ミリーの決断とその頃の彼
「困ったでござるな……」
アンリから仕事を請け負った日の夜、さっそくブルコラクの情報係りから情報を受け取ったヒューバートとコリンは困っていた。
「ミリーちゃん……」
「バフォメットのスパイ二名を捕獲。ヘルキャットとヘルドッグの二名、もう一名は捜索中」という情報だったからだ。
それを聞いたミリーは真っ青な顔で固まってしまった。
「二人とも、どうなっちゃうの……」
「……作戦を聞き出して、あらかた喋ったら処刑される、と思う……」
困っていた二人は隠さずに話した。冒険者をやるからには付き纏うリスクがあることを教えなければならない。それに隠すだけでは、ミリーのためにならないからだ。
真っ青な顔でこっちり固まっていたミリーは、泣き笑いの表情で震え始めた。
「あ、あたし……あたしが、余計なこと言ったから……」
「みんなはもっと大きな仕事やれるんだよ」なんて偉そうに、何て無責任なことを言ってしまったのだろう。
「それは違うんだよ、ミリーちゃん」
「でも、でも……」
「「やる」か「やらない」かを決めたのは、彼ら自身だ! 人に言われたから決めた、など彼らを馬鹿にするにも程がある!」
ヒューバートが初めて普通の口調でミリーに詰め寄った。
「彼ら自身を尊重するなら、そんなことは二度と言うな!」
「良いかい、ミリーちゃん。まだ処刑されていないから、落ち着いて、できることをやるんだ」
「……は、はい」
***
ミリーはベッドの上で膝を抱えて震えていた。
お母さんが死んだときも、お母さんが横たわっているベッドの上でこうしていた。急に動かなくなったお母さんにどうしたら良いのか分からなくて、またお母さんが起きるんじゃないかと思ってこうしていた。頼る大人がいないミリーは本当に分からなかったのだ。
暗くなってから、思い立ったようにご飯の支度を始めた。お母さんが起きたときに直ぐに食べられるように。お腹が空いたらお母さんも起きてくるはずだから。
しばらくしてから、やってきたアスランが泣きながらいろいろやってくれた。
あのときはアスランがいたけど、今はいない。だけど、ミリーはもう子供じゃない。分からないはずはない、どうしたら良いのか分かっている。
夕方、マルセルが屋敷に帰ってくるとロザリーがミリーの部屋の前で困ったようにウロウロしていた。ルドヴィクも深刻そうな顔で部屋の前に立っている。
「どうしたんだい、ロザリー?」
「ミリーちゃん、お夕食の時間なのに来ないのよ……」
「そうか……二人ともちょっと良いかい?」
マルセルは談話室に二人を連れて行くと、先ほどアンリに聞いた話をした。二人は口を挟むことなく静かに聞いていた。
「――そういう経緯で、ミリーちゃんも二人が捕まった話を聞いたんだ」
マルセルが口を閉じると、部屋は静寂に包まれた。
誰かが、何かを言う前に扉がノックされた。
「入りなさい」
静かに入ってきたのは、青い顔をしているが表情から悲愴さは失せて固い決意を秘めている表情のミリー。
ロザリーはミリーに駆け寄りギュッと抱き締めた。マルセルも頷いている。
「ミリーちゃん、心配したのよ!」
「ごめんなさい、お母さん。お父さん、ルドヴィクさん」
「良いのよ、良いのよ……」
心から心配してくれる人がたくさんいることに嬉しくなって、少しモジモジした。村にいた頃のミリーの世界はアスランだけだったが、今は違う。
「三人のことは何とかするから、心配しないで」
「あの、あたし……三人のこと、助けに行きます」
「ミリーちゃん?」
「あたし、「待ってるだけ」じゃダメって分かったんです。三人はあたしの大事な仲間で友達だから……だから「迎えに行く」んです!」
村を出たことによってミリーの世界は大きくなった。「待っているだけ」だった世界はもうない。大事な人たちを「迎えに行く」ことができる世界があることを知った。
「だめよ! 危ないわ、ミリーちゃん!」
「ロザリー、待ちなさい……ミリーちゃん」
マルセルは引き留めるロザリーを優しく窘めてミリーへ向き直った。
「ミリーちゃん……明日の早朝出発だ」
「……! はい、お父さん!」
「あなた!」
「ロザリー、ミリーちゃんは冒険者になったんだ。これから一人前になれるかどうかが試されるときでもあるんだよ。それに、我々とニンジャ二人がしっかりフォローする」
「お母さん、あたし、行ってきます! お父さん、お願いします!」
深々と頭を下げるミリーにロザリーは溜息を吐いて、マルセルとルドヴィクは頷いた。
