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辺境観測士、鑑定AIで魔術を最適化する~今日もデータ片手に、幼馴染とまったり研究生活~  作者: hiyoko


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037

 研究小屋の窓に、朝の光が薄く差し込んでいた。机の上には昨日の観測記録が広げたままになっている。リオルは寝床から起き上がって早々に、その紙束へ手を伸ばしていた。

 昨夜は、何度も目が覚めた。浅い眠りの底に沈みきれないまま、同じ場面が頭の隅に居座っていた。通路の奥、暗がりの中で一瞬だけ拾った揺らぎ。《鑑定》を起動する前に消えてしまった、あの気配の正体を、まだ言葉にできていない。焦って確かめに行くほどの根拠はない。それでも、忘れられるほど軽い感覚でもなかった。

 だが朝の光の中では、記録の続きの方が先に手を求めてきた。指先で紙をなぞり、《鑑定応答》の写しを目で追う。最小駆動推定魔力量、0.837単位。その数字の並びに、引っかかるものがあった。


リオル「……0.837、か。ずいぶん半端な数字だな」


 声に出してから、もう一度同じ行を読み返した。魔道具の駆動値は、たいてい0.5や1.0といった区切りの良い数で設計される。それが基本設計というものだ。だが目の前の数字は違う。

 部屋の入口でノエルが手を止めた。盆の上には湯気の立つ茶器が並んでいる。


ノエル「おはようございます、リオくん。もう記録を見ているんですね」

リオル「おはよう。……ごめん、起きてすぐこれが気になっちゃって」


 ノエルは盆をテーブルの端に置き、紙面を覗き込んだ。眼鏡の奥で視線がゆっくりと動く。


ノエル「0.837単位、ですか。ずいぶん半端な数字ですね」

リオル「うん。普通の魔道具なら、もっと綺麗な数に揃えるはずだと思うんだ。0.5とか、1.0とか」

ノエル「では、この半端さには理由がある、ということでしょうか」

リオル「たぶん。誰かが後から手を加えて、必要な分だけ絞ったんじゃないかな。装置の限界ぎりぎりまで、無駄なく」


 その推測を口にしながら、リオルは紙の余白に数字を書き足していった。台座の観測装置そのものは、もっと余裕を持った設計だったはずだ。だが入力端子の値だけが、不自然に切り詰められている。誰かが計算し尽くした結果の数字だとすれば、それは事故でも暴走でもない。


ノエル「昨日はお疲れのようでしたけれど、今朝は顔色が戻っていますね」

リオル「うん、ちゃんと眠れたから」

ノエル「よかったです。今日はまた遺跡に向かわれるのでしょう。無理はなさらないでくださいね」


 ノエルは茶器を片付ける手を止め、リオルの顔を覗き込んだ。目の下のクマの薄さを確かめるような間だった。


リオル「うん、わかってる。今日は小さい魔石を一つ持っていこうと思う。記録端子に、ほんの少しだけ魔力を流してみたくて」

ノエル「試すのではなく……確かめる、ということですね」

リオル「そう。壊すつもりはないから、慎重にいくよ」


 ノエルは小さく頷き、茶器を片付け始めた。その所作には迷いがなかった。出かける支度は、もう頭の中で組み上がっているようだった。


リオル「ノエル、一緒に来てくれる?」

ノエル「もちろんです。リオくんお一人では、危ないですから」


 その言葉には、からかいの気配がわずかに混じっていた。だが目は笑っていない。危険の見積もりを、彼女は本気でしている。


 二人が遺跡の入口に着いた頃には、日はすでに高く昇っていた。石の扉は前回開けたまま、変わらぬ姿でそこにあった。

 中へ踏み入ると、昨日とは違う音が耳に届いた。乾いた風が、壁の開口部を通り抜けるたびに低く鳴っている。壁面装置の吸い上げ口が、風を受けて笛のような音を立てていた。以前は無風で、音というものが存在しない空間だった。今日は違う。


リオル「音、鳴ってる」

ノエル「風が通っているんですね。昨日は感じませんでしたけれど」

リオル「外の気圧が変わったのかな。それとも、この開口部の向きの問題かも」

ノエル「昨日と今日で、そんなに変わるものなんですか」


 リオルは開口部に耳を寄せ、音の高さが変わる瞬間を探るように首を傾けた。


リオル「わからない。でも、変わったこと自体は記録しておきたいかな。理由は後からでもいいから」

ノエル「几帳面ですね、相変わらず」


 台座の並ぶ広間に入ると、壁の細い線に朝の光がわずかに反射していた。斜めから差し込む光が、彫り込まれた線の溝を撫でるように滑り、金属質の輝きを一瞬だけ浮かび上がらせる。昨日の暗さの中では気づかなかった反射だった。


