魔王ユリア「仲裁に来ました」
トマシュと港生の第一印象は“デカイ”人間だった。
しかし、高圧的な印象は全く無く。歳はエミリア達と同じ位に見えるが、何処か歳上の。例えるならば、祖母が普段離れた場所に住む孫を観るような優しい雰囲気の女性だった。
「まあ、普段冷静なニュクスまで一緒に怒るのは私も判るは」
赤い髪の女性がイシス達に歩み寄ると、余計に“デカさ”が際立った。女性の身長はアガタより高く、フランツやロキ達大人の男性並み。イシスとニュクスが完全に子供の様に見えた。
「デカイな(胸が)」
「デカイね(背が)」
港生の視線は少し下だった。
気付けばイシスとニュクスは恭しく片膝を着く形で礼をしていた。
「申し訳ありません」
ふと、トマシュは思った。“ニュクスが自発的に謝ったのを始めて見た”と。
「別に責めないわよ」
赤髪の女性は背中に斧が刺さったロキをチラ見すると、苦笑いした。
「まあ、この馬鹿はこの程度じゃ死なないからね。話が済んだら好きにして良いは」
「ちょっと、待ちたまえ!」
ロキが顔を上げ叫んだ。
「私を助けに来たのでは無いのか!?」
赤髪の女性がキョトンとした顔になった。
「助けが必要だった?」
「………どう見ても必要だったと思うのだが?」
赤髪の女性は「はいはい」と生返事をしつつ、イシスを持ち上げた。
「………………ゴロゴロゴロゴロ」
抱えられたイシスはまるで子猫の様に喉をらした。
「正直、ロキに用事が有って来た訳じゃ無いのよね」
赤髪の女性に見据えられた時、トマシュは周囲の様子が一変したのに気付いた。
そよ風に靡く枝葉の音やが止み、落ち葉が空中で止まり。周囲は全くの静寂に包まれた。
「ねぇ、カエ。今回の反乱は勝てそう?」
「……さあ、私には何とも」
トマシュは自分の口が勝手に動いた事に驚いたが、既に身体の自由が効かなかった。
「反乱の中心に貴女達のゴーレムが居るけど、どうして?」
「ゴーレムですか?はて………」
トマシュは自分の口を動かしているのがカエだと理解し、カエが視線をイシスに向けるのを傍観した。
「確かに私がゴーレムを6体放ち、まだ戻って来てませんが」
その場が凍るのがトマシュにも判った。
「誰を放った?」
カエの一言に、ニュクスは口元を押さえた。
「イシスに渡したのはブレンヌスとその仲間………。父上に使えていたガリア人の傭兵達………」
「ブレンヌス………。やれやれ………」
2人の様子に、イシスは目をパチクリさせた。
「ガイウス・ユリウス・カエサルの傭兵となれば、かなりのやり手よね?」
赤髪の女性が発言したので、イシスは上目遣いになりながら、赤髪の女性を見た。
「私は2、3度会った事が。私が死ぬ前に。父上の護衛兵をしてたと聞いておりましたが、ブレンヌスさんがどうかしたの?」
カエが困った時や考え事をした時に見せる、後頭部を掻く仕草をしてから溜め息を吐き、間を置いてから話始めた。
「ブレンヌスは元奴隷だ。マッシリアで剣闘士をしていたが、怪我をして使い物にならなくなった所を父上が買い取って奴隷にしたんだ。その後はスッラの粛清から逃れる際も同行し、私達が生まれた頃に自由民になっていた。………イシスが死んだ後に、私の元で働いてくれていたが。父上のガリア遠征やブリタニア遠征に同行していただけの事はあって、将としても才能が有る男だ。奴隷でなければ執政官や元老院議員として名を馳せてただろうな。ブレンヌスと言う“渾名”は伊達じゃない訳だ」
イシスは赤髪の女性の胸に後頭部を乗せながら「ふわー」と声を上げた。
「確かに、戦傷も有ったし、歳の割に機敏だと思ったけど………。一緒に居た奥さんの方が印象に残ってるなあ」
「それ、あの人が人猫だから印象に残っているだけじゃなくて?」
ニュクスの一言にイシスは耳を真横に倒し、イカ耳の形になった。どうやら図星のようだ。
「まあ、道理でって。ところかしらね」
赤髪の女性の一言でカエが目線をイシスから女性に移した。
「と言いますと?」
カエの質問に、赤髪の女性は両手を広げ、まるでクイズを出すように言った。
「カエサリオン君に質問です。ヴィルノ族で起きた反乱ですが、今どれ程大きくなったでしょうか?」
「チェスワフ部族長とフィリプ卿の見立てでは2000人程度だと」
「それは奴隷の数から推測したのかな?」
赤髪の女性はニュクスを手招きしながら続いて質問した。
「はい、荘園と鉱山の奴隷と奴隷解放戦線の推定兵数を足した数だそうで」
ニュクスが赤髪の女性に近付くと、まるで親子の様にハグをし、ニュクスも頭を撫でられた。
