開けた。
荷馬車には食糧や医薬品等の軍需物資であることを告げる緑色の三角旗が掲げられていたので、優先的に通る権利があった。
「あ、くそ。通行止めかよ」
最短で街の外に出る道が工事の為、荷馬車は人通りの多い市場を通る形で大きく迂回する事になった。
「朝は通れたのに」
「何で通行止めなんだ?」
全く知らされていない通行止めに、騎士団員は疑問を口にした。
「準備は良いか?」
先程、ルイージに指示された部下が手下を引き連れ、荷馬車が市場に来るのを待ち構えていた。
「へい」
「よござんすよ」
「この道は嫌なんだよなあ………」
露店が間近に迫る程道幅が狭く、騎士団は慎重に荷馬車を進めた。
「何でこんな所を通るのかしら」
「邪魔くせえな」
道行く人達から陰口を叩かれたので、騎士団員達は心のなかで“申し訳ない”と謝っていた。
「うおっ!」
突然、荷馬車の1つで車軸が折れ、積んでいた木箱や樽が散乱した。
「なんだ!?」
「事故だ!事故!」
周囲の買い物客が集まり大きな騒ぎになった。
荷馬車から落ちた樽の1つが露店を直撃し、露店が粉々になったのだ。
「何て事をしやがる!危ないじゃないか!」
「よし、次だ」
「おい!見てみろ!金貨だ!」
野次馬と化した買い物客の中から叫び声が上がった。
「こっちは金塊だ!荷馬車の積み荷は金だ!」
「え?」
「何で?」
荷馬車を護衛していた騎士団員は混乱した。“自分達はポルツァーノ商会から納品された食糧をオルゼル城へ運んでいる”筈だったからだ。しかし、騎士団の刻印が入った金塊まで積み荷から出てきており、騎士団の館から運び出された金だというのが理解できた。
「コイツら逃げ出す気だ!」
「な、違う」
野次馬の一言で、野次馬が一斉に騎士団員に襲い掛かった。
「やけに上手くいったな」
「へい、こうも上手くいくとは」
荷馬車や馬の上から引きずり下ろされる騎士団員を尻目にルイージの部下達はその場を後にした。
彼等は騎士団から支払われた金をそのまま荷物の一部に忍ばせておき。人通りの多い市場まで荷馬車が来るように道を封鎖し、荷馬車が市場に来ると荷物を散乱させ。あたかも、騎士団が金目の物を持って逃げ出そうとしたように装ったのだ。
念には念を入れ、完全に倒壊した露店に騎士団の刻印入りの金塊まで用意した上でだ。
「日頃の行いの悪さだろうよ」
ルイージの部下達はそのまま裏路地へ消えていった。




