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11話

「えっ? あたし達以外にもまだ誰かいんの?」


「というよりこの教室の生徒は、地上界を異界の脅威から護る守部の関係者ばかりでござる。恐らくは世の様々な守部の一族、流派、組織が各々尖兵を送り込んできた結果でござろうな、拙者達のように。ただ、大半の生徒の生い立ちは調べがついているでござるが、……数名素性の知れない輩が紛れているでござる」


 この教室に来てからというもの穏やかな姿勢を崩さなかった服部だったが、ここに来て僅かに緊迫した雰囲気を醸し出した。


「誰なのよ、それ」


 そして流星の問いに服部は、


「その一人が、天宮鈴音でござる」


 一片の逡巡も見せることなく答えた。


 当然、その名前を耳にして驚きを隠せないのは遊真である。


 この学園への進学初日に接触を図られ倉科涼子について聞かれた挙句、わけのわからぬ言葉を残した正体不明の美少女。


 服部の素性の知れない輩との言葉に、真っ先に遊真の頭に浮かんだのが天宮鈴音の端整な笑み顔だったが、何と自分や流星はおろか、クラスの大半の生徒の正体を二週間の時も要せず調査せしめた忍者をして、未だ彼女の身元が割れないのだという。


「この教室の生徒の大半は皆、珠操師、魔法少女のような一般人には無い力を持つ守部であると同時に、それぞれ一族、協会といった集まりに属しているでござる。しかし、彼女の背景はどれだけ調べても真っ白で、属する集団がなく、常に個で行動しているでござる」


 服部はそこで一端言葉を区切るが、遊真と流星が聞き入っているのを見とめると再び語りだす。


「生まれも育ちも一般家庭。そんな天宮鈴音が入学式当日に、前日倉科先生と接触をしたという遊真殿の下へと赴き、何やら聞き込んでいた様子とあらば気になるのは当然でござろう。それとなく近づこうと思っていたでござるが、近寄り難い気配が常に取り巻き、その機会を見出せなかったでござる」


「それで今度は遊真に近づこうとして」


「流星に阻まれた、と」


 合点のいった流星が理解を示し、遊真が継いだところで、服部は小さく頷いた。


 話の整合性が取れたところで、遊真は二人の視線が自分に注がれているのに気付く。


 言わずもがな、天宮との間で何があったのかを教えろと訴えている眼差しだ。その意味を察した遊真は、自分と天宮鈴音との屋上での会話を、倉科涼子と前夜にあった内容を交えて二人に伝えた。


 入学式前夜、偶然【混沌なる妖】に遭遇した事。その数があまりに多く窮地に陥ったその時、突如倉科涼子が現れた事。それを翌日、何故か天宮鈴音は知っており、その場で何が起きたのかを訪ねられた事。結局それ以上は聞かれない代わりに、自分の正体を明かさなかった事、等々。


 包み隠さず、事細かに。


「だから、僕も彼女の正体は全く知らない。わかったといえば、彼女が倉科先生を監視するためにこの学園にきた事だけ。これも彼女の言葉を鵜呑みにすれば、だけどね」


「そうでござるか……」


 僅かに落胆の色を窺わせる服部の発言だったが、どうも納得のいかないのか、眉根の皺を深め、訝しみの表情を作る流星の声に掻き消されてしまう。


「大体、クラス全体担任含めて守部ってどうことなのよ。他のクラスも守部だらけってことじゃないでしょうね? 一体この学校はどうなってんのよ!」


「いや、正確にはこの教室の生徒だけ。……というより、倉科先生の下に集められたと表現するのが正しいでござるな」


「どう意味よ」


 と流星が訊ねれば、


「昨年大学を卒業したばかりの新人教師が、新入生のクラスの担任を務める。まずこの事実が少々おかしいと思わないでござるか?」


 なるほど、と確かに服部の言わんとすることが遊真には理解出来る。


 新人離れした倉科涼子の落ち着き振りからあまり意識しなかったが、教職歴がない人間が突如クラス丸ごと任されるのは中々どうして考え難い。教師など、とてもじゃないが未経験で務まるような職種とは思えないのだ。


 では、彼女が類稀なる魔術師という側面を生かし、術者としての師を兼ねて。


 とまで考えて、それもまた今一解せないと棄却した。やはり副担任すら置かず、見通しの立たない新任に一つのクラスを任せるのは無茶であり、第一遊真の父がそれを隠し立てする必要がないためだ。


 そもそも、一クラス分に相当する人数の守部が、一つの学校に集うこと自体が異常である。同世代限定と考えて、恐らく全国から掻き集めてやっとの人数ではなかろうか。それを一室に押し込み、魔術師に纏めさせるその意図は。


