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別室で他の女性たちとお茶に興じていたエリザベスの所へ、シンシアが戻ってきて深々とお辞儀をした。
「ただいま戻りましたお嬢様」
「首尾は?」
エリザベスはシンシアに顔を近づけ、小声で囁く。
「ご指示通りあの方を例の部屋に閉じ込めるのに成功しました」
「ご苦労様、よくやったわ」
エリザベスの指示というのは、スイーツを餌にヴィオラをおびき寄せ、狭い使用人の部屋に閉じ込めることだ。
狭くてなにもない部屋に閉じ込められてはいくらヴィオラといえども平常心ではいられないだろう。そして泣きべそをかきはじめた頃を見計らってヴィオラを衆目に曝すことで恥をかかせるのがエリザベスの企みだった。
「ドレスを台無しにされた恨み、たっぷりと思い知らせてあげるわ」
窓には鉄格子がついており、扉を蹴破りでもしなければ脱出できない。ヴィオラの力では到底不可能だ。
ウォルターの目を盗んで広間を抜け出したロディは、道に迷いそうになりながらもなんとか別室へとたどり着いた。
「あ、サー・ロデリック!」
入り口でヴィオラの姿を探していると、近くにいたケイティとフランが駆け寄ってくる。二人の慌てようを見て、悪いことが起こったのを察した。
「お二人ともあの方と一緒ではないのですか?」
「それがここへ来る途中にはぐれてしまったのです」
ケイティの言葉は予想通りのものだった。
「皆様と別室まで歩いていると突然、侍女のかたがヴィオラ様に近づいてきて連れていったのです。私達も追いかけようとしたのですが、レディ・エリザベスの妨害にあって……」
深刻な面持ちでフランはうなだれるが、彼女たちがエリザベスに対抗できるとは思えないので責める気にはなれない。
「とにかく彼女が連れていかれた場所へ案内していただけますか」
「わかりました」
今はヴィオラを見つけることが先決だ。
「あらあら、どうしたのかしら。こんな所でコソコソとろくでもない話をしている連中がいるわよ」
三人で部屋を出ようとした瞬間、高圧的な声がしてエリザベスが登場した。後ろからシンシアもついてきている。
相手を威圧するような眼差しに、ケイティとフランは怯えるようにしてロディの後ろに隠れる。これではなにもできなかったのも無理はないなとロディは思った。
「勝手にパーティーの最中に抜け出すつもり? レディ・ヴァイオレットの友人は揃いも揃って礼儀知らずね」
「あの方はどこですか?」
エリザベスの恫喝にも物怖じせず、語気を鋭くしてロディは詰問する。
「ここは女性専用なのよ。道に迷ったのなら今すぐ広間に戻りなさい。それとも実は女でしたなんて言いだすつもり? そんななよなよした見た目して」
「彼女の居場所を知りたいだけです。急いで探さなければいけないので失礼します」
「別に構わないけどそこの二人は行かせないわよ。もし勝手に行けば我がローゼンベルク家を侮辱したと見なすからよく考えなさい」
「この屋敷で不祥事が起こればローゼンベルク家の責任になるのでは?」
ロディが反論すると、エリザベスは嘲るように笑った。
「もしヴィクトリア家が抗議してきたらこう言い返してやるわ『ローゼンベルク家は迷子の面倒を見るほど暇ではありません。責任があるとすれば勝手にふらふらと歩き回るご令嬢と無能な従者にある』とね」
「あなたの侍女が連れ去ったと聞きましたが」
「さすがあの女の従者ね。根拠のない言いがかりをつけるなんて。身の程知らずなのはご主人様ゆずりというわけ。私がなにかしたと言うなら証拠を見せなさいよ!」
「…………」
ロディは反論しなかった。
