20. 大絶賛と浮かない顔
「待たせた」
「待たせたじゃないッスよ、リッドさん。ちゃんと説明していかないから、コイツら困ってましたよ」
「ぬ……すまん」
ぬらっと現れたリッドさんにオードさんが絡む。宿の店主と客というには気安い感じだ。知り合って長いのかも。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。それより、そちらの方は?」
リッドさんの後ろにはニコニコ笑顔のお姉さんが控えていた。オードさんより若く見える……はちょっと幅が広すぎるかな。オードさん、老け顔すぎて比較対象として不適かもしれない。
「私はエッダ。この近くでやってる青果店の娘よ。よろしくねー」
「たぶん、自分のところで扱うより、エッダの店で扱ったほうが売れるだろうって話つけてきたんだよ。リッドさん無口過ぎて、客商売向いてねぇから」
僕の質問は、エッダさんとオードさんから返答があった。
問われたはずのリッドさん自身はむっつりと黙り込んだまま頷くだけだ。なんか、自分の役割はもう終わったと思ってそう。その様子にみんなで苦笑する。
「ええと、そういうことでしたら、僕から話をさせてもらいますね」
リッドさんの仲介は期待できそうにないので、仕方なく僕から切り出す。
「お願いね。でも、そんなふうに丁寧に話す必要はないわよ。もっと気軽に話して」
「あ、はい」
エッダさんは笑顔だけど、少し困っているように見える。オードさんも不思議そうにしてたけど、僕の口調は子供が喋るにはきっかりし過ぎてるのかも。それが必要なときもあると思うけど、今はそうじゃないんだね、きっと。
「えっと……それじゃ、普段通りに話すね」
「うん、そのくらいがいいわ」
エッダさんの笑顔のふんわり度がアップした。やっぱりあの口調は距離を感じさせるのかな。商談って難しいね。
「リッドさんはどこまで話したのかな。どうやって作ってるかは聞いた?」
「モルックを特殊な方法で甘くしているって、話は聞いたけど」
「あの粉、モルックなのかよ! ……あ、すまん」
大きな声を上げたオードさんが、エッダさんから睨まれた。別に秘密だったわけじゃないからいいんだけどね。
うーん、どうしよう。やり方、開示してみようかな。もしかすると、GPがもらえるかもしれない。昨日、リッドさんとの会話でGPが増えたのって、この話がきっかけだと思うんだよね。
それに、バレたところで困ることもないし。恩寵で甘くするなんて、真似できる人いないだろうから。よし、言っちゃえ。
一応、無差別に広がるのを避けとこう。人差し指を口の前に立てて内緒話であることをアピールした。オードさんが両手で口を塞いだところで、説明する。
「あれ、僕の恩寵で甘くしてるんだ」
「……え?」
エッダさんは、ポカンと口を開け呆然としている。オードさんは口を塞いだまま、ムウと唸った。二人とも悪くない反応だね。あとでGPを確認しておこう。
「実は昨日のより甘くすることができるようになったんだ。せっかくだから、比べてみる? 普通の物と比べるとはっきり違いがわかると思うよ」
「え、ええ。ちょっとまだ信じられないから、お願いしたいわ」
というわけで、いざ台所に。みんなでゾロゾロ移動すると、オードさんまでついてきた。
「なんでオードさんまでついてくるのよ」
「いいだろ! 俺だって気になるんだよ!」
「髭剃って出直してきなさい! フケだらけでしょ!」
「そんな殺生な!」
まぁ、エッダさんからの指導を受けて、リッドさんにつまみ出されたけど。
でも、同情はしないよ。フケは良くない。モルック粉に混ざったら最悪だ。
「ええと、まだ甘くしてないのはどこやったっけ」
「ほら、これだ」
「ありがとう、ルクス」
試食用に準備した因子操作なしの実をルクスから受け取る。それを3つに分けて、左はそのまま、中央には“甘味アップ(Lv2)”を付与、右にはさらに“甘味アップ(Lv5)”をつけた完全バージョンにする。それを今度は横から切って3つを6つにした。
「試食をどうぞ。右に行くほど甘いよ」
「じゃあ、普通のから……」
エッダさんが左から順番に食べていく。中央を食べたときには目を見開き、右を食べたときは跳び上がって驚いていた。いや、本当に跳んでたからね。僕の方がびっくりしたよ。
リッドさんは跳び上がらなかったけど、ながーい唸り声を上げていた。たぶん驚いてたんだよね?
「どうだった?」
「どうもこうもないわ! 全然違うじゃない!」
凄い。エッダさんの食いつきがいいね。笑顔は笑顔なんだけど、最初のふんわり感はすでにない。ギラギラだ。口元がクイッと上がって妙に圧倒される。
「これ、真ん中のと右のでは作る手間は違うの?」
「ほ、ほとんど変わらないけど」
「そうなのね! これは、モルック以外も甘くできるよね?」
「で、できるけど、甘くできるのは僕だけだから、毎日対応できるとは限らないよ」
「あ、ああ、そうか。そうよね」
お、エッダさんのテンションがちょっと落ち着いたね。青果店だから、果物に毎日付与できればって思ったのかな? それを本業にするならできなくはないけど、今のところ、そのつもりはないかな。
「無理強い、するなよ」
「わかってるってー」
リッドさんのボソリとした呟きに、エッダさんがひらひら手を振る。
「そっか。調味料として売り出そうとしてのは、長期間保つからなのね」
「そうだね。今後のことはどうなるかわからないし毎日の仕事にするにはちょっと抵抗があるかな。保存性が高いものなら、時々補充するだけでいいから」
「そうよねぇ。まだ子供ですもの。いろんなことを経験するのも大事よね」
そういうこと……なのかな。そこまで考えてたわけじゃないけど、そうなのかも。
その気になれば甘味アップを付与するだけで生きていけそうだけど、ずっとそんな生活を続けるは退屈だ。せっかく面白そうな恩寵をもらったんだから、もっといろいろ試してみたい。機能強化したら、さらにできることが増えそうだしね。そのためにはGPを貯めないと駄目だけどさ。
「あ、でも、スラムを抜けるために稼ぎたいから、しばらくなら毎日付与してもいいよ」
「本当に!? それなら時期限定の特別入荷と言って売れば……」
僕の提案に、エッダさんが目を輝かせてブツブツいい始めた。まぁ、彼女が儲かれば僕への報酬も増えるだろうし、頑張って欲しいね。
ただ、さっきの話をしたときのルクスの表情が気になった。ショックを受けたような、それでいてさみしげな、そんな表情。もしかして、スラムから出たくないのかな。
気にはなったけど……
「髭剃ってきたぞ! これで文句ないだろ!」
「ちょっと、血だらけじゃない!」
「焦り、すぎだ……」
台所にオードさんが乱入してきたせいで、聞きそびれてしまった。




