8−60 渾身の転移魔法
目的は人を動かす理由になる。目標は人を努力させる原動力になる。その瞳に宿る闘志は、望みを全力で叶えるための野望さえも溜め込んで。フォゼは最後の仕上げとばかりに、打倒ミアレットを目指して剣を振り上げる。
「天翔ける風を集め、汝の衣とせん! 疾走せよ、エアロブースター……ダブルキャスト!」
剣戟を繰り出してくるフォゼに対し、ミアレットは残されている手札を的確に切っていく。
もちろん、フォゼの必死さは理解してやりたいし、元々勝てない可能性が高い相手だ。……無駄な戦闘を避ける意味でも、勝利を譲る選択肢もあるだろう。だけれども、玉の輿は狙わないにしても、ミアレットにだって目標はあって。中身はダンディな執事さんのご褒美だなんて、妙なものではあるが……当然、ミアレットも易々と打倒されるつもりはないのだ。
「今更、無駄だ! お前の能力を上向かせたところで、何にも怖かないさ!」
「それはどうかしら? さぁて……思いっきり暴れていいわよ、エックス君!」
「ピチチッ! キュワァッ!」
魔術師の戦いだと言うのに……肉弾戦と洒落込むつもりらしいフォゼに対し、自分と魔法道具へ抜かりなくエアロブースターを展開するミアレット。そうされて、いよいよ本気を剥き出す気になったらしい。ミアレットの合図を受け取ったエックス君は鋭い鳴き声をあげ、空を鋭く切り裂き、フォゼへと突貫攻撃を仕掛け始めた。
「くっ……ちょこまかと、鬱陶しい……! こうなったら、焼き尽くしてやる!」
「ギュワッ!」
ヒュンヒュンと軽やかに、フォゼの視界を縦横無尽に飛び回るエックス君。これでは攻撃に集中できないばかりか、ジリ貧ではないか。そうして、まずは目障りな遊撃手から始末すべしと、フォゼはエックス君目掛けてフレイモアの魔法効果を発動させる。だが……。
「風の調べに身を委ね、空高く虚空へ舞い上がれ! エアロトランスポート!」
「なっ⁉︎」
エックス君が焼き鳥にされちゃう!
そんな土壇場でミアレットが発動したのは、攻撃魔法でもなければ、補助魔法でもなく……渾身の転移魔法。もちろん、対象は自分自身ではなく、自慢の魔法道具であり、愛鳥でもあるエックス君だった。
「エックス君! 思いっきり、やっちゃって!」
「キュピッ!」
エックス君が瞬間移動したのは、フォゼの頭上……有り体に言えば、「擬似台風の目」。フレイモアの魔法効果は予断なくフォゼを護るかのように、360度の広範囲で熱風の壁を発生させる。だが、カバー範囲に彼の頭上は含まれていない事を……ミアレットはちゃんと予習していた。まるで渦巻く台風の中心のように、フォゼの頭上だけはポッカリと効果範囲から抜け落ちているのだ。魔法を運良く封じられた場合、彼がフレイモアの魔法効果に頼ることは目に見えて明らかなのだから……この「意外な穴」を狙わない手はない。
(よっし、上手く行ったわ……!)
いつかの時にマモンに「自由に転移魔法を使えるようになりたい」とお願いしたのが、こんな所で実を結ぶなんて、ミアレット本人も予想だにしていなかったが。サイレントカノンを少しばかり無理して習得したのには、もちろん、魔法武闘会に向けてもあるが……最も初歩的とされながらも、しっかり上級魔法に分類される転移魔法を獲得するためだった。
だが、このエアロトランスポート……発動速度は割合早い魔法ではあるものの、本来はミアレットが習得するには「まだまだ早い魔法」である。誰かに「時間稼ぎ」をしてもらえなければ、安定した発動はまずまず見込めない。
「ギュワァァァッ‼︎」
一方、攻撃を巧妙に掻い潜ったエックス君は力強く羽ばたき……強風で熱風を中心から霧散させると同時に、強烈な体当たりをフォゼにお見舞いしていた。だが、フォゼを突き飛ばしただけでは満足しなかったらしい。エックス君はけたたましく喚きながら、更に強烈な嘴の連続攻撃を浴びせる、浴びせる。
「キュピピ! ギュピピピッ‼︎」
「カハッ……⁉︎」
おそらく、頭上からの攻撃は予想外だったのだろう。しかも、エックス君にはエアロブースターの補助効果も乗っている。元から高い俊敏性と攻撃性能を増強された小鳥ちゃんの攻撃は、止まるところを知らない。……どうやら、エックス君の辞書に「手加減」という言葉はない模様。
「クソッ! 小賢しい!」
「ピチッ、ピッチチチ〜!」
絶え間なく続く波状攻撃にフォゼの頭の中は「害鳥駆除」で一杯、一杯。しかも、この鳥ちゃん……どことなく、フォゼが焦っているのを楽しんでもいる様子。表情は無機質なりに、楽しそうな囀りでおちょくってくるではないか。
(エックス君、好戦的なのね……。まぁ、生みの親が生みの親だし……仕方ないのかも?)