「そう………。じゃあ、反乱兵が5万人を上回ったのはまだ知らないのね」
「っご、5万人!?」
カエが眼を泳がす。
「5万人も何処から!?」
揺れる視線の端でニュクスも尻尾を膨らませているのが見えた。
「どっかの誰かさんが生まれてくる人の5人に1人が転生者になるようにした弊害でしょうね。農民や職人、果てには兵士や騎士として生きていた転生者が奴隷の蜂起に触発されて反乱に参加したのよ。転生者の殆どが奴隷制度が瓦解した近代以降の価値観を持った人だから、今の社会に馴染みが無いのと。魔王が降臨したことが切っ掛けだね」
「私達………が、ですか?」
「ええ」
赤髪の女性は何処か遠くを見るような、悲しげな表情をした。
「私達が降臨する時って、大体戦乱が起きる前なの。だから、人狼の政府………。と言っても人狼はヴィルク王国が瓦解した後は部族連合だから、各部族や騎士団を倒して貴女達を追放するか、支配下から離れるつもりでしょうね。私の国やロキの所。後、ズメヤの竜人の国も共産主義が流行ってるね」
「え!?」
首を押さえ付けていた拘束を外し、背中に斧が刺さった状態でロキは立ち上がった。
「そんな話は聞いてないし。てか、共産主義?うちはまだ、幕藩体制だよ。階級闘争とは無縁だよ」
赤髪の女性は再びキョトンとした顔をした。
こういう時の表情はイシスやカエ達に何処となく似ている印象をトマシュは持った。
「貴方の国では、転生者の海野さんが“元”特高警察の転生者を集めて赤狩りをしてるからね。後、ズメヤの所はがっちがちの恐怖政治で支配してるから今のところ持ってるわね」
トマシュは伝聞程度でしか聞いたことは無かったが、魔王ズメヤは遥か東に住む竜人を支配し、逆らう者は一族郎党皆殺しにすると聞いていた。
「神聖王国の王様が転生前はドイツ社会党の党員だったから、全部の国を赤化して、争いの無い連邦国家を作るって転生者を集めているのよ。………そうだ。ねえ、カエサリオン。此処の遺跡で悪さをしてたグループは元ナチスって本当?」
「私も直接確認した訳ではありませんが………」
カエが視線をイシスに移した。
「私と同行していた転生者がナチスの武装親衛隊だと」
「いや、無いと思うぞ?」
ロキが器用に腕を回し、後ろ手に手を合わせる形で斧を握ると斧を引き抜いた。
「私はナチ関係者は転生出来ないように設定してるんだ。私もファシストは大ッ嫌いだしね。私は善良な市民だからな」
キュポンと音を立て斧が抜かれたが、不思議と血は付いていなかった。
「て、言ってるけど。どうだった?」
「奴等がコレを」
イシスは赤髪の女性にナイフを渡した。
「ナイフに鍵十字の刻印が彫られています。それと、同行した転生者達は服装から武装親衛隊だと」
「だってさ」
赤髪の女性の追撃に、ロキは上半身を傾けた。
「おっかしいな………」
「まあ、中二病を拗らせた痛いネオナチの可能性が有るかな。カエサリオン、捕虜の尋問を任せるは。何か判ったら教えて」
「ハハッ」
カエが礼儀正しく礼をした。
「ところで、さっき凄く怒ってたけど。またロキがやらかしたの?」
ロキが視線の端で、そそくさと蟹歩きをしながら距離を取るのが見えた。
「ええ、実は………」
「放せ!この、あ"あ"あぁぁぁ!」
荒鷲の騎士団のチェザリは両手を木材に縛り付けられた状態で叫んだ。
「静かにしろ!」
木材は背中を横断する形で、チェザリの両腕は常に伸ばした状態にされた。
「来い!」
疲れ切り、ヨロヨロ歩くチェザリは馬の死骸に蹴躓き倒れた。
「おい、大丈夫か?」
「!………リシャルド?」
仲間達の死体を運ぶ反乱兵と投降した兵士の合間から、リシャルドが顔を出したので、チェザリは目を疑った。
「お前………何で?」
相手がチェザリだと気付いたリシャルドが近付いてきた。
「無事だったのかチェザリ、心配し」
チェザリが自分を連行している反乱兵の制止を振り切り、リシャルドに体当たりした。
「うがっ!」
「何故裏切った!!お前!騎士団の仲間を!何で!」
手が使えないが、チェザリは倒れたリシャルドに頭突きを何度もした。
「この野郎!」
反乱兵が2人掛かりで何とかチェザリを引き離したが、チェザリは離れ際に3発、リシャルドを蹴った。
「リシャルド様!お怪我は!?」
「あ、嗚呼。大丈夫だ」
反乱兵に介抱され、リシャルドはゆっくりと起き上がった。
「裏切り者がぁ!」
チェザリ額から血を流すのをリシャルドは見た。
「違うんだ、チェザリ………俺は………」
猿轡をされ、引き摺られるチェザリに声を掛ける間もなく、チェザリは運ばれて行った。