 ここにいる三人、そして天宮鈴音を始めとしたクラスメイトの顔を思い浮かべるが、すぐ様納得できるような回答が思いつくはずもなく。


 その答えを求め傍らの服部を窺えば、彼は、


「簡単な話でござるよ」


 と前置き、


「それぞれの守部の長が、自分達の息の掛かった人間を是非、倉科先生のクラスにと学校側へ希望を出したからでござる」


 さもそれが真実だと語らんばかりに述べる。


 遊真の頭に、自分の父親が学園サイドに無理強いをしている姿が過ぎり、有り得なくも無い話だと頷きかけるが、それは遊真一人を捻じ込む場合である。


 似たような申し出が複数、それも皆、示し合わせたかのように赴任前である筈の倉科涼子の名を口にする。もしそんな不気味な光景を目の当たりにしたのなら、さぞこの学園の長は困惑しただろう。


「結局、担任って、倉科涼子ってなんなのよ!」


 どうやら頭を使うのは苦手なようで、とにかく今すぐ回答を寄越せと流星の叫び。それを耳にした彼も、


「それを聞いたら、明日から倉科先生を教師として、いや、下手をすれば人として見れなくなるかもしれないが、よろしいでござるか?」


 天宮鈴音と同じ言葉を口にする。


 真剣味を帯びた眼差しから、覚悟を決めろという意志がひしひしと伝わってくる。


 結論は全てそこに集約されている気がするのだが、どこまで踏み込んでよいのか測りかね、逡巡する遊真だが、


「いいわ、毒を食らわば皿までよ。あんたの知っていることは全て喋りなさい。もし少しでも隠し立てしてみなさいよ、明日、あんたがドスケベ忍者だってこと学校中に触れ回ってやるから」


 決意が固まらぬ遊真に先んじて、流星が同意を示してしまう。


 どうやら他人の意志に乗っかって腹を括らなければならなったようだが、元より何も知らされずにいる自分が不安で仕方がなかったのだ。全く予期せぬ相手からの情報入手に思わず躊躇ったものの、知り得る事に否は無い。


 意を決して遊真も頷く。


「二人は、【ミズノアキラ】伝承は知っているでござろう?」


 疑問形。しかし否定されるはずは無いと確信めいた服部の問い。


 最もである。


 何の脈絡もなく取り上げられたその【ミズノアキラ】伝承とは、子供の頃、誰もが聞かされた御伽噺であり、書店の絵本コーナーに足を運べば「桃太郎」や「かぐや姫」と並んでいる光景を必ずや目にすることが出来るだろう。そんな有名な物語を取り上げて、「知っているか?」などと訊ねられる方こそ愚問と言える。


 話に登場する主人公【ミズノアキラ】は森羅万象を操る者であったり、巫女として描かれていたり、果ては地上に降り立った神の化身と綴られていたりと区々だが、物語自体の大筋はほぼ同じでだった。



 ――時は、神話と歴史の狭間の時代。


 なんの前触れもなく夥しい数の【混沌なる妖】が染み出し、地上全土を覆い尽くす。どこから来たのかあまりに強大な力を持つ【混沌なる妖】を前にして、抗う術を持たぬ生命は闇雲に逃げ惑うばかりで、人類は瞬く間に数を減らし、滅亡の危機に瀕した。


 土地を侵し、生命を蝕む。しかし食われるでもなく、命を弄んでいるような所業は絶望という言葉すら生温い。人々は千を超える呪言を浴びせるも【混沌なる妖】はさして気にも留めず、我が物顔で地上界を闊歩されれば、誰もが世界の終焉を悟らされた。


 そんな中、地上界に一つの希望が輝く。神秘なる力で【混沌なる妖】を打ち払い、人類の尊厳を取り戻す一人がこの時代に現れた。


 名を【ミズノアキラ】と呼ばれた、出自不明の人物。その傑物が腕を振るい、呪を紡げば次々と【混沌なる妖】が朽ち果てていく。


 人類の心に一条の光が差し込む。少しずつだが、開ける未来に沸き上がる。


 が、【ミズノアキラ】の神秘の力をもってしても全てを駆逐するには至らず、無限に染み出す【混沌なる妖】を前にして疲労の色が隠せなかった。


 再び暗雲立ち込める人類に、【ミズノアキラ】は大きな決断を下す。


 地上界を神秘なる力によって包み込み、【混沌なる妖】の侵入を阻む術。異界の門を閉ざす【かんぬき】と呼ばれる秘術を施すことにした。


 それが、自らの命と引き換えになると知りながら――。

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