19. 髭のおじ……お兄さん
「おはようございます、リッドさん」
「来たか。少し待て」
「え?」
クオリティアップしたモルック粉でリッドさんを驚かせようと、みんなでいつもの宿屋に顔を出したわけだけど、肝心のリッドさんは挨拶もそこそこに何処かに行ってしまった。
宿の入り口に取り残された僕らに好奇の視線が突き刺さる。一階は食堂が併設されていて、お客さんもそこそこいた。そのお客さんから注目されているみたいだ。嫌な感じの視線ではないけど、居心地は悪い。
「これ、どういう状況なの?」
「俺に分かるわけないだろ。ロイは何か聞いてないのか」
「えぇ? 明日も持ってくるのかって聞かれただけだけど」
「ぴゅーんって、行っちゃったねー」
「ねー」
ルクスたちとこそこそ話してみても状況はよく分からない。まぁ、当たり前だけど。それでも、話すことで気が紛れる。そっちが重要だ。
「ははは、リッドさんは口数が少なすぎだよな。まぁ、悪いようにはならないと思うぜ。例の粉の話だろうよ」
戸惑う僕らを見かねたのか、食堂から見ていた男性が声をかけてきた。リッドさんよりは若そう。まだギリギリお兄さん判定でも許される年齢――――
「おじさんだれー?」
「ぼーけんしゃー?」
あ、許されなかった。レイネが容赦なくおじさん判定を下してしまった。
「誰がおじさんだ! 俺はまだ22だぞ」
幸い、おじさん扱いされて怒り狂うような人ではなかったみたい。苦笑いで抗議するだけにとどめてくれた。
それにしても、この人、思ったよりも若いね。これで22なんだ。
だとしたら、リッドさんも30くらいだったりして。これまで、おじさん呼びしちゃってたけど、悪かったかな。
でも、まぁ、許して欲しい。残酷なことを言うようだけど、子供の目から見ると30はおじさんだから。
「とりあえず、お兄さんは髭を剃ったほうがいいと思います」
「ご配慮痛み入る。やっぱ髭か。剃るの面倒なんだよな……」
ひげもじゃお兄さんはオードと名乗った。ここを定宿にしている冒険者らしい。ついでにこの宿の名前も初めて知った。“跳び鼠の尻尾亭”という名前なんだって。
オードさんは、僕らのことを知っているみたい。と言っても、たまに洗濯仕事をしているスラムの子供としてだけど。
「リッドさんが目をかけてるだけあって、他の連中とは違うな」
「ありがとうございます」
「……というか、ホントにスラムの子なのか? しっかりし過ぎじゃないか、言葉使いとか」
不思議な顔をされるけど、それは僕にもよく分からない。前世の記憶のせいかもしれないけど、その前からこうだった気がする。少なくとも、ルクスたちから言葉使いがおかしくなったとは言われてないね。
「まぁ、それはいいか。それよりも、あの粉だ。あれ、お前らが作ったんだって?」
僕が答えに窮していることを察してか、オードさんが話を変えた。そういえば、モルック粉のことを知っているふうだったね。
「はい。オードさんも食べてくれましたか?」
「食べたぞ。なかなか悪くないな。値段次第では売れるかもなー」
お、そこそこ評価されてる。でも、あくまでそこそこ止まり。是非買いたいって感じではないね。
ふふふ、しかしそれは昨日のモルック粉の話。生まれ変わった新モルック粉に対しても同じことが言えるかな?
「お、なんだ、その顔は? 自信ありって、感じだな」
おっと、顔に出ちゃってたか。いや、ホントにそうなんだよね。昨日の衝動買いで手に入れた因子を付与したおかげで、新モルック粉は素晴らしいものになった。ついつい笑顔も出ちゃうよね。
■取り込み可能な因子■
・甘味アップ(Lv2)
・甘味アップ(Lv5)
・絶品
レベルの違う“甘味アップ”を同時付与。これで甘味は大幅アップだ。しかも絶品がいい仕事をしている。僕の拙い表現力じゃ良さを伝えられないけど……とにかくいい感じだ!
例によって朝食に使ってみたけど、本当においしかった。甘味も砂糖に近づいてきたし、味に深みが出るんだ。ルクスなんか食べたあと顔が蕩けてたからね。
「おじさんが食べたの、前のやつー」
「新しいの、もっと、あまーいのにー」
僕が何か言う前に、双子までが新モルック粉マウントを取り始めた。人見知りするタイプなのに、さっきから珍しいな。
「おい、お前たち。失礼だぞ」
ルクスが止めようとするけど、オードさんはそれには及ばないと手を振る。
「気にするな気にするな。子供なんてこれくらい奔放な方がいいんだから。むしろ、お前たちはしっかりしすぎだ。まぁ、スラム住まいだからな、そうじゃなきゃ生きていけないのかもしれないが……」
オードさんは顰めっ面でため息を吐いた。僕らへの同情だろうか。子供が過酷な環境に置かれていることに、思うところがあるみたい。
まぁ、僕から見てもルクスは10才にしてはしっかりしてると思う。環境のせいで、そうならざるを得なかったのだとしたら、可哀想なことなのかもしれない。
「そうですね。でも、あの粉が売れたら、楽させてあげられますから」
「おっ、なかなか男前なこと言うじゃないか」
「何を言ってるんだ。あなたたちは……」
ルクスが呆れた顔で、僕らを見る。けど、その顔はちょっと赤くなっていた。なんか珍しいね。
「ルクス、どうしたのー? 顔、赤ーい」
「恥ずかしー?」
「うるさいぞ! 静かにしておけ!」
双子にからかわれて、ルクスの顔がますます赤くなる。それが可笑しくてみんなで笑っていると、ようやくリッドさんが戻ってきた。