ノエル「光が当たると、線がずいぶん違って見えますね」

リオル「うん。溝の深さで、光の返り方が変わるんだと思う。これ、たぶん元の観測ラインと、後から足された部分で反射の仕方が違う」


 リオルは壁際まで歩み寄り、光の当たる角度を変えながら線を目で追った。元の部分は反射が均一で、光の筋がまっすぐに走る。後付けと思われる部分は、反射が乱れ、光が途切れ途切れに散っていた。


リオル「彫りの精度が違うから、光の返り方も違う。……これ、鑑定でも数値として出せるんじゃないかな」


 リオルは《鑑定》を起動し、両方の区画に順に向けた。


《鑑定応答》

・対象:観測ライン(原設計区間/改造区間)

・原設計区間:彫刻精度・均一、経年劣化のみ

・改造区間:彫刻精度・不均一、工具痕に別系統の癖あり

・推定施工時期差:数十年から百年単位(開きあり)

・注意喚起:施工者の同一性は判定不能。工具の系統差からは複数人または別時代の関与が考えられる


 リオルは《鑑定》を解除し、紙に結果を書き写した。


リオル「別の時代か、別の人が手を加えたってことになるのかな」

ノエル「一度きりの改造ではなく、段階的に手が加えられた可能性もありますね」

リオル「そうだね。ここまで来ると、事故で吸い上げ構造ができたとは思えなくなってきた」


 ノエルは改造区間の彫りを指先でなぞり、途中で止めた。指先が止まった位置から視線を上げるまでに、わずかな間があった。


ノエル「リオくん、ここ。彫りの一部に、紋章のようなものがあります」


 リオルは顔を寄せた。改造区間の端、他の線に紛れるように、小さな図案が刻まれている。円を基調にした形の中に、鍵のような意匠が組み込まれていた。摩耗が進んでいるが、輪郭ははっきりと見て取れる。


リオル「これ、ただの装飾じゃなさそうだね」


 ノエルは何か言いかけて、一度口を閉じた。


ノエル「はい。どこかの家の紋章だと思います。ただ……見覚えがあるようで、はっきりしません。古い文献を当たれば、わかるかもしれませんが」

リオル「今は判断保留、ってことにしておこう。焦って決めつけるより、確実な方を選びたいから」

ノエル「賛成です。アデリナ先生の書庫にあれば、照合できるかもしれませんね」


 ノエルは指先を紋章から離し、摩耗した輪郭をもう一度目でなぞった。何かを思い出しかけて、止めたような間があった。


リオル「紋章持ちが関わってるってことは、個人の悪戯じゃないと思う。ただ……この人、最初から吸い上げるつもりだったのかな」

ノエル「違う、と?」

リオル「うん。たぶん逆なんじゃないかな。観測施設から魔力を引き出して、何かに使おうとしたんだと思う。それで、加減を誤った」

ノエル「壊すつもりではなく、利用しようとして、制御できなくなった、ということですか」

リオル「たぶん。だからこそ、自分のせいだって認めたくなかったんじゃないかな。土地を壊した原因が自分にあるなんて、誰にも言えないから」


 リオルはその図案を紙に書き写した。線の太さ、鍵の向き、円の欠け方。細部まで丁寧に写し取る。誰かが意図を持ってここに関わった証が、目の前にある。それだけで十分な収穫だった。


 台座の底部にある入力端子の前に、リオルはしゃがみ込んだ。懐から取り出したのは、握り込めるほどの小さな魔石だった。研究用に保管していた中でも、出力が控えめなものを選んである。


リオル「これくらいの量なら、暴発はしないはず」

ノエル「万が一のときは、すぐに離れてください。私が対応します」

リオル「うん、わかった」


 リオルは魔石を端子の受け口にゆっくりと近づけた。指先が震えないよう、呼吸を整える。接触の瞬間、微かな振動が掌に伝わった。

 台座の表面が、うっすらと発光を始めた。溝に沿って淡い光が走り、記録端子のある側面まで届く。光は弱く、蝋燭の炎ほどの明るさしかなかったが、確かに機構は反応していた。


《鑑定応答》

・対象:主観測装置(第一台座)記録端子・部分起動

・記録データ:断片的に読み出し可能(全体の一部のみ)

・読出し内容:観測ライン流量ログ(時期不明、複数世代分混在)