さもありなん。作成者があの戦闘狂である時点で、好戦的になるのも宿命かな。
目の前では小鳥ちゃんにおちょくられ、ミアレットの事なんぞ忘れてしまった対戦相手の苦戦が繰り広げられている。いくらフレイモアを振るおうにも、至近距離は魔法効果の範囲外。ならば、直接剣でぶった斬る……と行きたいところだが、あいにくと小柄なエックス君を刻むには、フレイモアの太刀筋は大振りすぎた。
「ピヒヒッ! ピヒヒヒッ!」
「グッ……舐めやがってぇぇぇ!」
あっ、エックス君って笑い声(嘲笑かも)を出す事もできるんだ。そろそろ、決着を付けるべきなのかも知れないが……お楽しみを邪魔しても悪いかもと、ミアレットが様子を窺っていると。ブンっと勇ましい空振りの効果音も虚しく、エックス君はあろう事か剣を握るフォゼの手元にちょこんと止まると、クイっとあざとく首を傾げている。
「キュワ? キュワワ〜?」
見た目は可愛いが、明らかに小馬鹿にした仕草をするエックス君。まるで「どうしたんですか、僕ちゃん?」とでも言いたげである。
「ぐぬ……あぁぁッ! この畜生が! 気安く止まるんじゃねぇ!」
「キュフフ〜」
(うわぁ……エックス君、腹黒い……腹黒いわぁ……!)
ボディは白銀だけれども、腹の中は真っ黒っぽい。この性格も大悪魔様譲りなんだろうか……とミアレットは考えたところで、そろそろ幕切れだろうとトドメの準備に入る。ここはコズミックワンドでフィニッシュ! ……でもいいのかも知れないが。攻撃魔法で決着を飾ろうとするのは、魔術師のちょっとした意地だ。
「エックス君! もういいわ、戻ってきて!」
「キュピッ!」
「キッチリ決めさせてもらうわ! 雷神の怒りを知れ! その身に、轟の罰を下さん……サンダーライトニング!」
愛鳥を巻き込むまいと、しっかりと下げさせて。習得している中で、最大威力を誇る攻撃魔法を繰り出せば。エックス君のお遊びで満身創痍のフォゼの骨身に、鋭い雷撃が迸る。
「くッ……!」
蓄積していたダメージと、強烈な追撃と。魔術師と魔法道具のコンビネーションを前に、とうとう膝を突き、フォゼは悔しそうに顔を歪める。彼の表情からしても、闘志は失っていないようだが……体の方は付いてこないらしい。
「こ、降参……。降参だ……」
カララン……手からフレイモアが零れ落ちる音に、フォゼは仕方なしに降参を呟くが。当然ながら……ミアレットを睨む視線には、不服の色がありありと残っている。
【魔法説明】
・エアロトランスポート(風属性/上級・転移魔法)
「風の調べに身を委ね 空高く虚空へ舞い上がれ エアロトランスポート」
風属性の専売特許とまで言われる転移魔法の1つ。
術者が視認できる範囲に転移元・転移先の魔法陣を展開し、短距離の瞬間移動を可能とする。
移動手段というよりは、瞬間移動による攻撃回避に使われる事が多い。
3種類ある転移魔法内で最も初歩的な魔法ではあるが、派生元にウィンドトーキングだけではなく、中級魔法・エアロブースターとサイレントカノンを含むため、上級魔法に分類される。
習得にはそれ相応の努力が必要になるが、基本的に展開速度が速く、魔力消費量も少ないのが特徴。




