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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第六章 泥棒さんとお巡りさんと、新たな出逢い
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第四十一話



「うーん。……よく考えたら、私って隠れるのに不利だよね」


 離れの中は広いとはいえ、隠れられる場所にも限りがある。子どもたちに比べて身体が大きい杏咲にとったら、尚の事だ。


 廊下を進みながらどこに隠れようかと思案していれば、前方で手招きする小さな掌が見える。あそこは――十愛と桜虎の部屋だ。


「はやくはやく!」

「十愛くん一人? 桜虎くんは?」


 部屋に入ってそっと障子戸を閉める。部屋の中に居るのは十愛だけのようだ。


「桜虎はひとりでどっかいっちゃった。かくれるなんておとこらしくねぇってさ」

「……あはは、そっか」


 何とも桜虎らしい考え方に得心した杏咲は、桜虎が捕まらないことを願いながら室内をぐるりと見渡した。どこか隠れられそうな場所は……。


「こっち。おしいれならひろいし、かくれられるよ」

「私も一緒に隠れてもいいの?」

「うん、いいよ」


 十愛に手を引かれ、押し入れの中に身を隠す。そこにあった掛け布団に二人でくるまって、息をひそめた。


「……ねぇ十愛くん。さっき何で落ち込んでたのか、聞いてもいいかな?」


 外から人の気配がしないことを確認した杏咲は、声を潜めて十愛に話しかけた。昼食前の出来事がずっと気になっていたのだ。


「それは……おこられちゃったから……」

「怒られちゃったって……誰にかな?」

「……透」


 十愛が蚊の鳴くような声で呟いた。


 杏咲は先程までの透の様子を思い返してみたが――特に変わった様子は見られなかったし、十愛のことを厳しい目で見ているようなこともなかった。でも好き嫌いをしただとか誰かと喧嘩をしただとか……十愛の落ち込み具合からして、そういったいつもの叱られ方ではなかったのだろう。


「そっか。それじゃあ、後で一緒に謝ろう?」

「でも……透、ゆるしてくれるかな」

「大丈夫だよ。きちんとごめんなさいができれば、透先生だって許してくれるよ」

「……うん」


 不安そうな顔をした十愛が、杏咲の着物の袖をぎゅっと掴んだ。安心させるように声を掛けていれば、遠くの方から誰かの話し声と足音が聞こえてくる。


 二人はそっと口を閉じた。そうしてまた暫く無言の時間が続いたが、外から音が聞こえなくなってから、十愛がおもむろに口を開いた。


「……このどろけーでいちばんになったら、透、なんでもおねがいきいてくれるっていってたでしょ? だからね、おれ……それでいちばんになって、とおるにゆるしてもらいたい。それで……いっぱいほめてもらいたい」


 十愛の純粋でいて可愛すぎるお願いに、杏咲は内心で胸をきゅんっとときめかせながら、十愛の頑張りを後でこっそり透に伝えてあげようと考えた。


「……そうだね。それじゃあ透先生にたくさん褒めてもらえるように、頑張らないとだね」

「……うん! おれ、がんばる」


 薄暗がりの中、十愛が大きく頷いたのが分かる。二人がそんな風に会話を続けていれば――突如、部屋の障子戸が開かれる音が耳に届く。


「ん~、ここにはおらんのかなぁ?」


 これは吾妻の声だ。部屋に入ってきたようで、室内をぐるぐる歩きまわっているのが分かる。――足音が、こちらに近づいてきた。


 杏咲と十愛は口許に手を当てて息をひそめる。しかし足音は、確実に押し入れに近づいてきていて……。


 これは見つかってしまうかもしれないと覚悟を決める杏咲だったが、予想に反して、押し入れが開けられることはなかった。


「吾妻、そっちに桜虎が行ったよ! 捕まえて~!」


 これは――柚留の声だ。


 ドタバタと騒がしい足音がこちらに近づいてくる。


「へっへ~ん。そうかんたんにつかまるかってんだ!」


 次いで桜虎の声も聞こえてきた。どうやら柚留に追いかけられているようで、その足音はどんどん大きくなる。


「桜虎やな! よっし、おれがつかまえたる!」


 柚留を援護するため、吾妻は廊下に飛び出していったようだ。


「うぉっ、吾妻! テメェ、じゃますんじゃね~よ!」

「桜虎、ここはとおさへんで! でざーとはおれがもらうんやからな!」

「ケッ、でざーともほうびもオレさまのもんにきまってんだろ!」


 そんな言い合いの末、桜虎は上手く二人から逃げられたようだ。三人分の足音が遠ざかっていくのが分かる。


 何とか難を逃れたとホッとした杏咲だったが……もう室内には杏咲と十愛以外誰も居ないはずなのに、どういうわけか、押し入れに明かりが差し込んできた。


 押し入れの襖が、ゆっくりと開かれていく。


「……みぃつけた」


 押し入れを開けたのは、湯希だった。杏咲も十愛も、逃げる間もなくあっさり捕まってしまったのだった。



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