12話
「それが今、関係あんの?」
憮然を露にした流星の言葉に同調し、何故今その話なのかと服部の顔色を窺うが、
「大いに関係しているでござる」
依然、彼に茶化している雰囲気はない。
ならばと遊真は思い、考え、そして至る。
その【ミズノアキラ】という傑物と倉科涼子に何か繋がりがあるのでは、と。
勿体振らずに早く言え、とでも言いたげに眉根を寄せ、目を怒らせる流星の催促を横目に、服部の寄越した回答は、
「倉科先生は、【ミズノアキラ】本人でござるよ」
遊真の予想と方向性を同じくして、そして遥かに上回った。
静寂が支配した教室の中。遊真はただ、言葉を失う。
古きに伝え聞く伝承の登場人物がすぐ近くにいるという、突拍子も無い冗談に。
下らない作り話だと笑い飛ばせばよいのだろうが、しかし服部の表情はそれが真実なのだと言外に語っていた。
流星も口を閉ざしている。流石に受け入れられないのか。いや、その目の見開きっぷりから、あまりにも想像の範疇から逸脱した話についていけない、と表した方が正解かもしれない。
「冗談……、じゃないんだよね?」
全く持って信じられないがため、どうしても語尾が上がり疑問の形になってしまう。遊真のそれを確認の意味として受け取った服部は補足する。
「正確には、数千年の刻を超え、現代に輪廻なされた転生体でござるな」
「それを……、自分が【ミズノアキラ】だってことを、知っているの? 先生は……」
「当時の記憶は無いようでござる」
「え? 本人に記憶がないなら、本物かどうかなんて……」
「高名な占星術師の占い、神々への神託、更には預言書の記述に至るまで、全て倉科先生が【ミズノアキラ】だと示したでござる。本人の魔術の素養が人の域を軽く凌駕していて、そして何より本人がその途方もなく大きな運命を背負っているのを理解している事が、一番の証拠でござろう」
「……何で今なのさ。……何でこの時代になって、急に転生なんてしてくるのさ」
「近年、【ミズノアキラ】の秘術により締め出されているはずの【混沌なる妖】が、地上界へと出没する頻度が高まっているでござる。倉科先生が現世に転生されたから術が弱ったのか、術が弱まったから転生されたのかは不明でござるが、どちらにせよ今という時代が再び【ミズノアキラ】を必要としているから、というのは理由にならないでござるか?」
過去に施された【ミズノアキラ】の秘術という名の家屋が経年劣化にて現在隙間風に悩まされているが、いずれは倒壊の危険があるため建て直す必要ができたとでも言いたいのか。
遊真は湧き上がる疑問を次々と塗り潰され、真実として受け入れざるを得なかった。そうしてそうなのだと脳に無理やり言い聞かせれば、今度は新たな疑問が生じるが、
「なら……」
何故今すぐに【閂】という秘術を使わないのか、と言い掛けて、慌てて口を噤む。
それは奇しくも時と場所を異にしているにも関わらず、天宮鈴音と服部の二人が共に遊真へと警告した、同じ言葉に思い至ったためである。
そう、彼女と彼は遊真の今の思考を過去、見事に言い当てていたのだ。
倉科涼子を人として見れなくなる、と。
【閂】と呼ばれる秘術を使えば【混沌なる妖】からの新たな被害はなくなる。だが、その命を賭す秘術を使うのは物でなく、人なのだ。誰がそれを言い出せよう。
現在、絶望的な危機的状況に直面しているわけでは無い。全国に散らばる守部達、そして倉科涼子自身もその力を振るい、異界からの脅威を見事退けている。現状未満の情勢が保たれるのならば、倉科涼子が教師として自分達生徒との関係を維持したとしても差し障りは無いだろう。
しかしだ。後に地上界に大きな異変が生じた時、唯一局面を打破する力を持つ【ミズノアキラ】の転生体、倉科涼子を人として扱うことが出来るのか。今ならば理性が働き倫理的な思考で語れるが、追い詰められた状況に陥れば、恥も外聞もかなぐり捨てて【ミズノアキラ】に縋っている気がしてならない。