ケイティとフランが証言してもシラを切られるだけだからだ。それにここでエリザベスの関与を証明するよりも、一刻も早くヴィオラを探さなければならない。
沈黙を降参のしるしと勘違いしたのかエリザベスは勝ち誇った笑みを見せる。
「他に言うことがないならさっさと出ていってくれない? でなきゃ衛士を呼んでつまみ出すわよ。もっともその方が低俗なアンタにはお似合いだろうけど」
エリザベスの罵声がロディの頬を打つ。とその時、後ろから一人の令嬢が近づいてきた。
「あのう、ずいぶん賑やかですけどなにかあったのですか?」
「あ、申し訳ありません。この無礼な連中があまりにも物分かりが悪くて……」
ロディたちの時とは打って変わり、エリザベスはひたすら丁寧な態度で、非常に小柄なプラチナブロンドの少女に言った。
「まあそれはいけないわロディ。他人の家で勝手なことをしては」
「……ん?」
その途端、エリザベスやロディを始め、その場にいた全員が一様に大きく目を見開き、突然現れた少女を凝視したまま硬直した。
「ロディったらこのスコーンについてるストロベリージャムに釣られて来ちゃったのね。でもここは女性用の部屋なんだからせめて女装しなきゃね」
そこに立っていたのはここにいるはずのない、使用人の部屋に閉じ込められているはずのヴィオラだった。ヴィオラが何食わぬ顔で、スコーンが乗った皿を片手に持って立っている。
「あら、どうかしましたかレディ・エリザベス? ロディも変な顔しちゃって」
「……な」
エリザベスはまるで幽霊でも見ているかのような表情をしていた。しばらく固まったままだったが、数秒後ようやく口を動かした。
「なんであんたがここにいるのよ!?」
「招待状をいただいたからですわ。ご自身で送ったのにレディ・エリザベスは忘れっぽいのですねえ」
「そういう意味で言ったんじゃないわよ!」
「マイレディ。今までどこにいらっしゃったのですか?」
いつになく動揺した様子でロディがたずねる。
「そこにいる侍女の方が特別なスイーツがあるからって小さな部屋に案内されたのよ。でも見当たらなかったから諦めて戻ってきたの」
指を差されたシンシアが顔面蒼白になってビクッと身を震わせる。
「そそそ、そんな……。わ、私はちゃんと鍵をかけたはず……」
狼狽しすぎてつい口を滑らせる。
「ええ、だから窓から出ましたの」
「嘘よ、あそこには鉄格子がついてるのよ!」
エリザベスが声を荒げる。
「隙間から抜けましたわ」
「隙間?」
言われてから、ハッと気がつく。そういえばここの鉄格子の隙間は普通より幅広く造られていて、エリザベスが幼少の頃は簡単にすり抜けられた。
ヴィオラの体格なら脱出するのも可能かもしれない。
――迂闊だった。こいつの体格を計算に入れてなかった私のミスだわ……。
「レディ・エリザベス。どうかしましたか?」
頭を抱えながら憎々しげに睨んでくるエリザベスに対して、ヴィオラは不思議そうに首をかしげる。
「なんだか顔が怖いですわよ? まあいつものことですが」
「どういう意味よ……」
言いかけてエリザベスはハッと思い直す。ここで怒鳴ったらまた前回の二の舞になってしまう。それに若干の誤算はあったが、ヴィオラが迷子になった事実は変わらないのだから、今この衆人環視の前で糾弾すればいいのではないか。
そう判断した彼女は深呼吸をして気を落ち着かせると、他の人にも聞こえるように大声でこう言った。
「まったく遅れてきたクセにふてぶてしい態度ね! 皆様聞いてくださいませ! この不届き者が私の屋敷を勝手にほっつき歩いた挙句色々と引っ掻き回したんですのよ!」
室内にエリザベスの痛烈な罵倒が響き、周囲の令嬢が一斉にそちらを振り向く。
ケイティとフランは心配そうな表情を浮かべているが、当のヴィオラはまったく動じなかった。
