命の樹
地中に潜ったナーガは目を閉じた。
『待ってるから、一緒に帰りましょう!』
「……すまんのぅ、ミリー」
ナーガは自分が戻らなければミリーが悲しむことは分かっていた。ミーシャとハインリヒにしてもそうだ。それは自惚れでもなんでもなく、そういう子たちなのだ。
牢の奥で二人と交わした最後の会話を思い出して顔を綻ばせた。
『わしはお前たちと一緒に帰ることはできん』
『なんでだよ?』
『後から来るニョか?』
『良いか、二人とも。この後、城が大きく揺れる。そうすれば城の中は大騒ぎになるじゃろう? その隙に格子を破壊して、ミリー連れて逃げるのじゃ』
『じじいは? どうすんだよ?』
『紅珠埋めるだけニャんだろ?』
そう言う二人もナーガを心配していることは手に取るように分かった。
『そうじゃのぅ……とにかく逃げるのじゃよ』
『……分かったニャ』
『じじいも……早く来いよ』
髭をピクピクと動かすミーシャ、躊躇いがちに尻尾を振るハインリヒ。二人は薄々感づいているのだろう。ナーガが皆と帰れないことを。
「良い子たちじゃな」
ナーガは嬉しそうに笑って紅珠を吐き出した。
紅珠を地中に埋めればいずれ芽吹き大樹となるが、かなりの時間を要する。ナーガは今あるだけの魔力をそこに注ぎ樹の成長を早めようとしていた。
*
全員がナーガが消えて行った床を固唾を呑んで見守っていると、突如床が大きく揺れた。扉の外から大きな声が聞こえてくる。見張りの兵たちの慌てふためく声と足音が遠のくのを、聞いたミーシャとハインリヒは魔力を手に集めた。
「三人とも下がるんニャ!」
ハインリヒは水を刃にして、ミーシャは雷を刃にしてあるだけの魔力を出した。
「うわっ!」
「キャッ!」
三人は大きな魔力に驚いてできるだけ下がった。思ったより大きな力に鉄格子はあっさり切断された。急いで牢から出てきたミーシャとハインリヒは格子から出るとミリーに飛びついた。
「二人とも!」
ミリーは涙と鼻水も少し垂らしながらそんな二人をギュッと抱き締めて、頬ずりしている。
「とりあえず、ここから出るでござる!」
ヒューバートに煽られてミリーはハッとして顔を上げた。ドサクサに紛れて逃げないといけないことを思い出した。
「そ、そうですね! 二人とも、ナーガさんは!?」
「あ、後から……来るニャ……」
「先に行ってろ、って……じじい、言ってた」
ミーシャとハインリヒが俯きながら答えると、師匠二人は何となく察した。
「ミリーちゃん、二人もとりあえず出よう。揺れが収まったら兵士がたくさん来そうだしね」
三人は頷いてニンジャ二人の後に続いて牢を出た。
***
「何ごとだ!?」
ブルコラクの王は大きな城の揺れに驚き目を覚ました。傍に侍っていた娘たちも驚いてベッドから飛び降りたり王にしがみ付いた。
そうこうしているうちに、従者がやってきた。
「陛下! 大丈夫ですか!?」
「地震か!?」
「分かりませんが、早くお逃げ下さい!」
従者の声にブルコラクの王は何かを考えるような仕種をした。それから何かに気付いたように顔を上げた。
「牢の奴らは!?」
「え……!? わ、私は存じませんが……」
「あいつらだ……あいつらが何か仕出かしたに違いない!」
「へ、陛下!? どちらへ!?」
大きく揺れているのにも関わらず立ち上がって部屋を出る主の後を従者が追う。
*
「やられた……!」
大急ぎで地下牢へやってきた王は歯をぎりりと噛み締めた。牢の見張りは誰もおらず、破られた牢はもぬけの殻。
そうしてる間も揺れは大きくなり、王が逃げるより早く床の石が大きな音を立てて割れ始めた。
「うわっ!」
王が揺れに足を取られてその場に膝を着くと割れた地面から何かが生えてきた。それは小さな植物の芽で見る間にグングンと伸びていき、天井を突き破り城を呑み込むほどの大きな樹になった。
*
五人が城を出ると薄らと明るくなり夜が明けるところだった。
「樹が!」
ミリーたちが城の前の広場まで走ってくると大きな音がして揺れが止まった。ミリーが立ち止まって振り返ると、城だったところには大きな樹が見える。
「城がなくなってるぞ!」
「何があったんだ!?」
いつの間にか大勢のブルコラクたちが広場に集まって、騒ぎながら樹を見つめていた。
「ここにいるとマズイ……もっと離れないと」
コリンに促されたが、珍しくミリーは言うことを聞かなかった。
「ナーガさんは?」
「後から追いつくから大丈夫でござろう……」
「でも、お城無くなっちゃったし……ナーガさん潰されてるかもしれないし」
「だ、大丈夫ニャ。じじいは、うんと強いから、大丈夫ニャ」
ミーシャとハインリヒはいつものようにミリーの手をギュッと握り締めた。
「そうだよね……うん、そうだよね……」
そう言いながら無意識に二人の手をニギニギするミリーは唇を噛み締めた。




