13話
自らを忍びと語る服部から、衝撃の事実を聞かされた翌日。
昨日の今日で倉科涼子の姿を目にした時は否が応でも意識してしまったが、当の本人は当然ながら平常運転、過剰なまでの自信に満ち溢れた新人らしからぬ教師っぷりを発揮していた。
傍から見て担任が【ミズノアキラ】の転生体などという与太話は未だ俄かに信じられず、寧ろ一晩という時間の経過と共に謀れているのではと考えるまでの冷静さを取り戻していた。
反面、そんな突拍子も無さ過ぎるを嘘を吐いたとして、彼の巨漢忍者に何の利益があるというのか。常に身近に存在する遊真と流星を敵に回せば不利益のが多い気がしないでもない。
そんな疑心暗鬼に囚われるのだが、「なにも変わらない」と口にした昨夜の流星を思い出す。そう、それは【ミズノアキラ】たる倉科涼子に対する姿勢と同時に、担任を取り巻く周囲へと向けた意思表示でもあるのだ。他人に振り回されず真偽のほどを見極め、己の役目を全うすればよい。
そうして、心の平静を整えている内に午前中の授業は瞬く間に過ぎ行き、昼休みへと突入する。
スピーカーを通じて鳴り響くチャイムと共に、騒然と動き出すクラスメイト達。
自席にて遊真の眼に映る一年D組は昨日までと何も変わらない、それぞれの昼食を取るため思い思いの行動を開始するクラスの生徒等は、相変わらず他人行儀な緊張に包まれていた。
今思えば、それは酷く不自然だった。
そう、入学式から今日までの約二週間、自分にまともな声を掛けてくれた生徒はこれも思惑ありきの惑井流星ただ一人だったのだ。
当初は同じ中学出身者がいなかったのもあり、新たな学園生活というのはそんなものなのかと気に留めなかった。それと遊真には倉科涼子という大きな存在と、更に予期せぬ天宮鈴音の不可解な介入もあってそちらに意識が向いていたというのもある。
勿論、自分が嫌われている可能性も否定出来ないが、第一印象でクラス全員に嫌悪されるとも思えない。
同じ教室の生徒なのだから何かしら会話の切欠がありそうなものだがそれもなかった。流星との雑談は周囲に多少は漏れていただろうに、そこに加わろうとする気配すらなかったのだ。
しかし昨日服部から聞かされた、このクラスの生徒は皆何らか言い含められてここにいる、という情報を加味してみれば、なるほど改めて眺め回す教室はどこか皆余所余所しく、それも周囲の顔色を窺うというより、極力身を潜め目立たないでいようと壁を作っているような印象を受ける。
まるで、他人と触れ合うことで守部である素性が知れるのを避けているように。
服部の言葉を裏付ける結果は、彼という人物はある程度信用出来るでのはという結論にも繋がり、必然と昨日彼が語った倉科涼子が【ミズノアキラ】説の信憑性を高める結果にもなる。
「となれば尚更、天宮の存在が気になるわね」
後頭部に突き刺さる声に身体を直角に捩り、後ろの席に座る流星に横顔を晒す。頬杖をついて憮然としている彼女も遊真と似たような事を考えていたのだろう。
そんな二人の下へ新たな声が降り注ぐ。
「しかし、彼女は初日以外何もしてないでござる。極めて平凡な女子高生でござるな」
忍者こと服部歳蔵である。
「気配消して後ろに立つのやめなさいよね。スケベイヌのくせに」
僅かに身じろいだ後、眉根を寄せた流星は特に振り返ることもせず素っ気無く言い放つが、その言葉に当人はその素朴な表情に困惑を浮かべざるを得なかった。
「スケベイヌ……、でござるか?」
「そうでしょ? 政府のイヌが覗きしたんだからスケベイヌで合ってるじゃない」
「いや、それは誤解だと申しているからして、約束通り止めて頂きたいでござるよ……」
「約束通り、忍者ってのは隠してあげてるでしょうに」
「今、見事にバラしたでござるな……」
と周囲の視線を気にする歳蔵。幸い気付いた生徒なかったようで、小さく吐息を漏らしていた。
次々と立場を追い詰められていく服部に同情を禁じえない遊真は、
「まあまあ、これからはトシって呼ばせてもらうよ。それより、早くいかないと食堂が溢れちゃうし、トシも学食でいいのかな?」
助け舟を送り出し、即座に話題転換を図った。
流星も食堂という単語に明確な反応を示し跳ねるように立ち上がると、
「そうよ、早くいかなくちゃ。あたしのオムライスが待ってるわっ!」
遊真と巨漢を従えて食堂へと歩き出した。




