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17話

 【バジリスク】


 体長三メートル前後もあるトカゲの姿をした一つ目が特徴の幻獣である。


 様々な伝承において、悪い魔法使いが面白半分で創造した合成魔獣に属する魔獣とされているのだが、実はれっきとした幻獣界という【混沌なる妖】と異なる異世界の生物。知能は高くなく、地上界の爬虫類であるトカゲ、カメと左程変わりない。特に人間を好んで襲うなどという事もなく、また、どうも繁殖力が弱いようで絶対数も多くないとされている。


 以上の説明からすると、大きなヘビやワニ辺りのが余程恐い存在に思えるのだが、残念ながらそんな生易しい相手ではなかった。


 このトカゲモドキと目を合わせた生物は、その身を石に変えられてしまうという厄介この上ない特殊な能力を持っており、対面したら即お陀仏と言える大変危険な生物である。


 幸い地上界はバジリスクが生存するにあまり環境が適していなかったようで、自然界において石にされてしまうというこの目に鉢合わせることはなかった。



 ――のだが、どうやら井中の所為で、社台学園内では目撃できるようになったらしい。


 在学中の三年間に何も無い事を望んだ次の日に早速訪れたこの不始末。思わず額を押さえてしまう衝動を抑え切れなかった。


 その傍らで流星が優しく問い詰めて詳しい説明を求めたところ、


「あのっ、おらこの辺りのみんながあんまりさ異界生物に対し警戒心が薄いんで、もっと気を付けねばいけねえって思ったっぺ。んだから手頃な幻獣さ召喚して、世の中にはこんなに恐い生物がいるっぺよー、って教えて上げたかったっぺ」


 という親切心から始まった厚意だと、怯えながら答えていた。


 どうやら彼女の田舎は特殊な環境にあったようで、彼女達守部たる歴代の召喚師が地域住人に異界生物の危険とは何たるかを、実物を交えて紹介しているのだそうだ。


 それがこの土地に来てみれば危機感がまるで存在しない。ならば何かある前に自分が皆に教えてあげよう、という善意らしい。


「なんでよりにもよってバジリスクなんかを召喚したのよ」


 と流星が問えば、


「えっと、おらとしてはグリフォンさ召喚したつもりなんだども……、どうも手違いでまた違う幻獣さ喚んでしまったっぺ……」


 井中は尻すぼみに白状する。


「……こいつ今、『また』って言ったわよね? さり気なく」


「……」


 流星の指摘に彼女の目が泳いだところを見るからに、そのような手違いは度々あることらしい。


 そんな二人のやり取りを目にしながら、遊真はふと思い出す。


「あれ? 召喚した幻獣は召喚師に絶対服従じゃなかったっけ?」


 一般論として幻獣の召喚自体は決して褒められたものではないのだが、召喚した幻獣の管理さえ怠らなければ危険とはならない筈である。彼女が泣いていた理由がわからない。


「それが……、契約する前さ逃げられたっぺ……」


「逃げられたって……、僕が訊いた話では召喚された幻獣ってのは最初に喚び出された時、召喚師が安全に契約出来るよう暫らくは無意識状態になってるはずで、契約する前に逃げ出すなんて出来ないと思ったんだけど」


 極寒の地で態々素っ裸でいる人間がいない。風邪をひく、あるいは凍傷に掛かるとわかっていれば上着を重ね、手袋を着用するのが当たり前である。ならば火蜥蜴のように、近くに存在しているだけでも身を危険に晒される幻獣をも召喚する召喚師、何らかの魔力による対策が講じられていて然るべき。それが召喚した幻獣を無意識状態にして呼び出し、契約してしまうというものである。


 的を射ていたのか、遊真の指摘を受けて身を小さくする井中円香。


 所詮、他の守部の知識であるがため、どこか間違いがあるとも限らず確認をとる意味での発言だったが、どうやら彼女の反応を見るに遊真の聞きかじりの知識は図星を突いていたようだ。


