第三十九話
「……桜虎ぁ、ちゃんと謝れて偉いじゃんか」
「っ、どわ! い、いつからそこにいたんだよ……!」
穏やかな空気が流れる中、いつの間にやってきたのか、そこには火虎がいた。弟が素直に謝れたことが嬉しかったのだろう、桜虎の頭をガシガシと撫でている。
そしてその後ろには玲乙や影勝、湯希の姿もあった。時計を見れば針はもう天辺を指していて、皆が昼食を食べに集まってきたことが分かった。
「もうお昼の時間だね。片付けて準備しようか」
「あぁ、そうだな」
桜虎の頭をひとしきり撫でて満足したらしい火虎がクレヨンを片付け始める。吾妻や桜虎、十愛も共に散らばったクレヨンを片付け、玲乙や柚留は座布団を並べてと、各々が自主的に動いている。影勝なんかは壁に寄りかかって準備が整うのを待っているようだが……それはいつものことだ。湯希も手伝う気はあるようだが、座布団を手にしながらもうつらうつらと眠たそうに目を擦っている。
「杏咲先生、仲介ありがとう。さすがだね」
台所から布巾を持ってきた透が、杏咲に耳打ちした。どうやら吾妻たちとのやりとりは、台所までばっちり聞こえていたらしい。
「いえいえ、私は何も。ただ少し間を取り持っただけです。桜虎くんと吾妻くんが自分からきちんと謝れたから、ああして仲直りできたんですよ。……本当に、皆いい子たちですよね」
「ふふ、でしょう?」
杏咲の漏らした言葉に嬉しそうに笑った透は、机を拭くことを杏咲に任せて料理を取りに台所に戻って行った。
杏咲が机を拭いていれば、視界の隅で、十愛が桜虎に話しかけている姿が見える。
「あの、桜虎。……さっきはしんぱいしてくれて、ありがと」
「あぁ、べつにいいけどよ……オマエ、なんであんなにおちこんでたんだよ」
「え? っと、それは……」
桜虎からの真っ直ぐな疑問の言葉に、十愛は視線を彷徨わせて口籠っている。
「……あ、あめが」
「あめ?」
「あめがふってるから、そとにあそびにもいけないし……つまらないなっておもってただけ」
縁側の外を見て十愛は繕うように言葉を続けた。落ち込んでいた原因は別の所にありそうだが、桜虎は十愛の言葉を信じた様子でうんうん頷いている。
「たしかに、きたえんのもしつないでしかできねぇし、そろそろあきてきたよな」
「べつにおれはからだをきたえたいわけじゃないんだけど……まぁそうだね。あ~あ、なにかたのしいことないかなぁ」
二人の会話を耳にして、とあることを思いついた杏咲は、机を拭き終えてから十愛たちのそばに歩み寄った。
「それじゃあ、お昼ご飯を食べたら一緒に遊ばない?」
「あそぶって……なにするの?」
「え、みんなであそぶん? ならおれもあそびたい‼」
クレヨンを片付け終えた吾妻が嬉しそうに食いついてきた。他の子たちも各々手を動かしながらも杏咲たちの会話に耳を澄ませていたようで、ちらりと突き刺さる視線を感じる。
「ドロケイって知ってる? ケイドロとも言われてたかなぁ」
「どろけい? ……なんやそれ?」
「ん~、おれもわかんないや」
吾妻たちは聞き覚えがないようで、一様に首を傾げている。そこに、ご飯茶碗をお盆に乗せた透がやってきた。
「はは、懐かしいなぁ。俺が子どもの頃も流行ってたよ。俺が通っていた学校では助け鬼って皆言ってたなぁ」
「透先生もやったことがあるんですね。やっぱり、地域によって名称が違ったりするものなんですね」
「そうだね。ほら、クラス一足が速い子が泥棒側にいっちゃうと中々捕まえられなくてさ。捕まえた泥棒も皆その子が助けに行って、結局皆に逃げられちゃって……切りがなかったなぁ」
「ふふ、分かります。色々なルールがありましたもんね」
透とは世代が近いこともあって話が合う。杏咲と透が子どもの頃の話で盛り上がっていれば――杏咲の手を引く小さな掌が、二つ。
「……二人ばっかりたのしそうで、ずるい」
「おれもどろけえ、やりたい!」
十愛と吾妻だった。二人共頬っぺたをぷくりと膨らませている。どうやら話に混ざれないのが嫌で、拗ねているみたいだ。
「ふふ、ごめんね。うん、それじゃあお昼ご飯を食べたら、皆でやろうか」
杏咲の放った“皆”という言葉にあからさまに眉を顰める子が一人、そっと視線を逸らす子が二人ほどいたのだが――斯くして、昼食後にドロケイ遊びが行われることが決まったのだった。