***
その頃、広い執務室で青年が溜息を吐きながら書類を眺めていた。誰しもが見惚れてしまう、柔らかな金髪の優しい整った顔立ちの青年だ。
青年の向かいで、書類を捌いていた黒髪の眼鏡を掛けた青年が重い溜息に顔を上げた。
「溜息など吐いて、どうなさいました?」
「……どうしてもなの?」
「何度も言いましたよね? それもアスラン様の務めです」
「はぁ……」
アスランと呼ばれた青年は再び重苦しい溜息を吐きながら書類を放り投げた。書類は様々女性の似顔絵付きの書簡――魔界やバフォメット界の貴族が新しい魔王に送ってきた釣書だ。
「これも何度も言いましたけど、ミリーさんとやらは妾にすれば良いでしょう? 今は地固めが必要なのですから」
アスランと呼ばれた青年はジトッとした目で、眼鏡の青年を睨んだ。
せっかくミリーに相応しい男になったのに。ミリーに不自由なく生活させられるようになったのに。
「政略結婚だなんて! これじゃ意味ないじゃないか」
ミリーが成人するまでに、ミリーに相応しい男になるべく頑張っていたアスランは努力の甲斐があり、魔界の頂点に君臨するこがとができた。実力主義社会の魔界では、底辺に生きる人間にもチャンスがある。
「人界の王たちに、成り上がりと馬鹿にされるのは嫌でしょう?」
「事実じゃないか! ミリーのために頑張ったのに、本末転倒も甚だしい!」
もう、ミリーは成人している。可愛らしいあの子はどのように成長したのだろう。例え、大きくなってもアスランの愛は揺らぐことはない……。
「ヘンタイですねロリコンですね幼児性愛者ですね」
「はぁ?」
大して意味の違わない単語を羅列されてアスランは眉を吊り上げた。
「「例え、大きくなっても」って、どういう意味ですか?」
「……ミリーへの愛の深さだけど?」
アスランは、何かおかしなことを考えただろうか、と心底不思議そうな顔で首を傾げた。
「確かに可愛らしいですねぇ。……おやおや、そんなことを。イヤらしいですね。ヘンタイですね」
我慢の限界が高じて妄想が溢れ出て、眼鏡の青年も読みたくもないアスランの心が勝手に入ってきてヤレヤレと溜息を吐いた。
「何を言う! こんな妄想は序の口だ! 僕の本気を見ろ!」
「……見たくないんですが」
見たくもない本気の妄想をムリヤリ見せられた眼鏡の青年は何とも言えない表情になっている。それからアスランに同情と軽蔑と尊敬の入り混じった眼差しを向けた。
実力主義世界の魔界を乗っ取った男に政略結婚など必要ない。ただ、この性犯罪者臭の漂う男を野放しにするのが居た堪れないため、理由を付けて引き留めているだけだ。
「……ミリーは僕がいないと生きていけないんだ。そういう風に育てたから」
アスランの脳内ではミリーとの感動の再開のシーンが流れている。
一人寂しく村の隅で生きていたミリーは、アスランが迎えに行ったら泣きながら抱き着く。そしてこう言うのだ。
『アスランがいないと、あたし、生きてけない……』
『ミリー……寂しい思いをさせてごめんね。もう二度と離さないよ』
泣きながら駆け寄るミリーを優しく、だがしっかりと抱きしめるアスラン。ミリーは潤んだ瞳でアスランを見上げる。
『アスラン……お願い……抱いて、アスラン……』
ミリーは白いワンピースを脱ぎ、その白くて小さい柔らかな肢体を広げ――
「清々しいほど気持ち悪いですね! アスラン様って!」
眼鏡の青年は危ういところでツッコミを入れた。こうなると、人の心が読めるのも善し悪しだ。それにしてもこんな男に玉座を奪われるなど先代に向ける顔がない。
「はぁ……こんなヘンタイに魔界を乗っ取られるとは……私も耄碌したもんですねぇ」
「くそっ! 早くミリーに会わなければ、僕はきっとミリーに酷いことをしてしまう、イヤ、したい! そして、僕なしじゃ生きていけない体にする!」
手をワキワキさせながら目をギラつかせるアスランに、元魔王様は呆れながらこれ以上は無理だと悟った。
「……分かりました」
「よし!」
「その前に、釣書全部に目を通してください。それだけはお願いします」
「ああ、ああ、今見てる!」
ギラ付いた目で書簡をものすごい速さで目を通すアスラン。
そんなアスランを見ながら元魔王様である眼鏡の青年は、会ったことのないミリーに心の中で謝った。
『迎えに来るから待っててね、ミリー』
ミリーは知らない。
アスランがミリーのために頑張っていることを。
そしてアスランも知らない。
ミリーが村を出て行ったことを。