 井中は俯き、半べその目元を拭いながら、


「うう……、召喚と契約の手順さそれであってるっぺ。でも、おら、召喚さした後逃げ出しちゃったっぺ」


「逃げ出したっ? 井中さんが?」


「おら、爬虫類さ苦手だっぺ……」


 とのたまった。


 遊真はこめかみ辺りに偏頭痛を感じるも、親指で押さえながらゆっくりと立ち上がる。


 急ぎ収拾をつけなければ、校舎のあちらこちらに石像が立ち並ぶような取り返しのつかない事態に陥る。


 他の守部の尻拭いなどは言ってられない。この学園の教師生徒への被害を食い止めなければならないのは勿論だが、何よりも不慮の事故に一番巻き込まれてはならない人物が近くにいる。


「何とかしなきゃ」


 決意を表した遊真だが、周囲の反応はいたって冷静だった。


「どうやって相手すんのよ。眼、見ちゃダメなんでしょ?」


 膝を抱えたまま見上げる姿勢の流星である。


 彼女の言う通り、ただ闇雲に行動を起こして解決できるような相手では無い。まず眼を封じる方法を模索しなければ、探し出すという行為すら命取りなのだ。


 しかし、遊真の頭の中には一つの対処法が閃いていた。


 一応、忍者たる歳蔵にも聞くがやはり「見ず」に収める術はないと首を振られ、次に召喚師であり当事者の井中を見るが自力で解決出来るなら泣いていないだろうと断念し、最後に天宮に意識を向けるが相変わらず表情を柔らかにするだけで何を考えているのかでさえ不明だったので放置する。


 何より、現時点の天宮を当てにするのは正直不安だ。


「多分、いけると思う。ただ、取り押さえるのには流星とトシにも手伝って欲しいんだ」


「……大丈夫なんでしょうね」


 訝しむ流星に頷きで返す。が、本当のところ上手くいく可能性に揺ぎ無い自信があるわけではなかった。しかし、他に方法が無い以上やるしかないだろう。


「これを使えば、眼は何とかなると思う」


 とポケットに手を差し込み、それを取り出そうとしたところで突如、教室出入り口が開け放たれた。


 教室に残っていた五人は、それぞれの驚きをもってそちらに目を向ければ、


「お主ら、こんな時間まで何をやっておるのじゃ」


 今ここに一番いて欲しくなかった人物、神妙な面持ちをした倉科涼子が教室の出入り口に陣取っていた。


 落ち着いた声色と怪訝を覗かせる瞳に自然と威圧され、遊真は喉の奥から言葉が持ち上がらなくなる。


「部活動にも参加せんと何時までも校内に居残るとはどういう次第じゃ。もう、帰宅する時間は過ぎておるぞ?」


 縁無し眼鏡を押し上げながら更に促されれば、何故か歳蔵はその巨躯を遊真の後ろで小さくし、女生徒三人は示し合わせたかのように遊真へと視線を向ける。


 必然、担任倉科涼子の射竦める双眸は遊真を捉える事になり、裏切られた気持ちを抱きながらも、何か言いわけをしなければこの場を切り抜けるのが困難となった遊真は、固唾を呑む。


 本当の事を言うべきか、言わざるべきか。


 言えば井中は間違いなく大目玉を食らうだろう。が、それはいい。自業自得なのだから。


 問題は目の前の教師がどう動くかだ。今までの行動から鑑みるに恐らくは自分達はすぐ様家に帰され、担任自ら解決しようとするだろう。遊真の眼に映る倉科涼子はそういう人間だった。


 余程の相手でなければ遅れをとるとは思えない担任、だが今回ばかりは不味かろう。一瞬の隙を突かれれば即、その身が石となる。


 言わず、適当に誤魔化すとすれば、誤魔化し方に問題が生じる可能性が高い。


 当たり障りのない内容なら居残る必要なしとすぐ様学園から放り出されて、真偽を混ぜれば結局自ら乗り出して解決に当たるだろう。そして結果、倉科涼子は危険に晒される、と。


 どちらも望ましくない状況にしか繋がらない。


 そんな追い詰められた遊真が下した決断は、


「すいません。この件は、僕達に任せてもらえませんか」


 まずは願い出るところから始めたのだった。

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