ロキ「話は聞いた。世界は崩壊する!」
人馬の科学者は部下達と顔を突き合わせ議論を過熱させていた。
「同期は問題無かったと?」
「ええ、オシロスコープでもテスト信号を確認しましたが、どちらも20µs周期で遅延は有りません」
映像を映し出していた制御装置と転移門を動かした転移門の同期がずれていて、転移門側から見て過去の映像を観ていたのではと睨んだが、完全に同期が取れており問題はなかった。
「やはり、そもそも異世界との壁を越える事自体に時差が有るのでは?」
「と言うと?」
前世では全く科学と無縁で只の電気工事士だったが、今世で魔術師として頭角を表し、神聖王国アカデミー内で魔術工学の論文を発表している新鋭の人熊の科学者は自分の仮説を説明し始めた。
「光速と同じように魔力の伝搬にも速度が有るのではと。前世の世界では、アメリカが月に軍人を送り出しましたが、月と地球の距離は約38万キロ。光速で進む電波が向こうに届くまでに御存知の通り約1.3秒掛かります。此方が月の映像を観た時には、既に約1.3秒過去の映像を観ており、それを元に指示を出しても更に約1.3秒。合計で約2.6秒も遅延が発生していました」
「………つまり?」
戦後を知らない科学者達だけでなく、戦後にアメリカに渡った科学者も首を捻った。
「今回、転移門が作動して11648が戻って来るまでに約15秒も掛かりました。もし、この世界から元の世界に………。便宜上、魔速としますか。魔速で約7、8秒程距離が在るために、元の世界側に帰還魔法が届くのに約7、8秒掛かったのではと」
「そうなると………」
何となく理解し始めた科学者達は結論を口にし始めた。
「我々は約7、8秒も過去の映像を観て………」
「転移門が作動するまで更に約7、8秒掛かる」
「合計で約15秒も遅れが出るか………」
暫く沈黙が続き、人馬の科学者が口を開いた。
「転移門の同期だけ15秒早められないか?」
人熊の科学者は溜め息を吐いた。
「残念ながら、15秒と為りますと映像側に遅延回路を置いたとしても現状では不可能です。コンデンサの在庫も有りませんので、そもそも無理ですし。新しく信号回路を組んで運用するのが現実的かと」
「あー、ダメだダメ」
今度は設計担当の人間の科学者が発言した。
「同期が取れなきゃ、それこそ15秒の時差で済んでいるのが数日、下手したら数年単位でズレても可笑しくない」
異世界同士を繋ぐ技術は未だに発展段階で、仮に同じ異世界のAの時点に時間を設定した筈でも、全く同じ筈の別の回路では全く違う日時と場所に繋がってしまうのだ。
その為に、日時と場所を1つの信号回路で定め、それを元にした信号を映像制御装置と転移門制御装置の間で同期して何とか運用しているのが現状だった。
「転移門は成功したそうだな」
親衛隊のジーベル少佐が人狼のアスマン中尉と兵士数人を引き連れて転移門の在る大部屋に入ってきた。
「しかし、時差が発生するのが判りまして………元の世界で交通事故が起きました」
「事故…か………」
ジーベル少佐が転移門を眺めつつ思案しているのをアスマン中尉は無表情に見つめているが、彼の耳は不安げに垂れ下がっていた。
「時差は何秒だ?」
「約15秒です」
「………うーむ」
ほんの数秒の間。ジーベル少佐が何を指示するか一同は固唾を飲んで待った。
「比較的、転移門をするのに安全な諜報員だけ帰還させるか………それか………。まあいい。取り敢えず寝てるか道を歩いているか、比較的安全な諜報員だけ転移を開始させる」
「えーとね。ついさっき転移門が一瞬起動したらしい」
ロキがフェンリルから聞いたことをそのまんま話したが、一同は「だからどうした?」と言いたげな顔をした。
「ただ問題が有ってね。正規の開き方をした訳じゃないから次におんなじ開き方をすると両方の世界が崩壊する」
………
……
…
ロキがいきなり“両方の世界が崩壊する”と言ったので全員顔を見合わせた!