即ち彼女の人としての尊厳を無視し、【閂】という秘術を起動させるための道具として扱っているに同義である。
正に服部の言う通り、そして天宮鈴音の忠告通りだった。
倉科涼子の正体を聞かなければ、何も知らずその時が来て、何も知らず事が終わり、気付けば一人の尊い犠牲で世界が救われていたと、ただ感謝すれば済んだかもしれない。
しかし、知ってしまった以上、時に人として、時に道具と扱い、その過程で様々な葛藤と相対することとなるだろう。
遊真の苦悶を読み取ったように服部は、
「当然、すぐに秘術を使えなどとは言えないでござろう?」
と問い掛け、更に、
「そのため拙者は、倉科先生が覚悟を決める必要に迫られるその時が来るまで、【ミズノアキラ】であるその身の近辺警護の任を政府より任されているでござる。【混沌なる妖】を始めとする異界の脅威に早々遅れをとる方ではござらんが、人間社会に生じる事件、事故に巻き込まれる可能性は無きにしも非ず。それらから倉科先生を護るのが拙者達忍びの役目でござるよ」
と加え、重く、大きくなり過ぎた話を締め括った。
遊真は天井を仰ぎ、息を吐く。
遊真の父親、そしてこのクラスの保護者に相当する者達は、倉科涼子が何者かを知り得ていた。有事の際、一番動向が気になる彼女はこの学園を就職先に選んだ。
何故この学校かはさて置き、幸いなことに彼女に近づくためには、この学園の生徒を装った者達を送り込めば良かった。
生徒たる本人達には、彼女が何者かであることを伝えなくとも問題無い。ことが起きれば周囲が騒ぐ。寧ろそれまでは不穏に対する僅かな機微を感じ取るため、静かにしていて貰った方が都合が良い。
釣り人が水面下で、魚がエサに食いつく瞬間を見極めるために用意した「浮き」のようなもので、魚が近づいたからといって無闇に揺れ動かれては、釣り人にとって役に立たない道具に成り下がるだろう。エサを咥えた時、即ち何らかの事件が倉科涼子の周囲に起きた時にだけ反応してくれる、そんな存在が好ましいのだ。
全て、繋がった。
が、事実はあまりにも重過ぎる。
となれば願わくば、ただ一つ。
何も起き無い事。
遊真の在学中に何も起きなければ、無事卒業してしまえば何も考える事なく役目を全て終えられるのだ。
「質問は、特に無いでござるか? 一応一通りは話したつもりでござるが」
と服部は遊真と流星に告げ、さりげなく窓の外に目を向ければ、遊真も釣られ、首を振り、眺めた。
本来ならば校庭の様子が一望できるのだが、日も落ちてすっかり暗くなっていた景色は闇一色で、教室内を照らす蛍光灯の白い光が尚更に漆黒の闇夜を際立たせる。それは校舎裏でこの教室にいる三人が雁首揃えて倉科涼子に正座させられた後に、再びこの教室に戻ってから決して短くない時の経過を物語っている。
幾らなんでも、もう下校しなければ不味いだろう。
今日は、頭の中を整理するためにも少し早めに眠りを取りたい。
遊真がそんなことをぼんやり考えていると、自席にて神妙な面持ちで「うー」と小さな呻き声を上げていた流星が、突如椅子を弾き飛ばすように立ち上がり、
「やめやめ、これ以上何考えたって無駄ね」
と両手を腰に当て嘆息した。
「本音を言えば聞くんじゃなかった。でも、後悔するなんてのはあたしの主義に反してるわ。だから知った上で明日もあたしは普通でいる。今日と一緒、何も変わらない」
それでいいでしょ? と言いたげな視線を遊真に寄越した時には、もういつもの不敵な笑みが描かれていた。
その切り替えの早さを羨ましく思う。が、彼女の言う通りだろう。倉科涼子の素性を知ったからといって、自分の置かれる環境や立場に変化は無い。
そう、変わったのは、余分な知識を得てしまった自分達だけなのだから。
倉科涼子は教師であり、自分はその生徒。この関係は卒業するまでの三年間は不変でなければならないのだ。




