第三十四話
あの後、吾妻に手を引かれた柚留も巻き込んでの賑やかなハグ大会は、暫くの間続いた。
子どもたちと別れ一人庭先で洗濯物を干していた杏咲は、つい先刻のことを思い出し、人知れずに笑みを浮かべる。
杏咲に控えめに抱き着いた柚留は、次いで「か、影勝も……」と果敢にも声を掛けていたのだが、「するわけねぇだろ」と一刀両断されていた。
撃沈した柚留は少しだけ気落ちした様子だったが、影勝が素直に抱き着く姿などこの場にいる誰もが想像できなかったので、それは致し方ないことだろう。
ちなみに玲乙も吾妻に声を掛けられていたのだが、「僕は大丈夫だよ」とやんわり断っていた。
腕の中でしょんぼりする柚留に気付いた杏咲は、「それじゃあ……影勝くんはぎゅうのかわりに、頭を撫でさせてもらってもいいかな?」と問いかけたのだ。
返答はなかった。しかし拒絶するそぶりもない影勝のムスッとした顔を見て、杏咲はその銀鼠色の髪にそっと手を伸ばし、頭を撫でた。
影勝は人間嫌いの女嫌いだ。直ぐに振り払われるだろうと分かった上で、ほんの少しのスキンシップになればいいと思って軽く手を伸ばしただけだったのだが――意外にも、杏咲の手が振り払われることはなかった。
予想外のことに驚き、乗せた手をそのままに、杏咲は固まってしまった。
数秒後には「いつまで触ってんだ」と、結局は振り払われてしまったけれど――それでも、杏咲からしてみたら驚きと同じくらい、喜ばしいことに違いなかった。
――少しずつ、少しずつ、近づいていく。
妖と人。子どもと大人。
生きる速度も、価値観も常識も、考え方だって違う。異なる部分はたくさんある。でもそれは、妖と人という括りに限った話ではないだろう。
違ったって、理解し合うことはできる。
少しずつ、知っていけたらいい。距離を縮めていけたらいい。
これからの日々に思いを馳せて、杏咲は微笑んだ。
離れを囲む桜は、陽の光を受けて淡い金色に縁どられている。風に攫われて時折花びらを散らせながらも――依然、凛として咲き溢れていた。