「この!」
「えっ!?」
「どう言うことだ!?」
「嘘!?」
「真的假的!?」
イシスは左手だけでロキの首を掴むと喉を握りつつ文字通り締め上げ、琥珀浄瓶の中に居て話を聞いていない、ニナとエルナを除く他のメンバーは最初はパニックになったが。
「っちょ!?ギブギブギブ!」
「貴様ぁ!一体どう言うことだ!」
身長が150センチ程度のイシスが身長180センチを優に越えるロキを片手だけで持ち上げたので、他のメンバーは慌ててイシスをロキから引き剥がした。
「ゲッフォ、ケッホ。えーとその。コフォ。どうもなんだけど、アイツら無理矢理転移門を動かしたらしくて、ヒト1人の魂を異世界から強引に引っ張って来るのに異世界の壁ごとぶち壊したんだよ。えーとね、例えるなら………。玄関から入ればいいのに、ブルドーザーで壁を突き破って建物に入って人を乗せた後にそのまま反対側の壁も突き破ったから、建物を支える壁が残り2枚だけど、次はその2枚もぶち壊そうとしてる状況だね」
ブルドーザーを見た事の有るフランツ達ですら微妙な顔をする例えだったが、取り敢えず時間が無いのだけは判った。
「突っ込むぞぉ!」
「「「「「「「「応!!」」」」」」」」
イシスの号令と同時に転移門の在る大部屋と縦穴の間に在った壁が吹き飛びロキを除く全員が突入していった。
「あーちょっと!待って!」
「なんだ!?」
急に壁が吹き飛び、小銃や剣を持った集団が雪崩れ込んできたので科学者達は面食らった。
「敵襲だ!」
兵士の1人が慌てて小銃を構えようとするが、もの凄い勢いで間合いを詰めたイシスに袈裟斬りを食らい、小銃の弾装部から撃針に掛けて小銃を切断された。
「ひっ!」
イシスはそのままの勢いで兵士のベルトを左手で掴むと、他の兵士に向けぶん投げ、一瞬で2人を無力化してしまった。
「トマシュと港生は来い!フランツとアガタは転移門を残りは白い格好をした奴を取っ捕まえろ!」
大部屋で小銃を持っていた2人を無力化しつつ、大部屋の状況を観察していたイシスは指示を出し、トマシュと忍者の1人を喚び、大部屋の出入口に駆け込んだ。
「ぎゃあぁぁぁ!」
騒ぎを聞き付け大部屋に向かう兵士と鉢合わせし、イシスは剣の腹で先頭の兵士の眉間を殴打した。
「装置を止めろ!」
ショーンとデイブが小銃を構え制御装置を動かす科学者を止めに入った。
「む、無理だ!もう充電を始めている!」
「充電だぁ!?」
ショーンが横目で見ると、幾つかのダイヤルゲージのメモリが右に振れていくのが遠目にも判った。
「おい!何の充電だ!」
「誰が言うか!」
科学者達は非戦闘員だが、銃を突き付けられただけでベラベラ喋るほど、口は軽くなかった。
「転移門か!?今すぐ止めろ!転移門を動かすと世界が崩壊する!」
「はぁ!?」
「良いから止めろ!」
充電装置のコンソールに科学者の1人が着き、充電装置の操作をしようとスイッチに手を降れたが硬直した。
「おい、何やってるんだ!」
「………止め方が判らない」
「何ぃ!?」
青い顔をした科学者がデイブの方を振り向いた。
「こんなタイミングで止める事なんて想定してないから、スイッチを押しても止まらないんだ!シーケンス制御だから、魔力を放出するか規定値に達するまで充電されるんだ!」
「んな!?」
効率よく魔力用のコンデンサに魔力を充放電するために、充電量に応じて充電回路に流す魔力を自動調整するシーケンス制御が取られており。その上、緊急停止の回路を組み込んでいないのでどうしようもないのだ。