・流路方向:単方向(吸収側)と確認。供給側への切替機構は検出されず

・推奨次手:全データ読み出しには追加の安定電力が必要。現状では断片のみで判断すべき

・注意喚起:長時間の稼働は内部機構への負荷増大。短時間での停止を推奨


 リオルは慎重に魔石を端子から離した。淡い光が徐々に弱まり、やがて消えていく。


リオル「流路の向きが、片方だけなのは確定だと思う。供給側に戻す機構は、最初からなかったんじゃないかな」

ノエル「本来の観測施設としての設計には、そもそも供給機能が不要だった、ということですね」


 ノエルは記録端子の縁に指を這わせ、断片の並びを目で追った。世代の異なる筆跡が、そこには重なっている。


リオル「うん。観測は情報を集めるだけでいい。でも吸い上げるとなると、片道の流れだけあればよかったんだと思う」

ノエル「つまり、後から加える側にとっては、都合の良い構造だったわけですね」

リオル「そういうことになる。観測用の流路をそのまま流用すれば、余計な工事をしなくても吸い上げが成立する」


 リオルは記録の断片に目を落とした。世代の異なるログが混ざっている。一度きりの改造ではなく、長い時間をかけて何度も手が加えられてきたことを示す痕跡だった。


リオル「たぶん、最初は吸い上げるつもりじゃなかったんだと思う。魔力を引き出そうとして、加減を誤ったんじゃないかな」

ノエル「制御に失敗して、吸い上げが止まらなくなった……ということですね」

リオル「うん。それで土地が飢えて、余計に吸うようになった。一度回り始めた悪循環は、たぶんもう誰にも止められなかったんだと思う」


 声に出してみて、ようやく像が像として定まっていく。事故でも、天罰でも、呪いでもない。誰かが良かれと思って、あるいは自分の利のために手を出し、その結果を制御しきれなかった。それだけのことだった。


ノエル「では……古代文明の施設が暴走した、というあの記録は」


 リオルは紙に書き足した数字と、既存の記録を見比べた。二つの食い違いを埋める答えは、一つしか思いつかない。


リオル「本当の原因を隠すために、誰かが作った話だったのかもしれない。自分のせいだって認めるより、誰のせいでもない古代文明の事故ってことにしたほうが、都合が良かったんだと思う」

ノエル「けれど、それを隠し通した人も、いずれこの土地を去ります」

リオル「うん。次の代官は、事情を知らないまま、ただの『呪われた土地』を受け継いだだけなんだと思う。隠す理由も、いつの間にかなくなってたんじゃないかな」

ノエル「隠す意味さえ失われて、ただ謎だけが残った、ということですね」

リオル「そう。何百年も経てば、隠したことも、隠した理由も、誰も覚えていない。残るのは、説明のつかない土地だけになる」

ノエル「では、この流路をどうにか使えれば……」


 ノエルの声が途中で止まった。リオルも同じ考えに触れていた。片道の流れがあるということは、理屈のうえでは逆に流すこともできるはずだ。魔石の光が消えたばかりの端子を見つめながら、頭の奥で仮説が形になりかけていた。

 通路の奥、管理区域へ続く暗がりから、ごく微かな響きが届いた気がした。前回と同じ、一瞬で消える揺らぎだった。今度は魔石を使った直後だったから、機構の反応なのか、それとも別の何かなのか、区別がつかない。


リオル「今の、また……」

ノエル「感じました。前回と同じものでしょうか」

リオル「わからない。でも、今の魔力供給と関係あるのかもしれない」


 リオルは端子から手を離し、通路の暗がりへ視線を向けた。伸ばしかけた指先を、途中で止める。今この場で確かめるだけの根拠は、まだどこにもない。


リオル「……戻せるかもしれない、って思う。でも」


 言葉を切った。ノエルが静かに続きを待っている。


リオル「今のデータだけじゃ、逆流を試すのは危険だと思う。装置がどこまで耐えられるか、まだわかってないから」

ノエル「賛成です。可能性が見えたばかりですから、ここで急いで壊してしまっては元も子もありません」

リオル「せっかく糸口が見えたのに、ここで焦って全部台無しにしたら、元も子もないもんね」


 ノエルは魔石を布に包み、リオルの手のひらに乗せた。指先が触れる寸前で止まる、いつもの距離感だった。


ノエル「はい。糸口は逃げませんから、慌てる必要はありません」

リオル「うん。今日はここまでにしよう。……次は、もっとちゃんと準備してから来る」

ノエル「安定した電力源と、機構の耐性データ。次までに揃えておくべきものを、帰りながら整理しましょうか」

リオル「うん、そうする。……ありがとう、ノエル」


 ノエルは頷き、魔石を仕舞うリオルの手元をそっと見守っていた。紋章の写し、断片のログ、片道の流路。持ち帰るものは多い。それでもまだ、扉の向こうにある答えには届いていない。

 通路の奥は、変わらず静かなままだった。


《鑑定応答》

・主因推定:観測施設からの魔力抽出の試みが制御不能化し、暴走的な吸収状態へ移行(人為的介入に起因の可能性。既存記録との矛盾は事後の隠蔽による可能性)

・推奨次手:逆流転用の検証は保留。安定電力源と機構耐性データの確保が先決

・注意喚起:現状のデータのみでの実行は機構破損・想定外の魔力反応のリスクあり


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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