15
姫巫女のたたり歌は、直接聞いていなくても。周りにいる人間を、異界に閉じ込める。
国賊の数と、合わせるために。
「ここまでは分かった?」
「うん。大丈夫」
ヤマトが話してくれたことから考えると、ぼくは直接聞いてしまった方になる。隣にいたマヨイが、いなくなってしまったのが不思議だけど……。
過去を思い出す時にいなくて、よかったと思ってる。
……どんな顔で会えばいいのか。
まったく、分からない。
「ここから本題、というか。すっごく言いづらいんだけど……マヨイはたぶん、外にいる」
「……外?」
この森の、っていう意味ではなさそうだ。
ぐっと眉を寄せて、泣くのを我慢してるような顔をしてるヤマトの後ろ。こちらから視線を外してるミツバも、同じ表情になってた。
「こういう異界は、内側と外で時間の流れが違う。でも、今みたいに逃げ回っていれば。マヨイが、この異界を壊してくれる」
「だから、もうちょっとだけ、頑張ろうな」
「……ヒカは探さないの?」
違和感があったから、そう聞きた。触れてほしくないと思ってるだろうことを、聞いたぼくに。二人は、なにも言わなかった。
ここだけ時間が止まってるみたいだ。
苦しそうに口を閉ざしたミツバは、ヒカのことを心配していた。勝手にいなくなったことを怒ってた。
なのに、なんでその感情を、内側に隠してるの?
「……もう、いいんだ。あいつは、自分の道を決めちまった。だから、この話は終わり。馬鹿みたいに戦ってるだろうヒカは無視して、これからのことを考えよう」
ミツバの迷いが消えた。
でも、無理をしてるのが分かる。
……なんでミツバは、戦ってるって思ったんだろ。ここからじゃなんの音も聞こえないのに。
「交代で逃げ回る?」
「それだと、マヒルの体が持たないだろ。私たちも、考えながら飛ばないと、いざって時に動けなくなる」
「……なら、隠れながら、かな」
あの女の子が戦ってる。相手は、外にいるマヨイ? 歌った人が死ぬから、異界が崩れるのかな。
じゃあそれが、タタリだったら?
としょかんさん――花の森人が見せてくれたものが、頭の中に浮かび上がる。絵本みたいな奇跡が、現実で起きてくれるとは思わないけど。なにもしないよりは、やってみたい。
だって、死は悲しい。
大切な人を守れないのは、とても辛くて苦しいことなんだ。
――あの呪いを。
『あれを食らってしまえばいい』
なにかを話し合ってるミツバたちに背を向けて、真っ赤な月明かりに満たされた森の中を走った。
『迷う必要はない』
「……迷わなくて、いい」
『力を食らってから、我のところに戻れ』
動かす足が、とても軽くて。もぞもぞとなにかが動いてる。
下を見ると、靴がなかった。
マヨイが巻いてくれた呪符の隙間から、花芽の足みたいなものが伸びていた。植物になる呪い。マヨイが嫌ってるもの。
精霊師として、人を助けたい彼からしたら、白の王が振りまく災いは、許せないものなのだろう。
……ぼくも、手伝いたい。一緒に戦ってあげたい。違う世界から来た、あの子のためなら。
ぼくの命なんて、どうでもいい。
『ドーシテ? ドーシテナノ?』
動かしてた足を止める。向こうから、来てくれた。見上げなくてはいけないほどに大きい影の手から、花芽が落ちる。
頭のつぼみが、開いていた。
彼女の動き方は、何度も見たから覚えてる。ぼくの腕よりも長そうな大きな剣を、振り下ろすだけ。
殴ったり、蹴ることもなかった。
「……すごく、不思議な感覚だ。勝てるはずがない相手なのに、今なら勝てる気がする」
ミツバたちのために、倒すと決めてるから。勝てなくても、殺すつもりだった。
『イタイ、ノ』 『ワタシノ』
『アタマ』
『カエシ……』
『ユルサナイユルサナイユルサナ……ニク、ミ、タクナイ……』
……可哀想な人なんだね。タタリビトになった瞬間から、一秒も動いていないのだろう。過去の世界に残されてしまってる、姫巫女の想いは、ぼくが食べてあげる。
『――お前は特別な存在だ。死にかけの子供を救うため、己のすべてを捧げ、失敗した。だが、だからこそ、興味を持った。こんなにも待ち続けた』
意識の底で、黒いものが揺らめいた。
それに導かれるまま、蔓を伸ばす。腰から下が、異形になっても止めない。
『六年の肉体と、一年の精神。それだけでは足りない。我が力を受け入れ切れない。あの両性花が用意したものだ。一つも、無駄にするな』
振り下ろされた剣が、紫色の盾に弾かれた。自分の変化が終わるのを待ってから、つるを、根を伸ばして、姫巫女を拘束する。
「ぼくは、マーリア村の花」
みんなが大切に育てていた星の一つ。村の名前で呼ばれるほどに、愛されていた。
あの人たちが、罪と呼んだもの。
それをぼくが消せるなら。
――それは、恩返しになるだろうか?
つるの中へと埋まった影の姿はもう見えない。だけどまだ、生きてる。
慣れていないことをやるから、どうしてもゆっくりになってしまうけど。姫巫女の想いを、取り込んだ。
――かつてのように、民が笑える国にしたかったのです。
自分の幸せを追い求めるよりも、ここに来てよかったと。ここで生まれ育ったことが、嬉しいと。そう言ってもらえるように、できる限りの努力をしてきました。
自分の力が足りてないことは、知っています。
黒の王と白の王の目覚めが近かったから、みんなが不安に思ってたことも……。
マーリア村の花よ。
ありがとう、ございます。
これでやっと、終わることができる。
……王よ。
このような私でよければ、どうぞお使いください。
閉じていた目を、開ける。温かなお日様の光が、気持ちよくて。このまま寝てしまいたくなる。
ああ、異界が壊れたのか。
だからこんなにも、空が明るくて、マヨイがいるんだね。
「ば、化け物だ!」
すぐ近くでそんな声がした。異界から戻って来れた生き残り、なのかも。周りを見ると、知らないものがたくさんあった。
これが、街なのか。
絵本と違って、形がしっかりしていた。太陽の光を浴びてる建物の光景に、心が惹かれてしまう。でも、それは今やることじゃない。
「……マヒル」
彼が、ぼくを見てる。異形になったぼくを、まだその名前で呼んでくれるんだね。
マヨイに駆け寄りたい。怪我がないかを確認して、また一緒に、歩きたい。
でも、行かないと。
黒の王が、ぼくを待ってる。