「まあそれは大変ですわね。一体誰なんですそれは?」
「アンタ以外に誰がいるっていうのよ!」
二人のやりとりを、ロディはいつものことだとでもいうように冷静に眺めていた。エリザベスが口論でヴィオラに勝てる確率はゼロに近いし、ウォルターという男が言ったように、エリザベスが暴力に訴えてくることはないのがわかっているからだ。
ただ一応、万が一の場合に備えて間合いを詰めている。
「当事者なのにまるで他人事ね! 他になにか言うべきことがあるのではなくて?」
「……そうですわね」
急にしおらしくなったのを見て、エリザベスが勝ち誇った笑みを見せる。
「実は厨房を通りがかった時、そこにいるシンシアさんがこっそりスイーツをつまみ食いしているのを見てしまいまして」
「なんですって?」
思いがけずエリザベスに睨まれてシンシアは慌てふためく。
「シンシアあなた本当にお客様の物に手を出したの?」
「あ、あの……その……も、申し訳ありません! あまりにお腹が空いていましたもので、つい。どうかお許しください!」
額を全力で地べたにこすりつけて許しを請うシンシアを見て、今はこんなことで怒っている場合ではないと自分に言い聞かせる。
「ま、まあ今回だけは大目に見てやるわ」
「さすがレディ・エリザベス。寛容な心をお持ちなのですね」
「フ、フンッ、アンタに褒められても全然嬉しくないわよ」
そう言いつつもヴィオラにおだてられて、少しだけエリザベスの気分がよくなった。
「実は私も厨房にあったザーネトルテを食べてしまったのですが、レディ・エリザベスなら許していただけますよね?」
「ってなんでアンタまで食べてるのよ! オカシいじゃない!」
気分がよくなったのも束の間、再びエリザベスは地獄に落とされた。しかもザーネトルテはエリザベスの大好物で、後で食べようと厨房に置いていたものだ。
「お菓子だけにですか? プークスクス、レディ・エリザベスって面白いんですね」
「だあああああ笑えるかあああああ! 今すぐこの手で締め上げてやるこのバカ女めえええええ!」
「お、落ち着いてくださいお嬢様!」
ついに堪忍袋の緒が切れたエリザベスは、怒りに我を忘れてヴィオラに攫みかかろうとするも、シンシアが懸命に抑える。ヴィオラ以外の観衆は、その様子を見て幻滅し、ヴィオラは無関心に、ロディたちを振りかえってこう言った。
「私の真摯な謝罪が通じたみたいね。さ、お茶を飲みましょう」
「いやいやいやいや」
ロディは全力で首を横に振る。反対にケイティとフランは尊敬の眼差しをヴィオラに向けている。
「レディ・エリザベスは許してくださったわ。その証拠にほら、ああして不思議な踊りで歓迎しているもの」
「あれは暴れ狂っているのですよ」
そんなことを言っている間にも、当のエリザベスは、白目をむき出しにし、顔を紅潮させて見るにたえない状態になっており、ケイティが心配そうに呟く。
「でもお茶を飲んでいる間に襲ってくるのでは………」
「それはご心配には及びません」
それに答えたのは、ロディを追いかけて、いつの間にか廊下を歩いてきたウォルターだった。ウォルターは部屋の入口まで来ると、皮肉そうな笑みを浮かべてロディを一瞥する。その表情には降参の意思が読み取れた。
「いやはやあなたの主人には感服しました。一度ならず二度までも、うちのご主人をこんな目にあわせるとは。少々興味が湧きましたよ」
冗談とも本気とも区別し難いが、どうやら敵意はないようで、とりあえずロディはこう忠告しておいた。
「興味本位で近寄らないほうがいい。吹き飛ばされるだけですよ」
ほどなくしてエリザベスはウォルターとシンシアに連れられて部屋を出ていき、再び平和に戻った。
後日、エリザベスは父にこの日の騒動を咎められて謹慎処分をくらった。




