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24話

 時刻は、正午を少し回った頃。


 テーブルの上にはペットボトルから注がれたウーロン茶のコップや、盛り付けられた肉、手頃なサイズに切り分けられた野菜の大皿が所狭しと並べられており、遊真達生徒四人と倉科姉妹の計六人分では少々窮屈な気がしないでもない。


「挨拶が遅れたけど、姉さんの双子の妹、です。みんなヨロシクね」


 この部屋のもう一人の住人の挨拶を挟んで互いの簡易な自己紹介を交わせば、テーブルの中央ではホットプレートが既に加熱されて、引かれた油が僅かに湯気を立ち上らせており昼食の準備は万端と言えよう。


「さあ、遠慮せずとも良いぞ。量だけはたっぷりあるからの」


 倉科涼子の号令の下、彼女の妹温子の手により食材が次々とホットプレートに投下されていくと、即座、ジュウジュウと食欲をそそる音色を奏で、胃袋を刺激する匂いが立ち込める。


 間、髪容れず、


「タン塩っ!」


 流星の箸が程よく焼き目の付いた肉を啄ばんだ。


 それが合図となり、遠慮がちに構えていた遊真と歳蔵もその勢いに触発されて、利き手に握った箸を繰り出す。


 こうして、第一次倉科亭焼肉争奪戦の幕が切って落とされたのである。


「あんたそれ以上デカくなってどうすんのよ! 玉ネギ食べなさい、玉ネギ!」


「いやいや、身体が大きい故に燃費が悪いのでござる。さすれば肉を下され、栄養の摂取でござる!」


「ちょっ、流星、僕の皿に勝手にピーマンばっかり入れないでよ!」


「野菜を処理しないと新たなお肉が投入されないのよ。少しは協力しなさいよ!」


 遊真も必死でカルビを追い求めるのだが、流星の巧みな箸裁きにより目標に辿り着くこと叶わず、やっとの思いでロースを捕らえるも、歳蔵の巧妙なトラップによりシイタケにすり返られていた。


「遊真、悪いけどカルビは渡さないわ」


「空蝉の術でござる!」


 傍若無人な流星と、忍術までも駆使する歳蔵相手に遊真は野菜ばかりを掴まされ、本命の焼肉を口に運び入れることはままならない。呆れと悔しさを同時に味わうが、今の遊真にはどうすることも出来なかった。そして自分すら右往左往するこの調子ではおっとり天宮など全く手が出ないのではと思いきや、彼女の時折緩やかに動き出し、間隙を突いて肉を的確に確保する様は正に天晴れの一言だった。


「こらこら、肉は沢山準備してあるからの。喧嘩せんと仲良く味わって食べるがよい」


 そんな生徒達の様子を微笑ましく感じたのか、担任倉科涼子は目元を緩めて眺め、片や妹の温子はただ只管、ホットプレートの空白地帯に食材を敷き詰める作業に没頭していた。


「ヌルコも焼肉奉行ばかりせんと食え。どれ、その役目は儂が代わろう」


「姉さんこそ、全然箸つけてないじゃない」


「儂は後からで十分じゃ。さあ、その皿をこっちに貸せ」


 焼肉争奪戦が苛烈を極める中、双子は良好な姉妹仲を見せ付ける。その極自然な会話から、来客の手前取り繕っている様子はなく普段からそうだと容易に想像させる程に。


「お、もう肉が無くなりそうじゃな。待っておれ、すぐに追加を持ってきてやろう」


 と涼子は口にしながら、妹より受け取った大皿の残り僅かとなった肉切れをホットプレートに並べたて、その足で肉を補充すべくキッチンへと向かった。


 そして新たに肉切れを山と盛り付けた皿を手に戻り、その分量に流星達を驚愕させるが、涼子はそんな生徒達などお構いなく淡々と食材を焼き始める。


 この頃になって漸く遊真は肉にありつけたのだが、


「ほれ、まだまだあるぞ。遠慮せずにたっぷりと食え」


「ちょっ! 遊真、手前のカルビ焦げるし! 早く食べちゃいなさいよ!」


「くひのははがいっはいなんはへほ(口の中が一杯なんだけど)」


「噛まずに飲み込んじゃいなさいよ。わ、次きた! ぎゃあああああ」


「姉さん、少しペースが速いんじゃ……」


「と、とにかく食うでござるっ!」


 ホットプレートに所狭しと敷かれた肉を焦げ付く前に処理するのが半ば義務化していて、塩胡椒のみのシンプルな味付けをされた焼肉を皆、無心に胃袋の中に詰め込んでいた。


 しかし怒涛の勢いで食していた流星達も、いずれは限界を迎える時が来る。


 矢継ぎ早に投入される焼肉を条件反射のように口に運んでいたのだが、当然食欲は胃袋の満腹感と反比例するように衰え、遂にお腹を擦りながら苦しみすら訴えだす始末だった。


「うー、ヤバい。胃袋が肺を圧迫してる感じ。息が出来ないわ」


「拙者も少々調子に乗って食べ過ぎたでござるよ……」


「流星さ、ちょっと行儀悪くない?」


 遊真の腕に凭れかかる様に背を預け、明後日な方向に足を投げ出す流星。身長百八十超えの食べ盛りに引けをとらない食べっぷりを見せ付けてくれたのだが、その重みをあまり感じさせない小さな身体のどこにあれだけの食材が収まったか定かではない。


 その一方で漸く食事を取り始めた涼子と共に未だ食材を突く天宮がいるのだが、そのマイペース振りは衰え知らずで、ホットプレートと口元の間で往復する箸は、食べ始めの頃と変わらぬリズムを刻み続けている。


「あんた、まだ食べれるなんて相当なもんね……」


 首だけ捩り、苦しげにその様子を眺めていた流星の呆れた声が聞こえるが、


「ストック」


 と天宮は箸を一瞬止めて手短に答え、再び焼肉を摂取していた。


「ストックって、食い溜めって意味かな?」


「クマみたいな女ね。これから冬眠でもする気かしら」


 遊真の何気ない呟きに流星が反応を示すが、確かに天宮の着衣の色からヒグマを連想出来なくもない。しかし春真っ只中でありその内夏を迎える今の時期に「冬眠」はないだろうと思うものの、他に適切な表現が浮かばなかったため適当に頷き、そのまま聞き流した。


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