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 姫巫女のたたり歌は、直接聞いていなくても。周りにいる人間を、異界に閉じ込める。

 国賊の数と、合わせるために。

「ここまでは分かった?」

「うん。大丈夫」

 ヤマトが話してくれたことから考えると、ぼくは直接聞いてしまった方になる。隣にいたマヨイが、いなくなってしまったのが不思議だけど……。

 過去を思い出す時にいなくて、よかったと思ってる。

 ……どんな顔で会えばいいのか。

 まったく、分からない。

「ここから本題、というか。すっごく言いづらいんだけど……マヨイはたぶん、外にいる」

「……外?」

 この森の、っていう意味ではなさそうだ。

 ぐっと眉を寄せて、泣くのを我慢してるような顔をしてるヤマトの後ろ。こちらから視線を外してるミツバも、同じ表情になってた。

「こういう異界は、内側と外で時間の流れが違う。でも、今みたいに逃げ回っていれば。マヨイが、この異界を壊してくれる」

「だから、もうちょっとだけ、頑張ろうな」

「……ヒカは探さないの?」

 違和感があったから、そう聞きた。触れてほしくないと思ってるだろうことを、聞いたぼくに。二人は、なにも言わなかった。

 ここだけ時間が止まってるみたいだ。

 苦しそうに口を閉ざしたミツバは、ヒカのことを心配していた。勝手にいなくなったことを怒ってた。

 なのに、なんでその感情を、内側に隠してるの?

「……もう、いいんだ。あいつは、自分の道を決めちまった。だから、この話は終わり。馬鹿みたいに戦ってるだろうヒカは無視して、これからのことを考えよう」

 ミツバの迷いが消えた。

 でも、無理をしてるのが分かる。

 ……なんでミツバは、戦ってるって思ったんだろ。ここからじゃなんの音も聞こえないのに。

「交代で逃げ回る?」

「それだと、マヒルの体が持たないだろ。私たちも、考えながら飛ばないと、いざって時に動けなくなる」

「……なら、隠れながら、かな」

 あの女の子が戦ってる。相手は、外にいるマヨイ? 歌った人が死ぬから、異界が崩れるのかな。

 じゃあそれが、タタリだったら?

 としょかんさん――花の森人が見せてくれたものが、頭の中に浮かび上がる。絵本みたいな奇跡が、現実で起きてくれるとは思わないけど。なにもしないよりは、やってみたい。

 だって、死は悲しい。

 大切な人を守れないのは、とても辛くて苦しいことなんだ。


 ――あの呪いを。

『あれを食らってしまえばいい』


 なにかを話し合ってるミツバたちに背を向けて、真っ赤な月明かりに満たされた森の中を走った。

『迷う必要はない』

「……迷わなくて、いい」

『力を食らってから、我のところに戻れ』

 動かす足が、とても軽くて。もぞもぞとなにかが動いてる。

 下を見ると、靴がなかった。

 マヨイが巻いてくれた呪符の隙間から、花芽の足みたいなものが伸びていた。植物になる呪い。マヨイが嫌ってるもの。

 精霊師として、人を助けたい彼からしたら、白の王が振りまく災いは、許せないものなのだろう。

 ……ぼくも、手伝いたい。一緒に戦ってあげたい。違う世界から来た、あの子のためなら。

 ぼくの命なんて、どうでもいい。


『ドーシテ? ドーシテナノ?』


 動かしてた足を止める。向こうから、来てくれた。見上げなくてはいけないほどに大きい影の手から、花芽が落ちる。

 頭のつぼみが、開いていた。

 彼女の動き方は、何度も見たから覚えてる。ぼくの腕よりも長そうな大きな剣を、振り下ろすだけ。

 殴ったり、蹴ることもなかった。

「……すごく、不思議な感覚だ。勝てるはずがない相手なのに、今なら勝てる気がする」

 ミツバたちのために、倒すと決めてるから。勝てなくても、殺すつもりだった。


『イタイ、ノ』 『ワタシノ』

    『アタマ』

『カエシ……』

   『ユルサナイユルサナイユルサナ……ニク、ミ、タクナイ……』


 ……可哀想な人なんだね。タタリビトになった瞬間から、一秒も動いていないのだろう。過去の世界に残されてしまってる、姫巫女の想いは、ぼくが食べてあげる。

『――お前は特別な存在だ。死にかけの子供を救うため、己のすべてを捧げ、失敗した。だが、だからこそ、興味を持った。こんなにも待ち続けた』

 意識の底で、黒いものが揺らめいた。

 それに導かれるまま、蔓を伸ばす。腰から下が、異形になっても止めない。

『六年の肉体と、一年の精神。それだけでは足りない。我が力を受け入れ切れない。あの両性花が用意したものだ。一つも、無駄にするな』

 振り下ろされた剣が、紫色の盾に弾かれた。自分の変化が終わるのを待ってから、つるを、根を伸ばして、姫巫女を拘束する。

「ぼくは、マーリア村の花」

 みんなが大切に育てていた星の一つ。村の名前で呼ばれるほどに、愛されていた。

 あの人たちが、罪と呼んだもの。

 それをぼくが消せるなら。

 ――それは、恩返しになるだろうか?

 つるの中へと埋まった影の姿はもう見えない。だけどまだ、生きてる。

 慣れていないことをやるから、どうしてもゆっくりになってしまうけど。姫巫女の想いを、取り込んだ。




 ――かつてのように、民が笑える国にしたかったのです。

 自分の幸せを追い求めるよりも、ここに来てよかったと。ここで生まれ育ったことが、嬉しいと。そう言ってもらえるように、できる限りの努力をしてきました。

 自分の力が足りてないことは、知っています。

 黒の王と白の王の目覚めが近かったから、みんなが不安に思ってたことも……。

 マーリア村の花よ。

 ありがとう、ございます。

 これでやっと、終わることができる。

 ……王よ。

 このような私でよければ、どうぞお使いください。




 閉じていた目を、開ける。温かなお日様の光が、気持ちよくて。このまま寝てしまいたくなる。

 ああ、異界が壊れたのか。

 だからこんなにも、空が明るくて、マヨイがいるんだね。

「ば、化け物だ!」

 すぐ近くでそんな声がした。異界から戻って来れた生き残り、なのかも。周りを見ると、知らないものがたくさんあった。

 これが、街なのか。

 絵本と違って、形がしっかりしていた。太陽の光を浴びてる建物の光景に、心が惹かれてしまう。でも、それは今やることじゃない。

「……マヒル」

 彼が、ぼくを見てる。異形になったぼくを、まだその名前で呼んでくれるんだね。

 マヨイに駆け寄りたい。怪我がないかを確認して、また一緒に、歩きたい。

 でも、行かないと。

 黒の王が、ぼくを待ってる。


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