16話
しかし、そんな遊真達を待ち伏せていたのは驚きだった。
一年D組のプレートが掲げられた教室の扉に手を掛け、開け放つと同時にそれが目に飛び込めば、今の遊真達ならば当然の反応とも言える。
この時刻ならば教室内に残っている生徒など皆無だと思っていただけにまずは誰だろうと興味を惹かれたが、開け放たれた扉の向こう側に佇む二人の生徒の顔を見止め、その内の一人が誰なのかを悟り心臓を跳ね上げてしまったというわけだ。
それもその筈、教室には肩口ほどで切り揃えた黒髪が良く似合う、穏やかな雰囲気を身に纏う美少女、天宮鈴音がいたからだった。
丁度今、彼女が話題に上がっていたところで対面である。
遂、警戒レベルを上げてしまうが、冷静になって見れば天宮は傍らに立ちすすり泣く三つ編みの女生徒を宥めていた構図に見えなくもない。三つ編みの女生徒は顔を両手で覆い隠しているため一年D組の生徒かはわからないが、着用する女生徒用の制服から社台学園の生徒だろうとだけ判別は付く。
流星も歳蔵も揃って言葉を失っているところを鑑みるに、噂に上げていた少女と突然ばったりで予期せぬ事態に面食らっているのだろう。
時折しゃくり上げる女生徒の声だけをBGMに、暫し一人と三人が見つめ合う世界が構築されるが、遂にそれを打ち破ったのは、
「何やってんのよ、あんた」
流星の、天宮を咎める声だった。
素性の知れない天宮に対する流星の隠す気の無い剥き出しの敵意は、さりとて天宮の柔らかな笑み顔を崩すには至らず、
「私は井中さんが泣きながら廊下を歩いてるのを見かけたから、教室まで連れて来ただけ」
平静を保たれたまま返されていた。
先制の一撃をさらりとかわされた流星は、遣り辛いとでも言いたげな難しい表情を作り出し、
「……まあいいわ」
警戒心を最大限にして、すすり泣く井中と呼ばれた少女と、彼女に付き添う形の天宮を睨みつけている。
そんな流星の態度を気にも留めず、天宮は顔を両手で覆い続ける三つ編み少女を床へと直に座らせると、未だ入り口で立ち竦む遊真へと麗しい顔を向けた。
「な、何か用?」
「よかったら、葛城君も一緒に聞いてあげてくれる?」
その表情から何の感情も読み取れなかった遊真だが、訊けばどうやら彼女一人では持て余す事態だったらしくさり気なく援助を求めていた。
傍らで剣呑な気を振り撒く流星と背後に聳える歳蔵を見下ろし見上げ意見を求めるが、予定外とはいえ正体不明な天宮との予期せぬ接触を果たした二人は躊躇いなく顎を引く。
「あなた達はここに座って」
と天宮に招かれるままに従った三人だが。
何故か教室の最後列を成す生徒等の机の更に後ろ、生徒用のロッカーとの間に僅かに生まれた空間に、五人車座で床に体育座りをさせられていた。
流星の不可思議に彩られた表情からは怪訝な視線が放たれ、誰も座り手のいない丸々一クラス分の椅子に注がれている。遊真も同様に何故椅子に座らないかという疑問を抱くが、そんな二人など華麗に無視する天宮の姿勢にこの場で何を言っても無駄だと判断し、まずは井中という三つ編み女生徒を宥め何があったのかを促していた。
「何があったか知らないし、助けてあげられるかはわからないけど、相談ぐらいなら乗るよ」
「うっ、えぐっ、おらっ、まちっ、うぐっ、しょうかんっぐ……」
ここに来てぽろぽろと言葉を紡ぐようになった井中だが、涙声と時折しゃくり上げるのが災いして聞き取れず、中々要領を得ない。それでも漏らし続ける回答の断片を繋ぎ合わせてることで、遊真は何とか一つの文を組み立てる事に成功した。
「んで、『まちがってしょうかんしてしまったっぺ』、ってどういう意味よ」
流星に凄まれた井中はだた怯む。漸く泣き止んだところで再び涙を目に浮かべてしまっているのだが、それはさておき、どうやら彼女の言動と反応を見るからにあまりよろしくない状況を物語っている。
遊真が歳蔵へと視線を送れば、
「井中円香。召喚師の血筋でござるよ」
目の前で流星に怯える三つ編み少女が、守部の血を受け継ぐこのクラスの生徒だと判明し、やはりそうかと自分の予測が残念な方向で当たってしまったことに頭を抱えた。
つまり彼女は、「間違って召喚してしまった」と言っている。
遊真としては「何で」召喚などしたのかも知りたいが、今は何に置いても優先して聞かなければいけない問題は一点。それは、「何を」召喚したかだろう。
なんとなく嫌な予感ばかり過ぎ、訊けば後悔する気ばかりしてならなかったのだが、耳を塞いでいても事態が好転するとは思えず、意を決して白状させれば、
「…………………………バジリスクだっぺ」
「最悪だ」
井中の躊躇いがちな答えに、遊真は眩暈を覚えた。




