お菓子くれなきゃイタズラするぞ! (もしも杏咲が人間界に戻らずに妖花街で10月を過ごしていたら)
「はろうぃん?」
桜虎と十愛が、同時に首を傾げた。
どうやらこの妖花街では、ハロウィンというイベントは浸透していないらしい。
「そう、ハロウィン。10月31日におこなわれるんだ。秋の収穫を感謝するお祭りの日なの。カボチャを顔の形にくり抜いて飾ったり、お化けや魔女の姿に仮装して、お菓子を貰ったりするんだよ」
「へぇ、楽しそう!」
杏咲がざっくりとした説明をすれば、十愛は目を輝かせながら嬉々とした声を上げる。
桜虎は手元にある絵本に目を落とした。そこには“トリックオアトリート!”の文字と一緒に、ミイラ男や魔女に仮装した子どもたちのイラストが描かれている。
「この、とりっくおあとりーとってのは、何なんだ?」
「これはね、お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞって意味なんだよ」
「ってことはさ、お菓子をくれないやつには、どんなイタズラをしてもいいってことだよな?」
近くにいた火虎が会話に混ざってきた。口端がニヤリと吊り上げられていて、何か企んでいるような顔つきをしている。
「そういう意味だけど……でも、度を越したイタズラはしちゃだめだからね?」
「はは、分かってるって!」
杏咲がジト目で見れば、火虎は相貌を崩してケラケラと笑う。
「でもさ、どうしてお化けのかっこうをしなくちゃいけないの?」
今度は十愛が純粋な疑問を口にした。
「えっとね、ハロウィンで仮装をするのは、悪霊……悪いお化けたちと同じ格好をして、まぎれるためなんだ。お化けたちは10月31日に現世にきて、人間にいたずらをしたり悪運をもたらしたりするって言われているの。だからね、同じようにお化けの格好をして悪いお化けを怖がらせたり、悪いお化けたちがいたずらをしてこないよう、遠ざけるために、仮装をするようになったらしいよ」
現世で保育士をしていた際に、調べて知っていた知識を掻い摘んで説明すれば、十愛たちは「へぇ」と呑み込み顔でうなずいた。
「えっ! 31日には、悪いおばけがくるん……!?」
そこに、タイミングがいいのか悪いのか、杏咲が説明を始めたところで大広間に顔を出した吾妻が、ショックを受けたような顔をして震え始めた。
「どうしよ、悪いおばけにつれさられてしもうたら……!?」
「吾妻くん、心配しなくても大丈夫だよ」
「で、でも……!」
「あ、それじゃあ、せっかくだし皆で仮装をしてみよっか。それでハロウィンパーティーをしよう」
「ぱ、パーティー?」
「うん。仮装して、美味しいお菓子を食べるの。そしたら悪いお化けだって近づいてこないから、大丈夫だよ」
パーティーの言葉に反応した吾妻は、恐怖心よりも、楽しみの気持ちが勝ったらしい。今度は目をキラキラと輝かせている。
「それじゃあ、はよどんなおばけのかっこするか、決めんと!」
「ったく、はしゃぎすぎだっつーの。吾妻はお子ちゃまだな」
桜虎が呆れ顔で言うが、その尻尾は嬉しそうに小さく揺れていて、ハロウィンパーティーに期待を寄せていることが伝わってくる。
火虎以外の年長組――約二名が仮装を受け入れてくれるかは微妙なところだが、後で聞いてみよう。
「それじゃあ、どんなお化けの格好がいいか、考えてみようか」
「うん!」
杏咲の提案で、こうしてハロウィンパーティーに向けての会議が始まったのだった。
***
「ハロウィンパーティーか。いいね、楽しそう」
共に夕食の準備をしながら、皆でハロウィンパーティーをやりたいことを告げてみれば、透は二つ返事で賛成してくれた。
「皆で仮装して美味しい料理を食べられたら、それだけでも楽しいかなと思ったんです」
「いいと思うよ。ただ、一部仮装に難色を示しそうな子たちがいるとは思うけど」
「……ですよね」
「まあ、そこは俺に任せておいて。せっかくなら皆の仮装姿を見てみたいしね」
透は何かいい考えがあるらしい。「ふふふ」と企み顔で微笑んでいる。
「それじゃあ、ハロウィンまであと二週間もないですし、早速今日から、衣装の準備を始めましょうか」
「うん、そうだね。俺も手伝うよ」
こうして、ハロウィンに向けての衣装作りが始まった。
透にどんな風に言いくるめられたのかは分からないが、心配していた玲乙と影勝も、一応パーティーには参加してくれるみたいだ。
影勝は、仮装に関しては最後の最後まで嫌な顔をしていたので、無理強いはしたくないと思った杏咲が声を掛けたのだが……。
「……いい。勝負に負けたらやるって約束だからな」
影勝は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、低い声で呟いた。
どうやら透に乗せられて剣術勝負をすることになり、まんまと負けてしまったらしい。
「ただし、おかしな格好させんのはやめろ」
「うん、分かったよ。影勝くんの仮装はなるべく控えめなデザインのものにしておくね」
「……ふん」
杏咲の言葉に異論はないと言いたげに鼻を鳴らした影勝は、話は終わったとばかりに自分の部屋に戻っていった。
(……うーん。影勝くんの衣装、ちょっと手直しした方がいいかもなぁ)
影勝の衣装は元々シンプルなデザインのものにしていたのだが、火虎や吾妻が勝手に装飾を施したせいで、今ではド派手な衣装に様変わりしてしまっている。
あれではせっかく承諾してくれた影勝も、着てくれないかもしれない。
(吾妻くんたちに後で理由を説明して、装飾の数を減らすことにしようかな)
***
「み、皆! すっごく可愛いよ……!」
杏咲は緩んだ口許を手のひらで覆いながら、仮装した子どもたちの愛らしさに胸を打ち抜かれていた。
十愛は天使、桜虎は対になる悪魔の姿に。
吾妻は魔女で、湯希は狼男だ。
柚留はキョンシー。影勝はドラキュラ。
包帯ぐるぐるのミイラ男が火虎で、タキシード姿のスケルトンは玲乙だ。
「杏咲先生には、これね」
そう言った透が、魔女の帽子をかぶせてくれた。黒いとんがり帽子は巻かれているリボンが紫色で、透がかぶっているオレンジのリボンと色違いになっている。
「それじゃあ、今から皆でお菓子を貰いに行こっか!」
「え? 貰いに行くって……どこにですか?」
このまま離れでお菓子パーティーをするものだと思っていた杏咲は、首を傾げる。杏咲の問いかけに、透はにんまりと笑いながらこう言った。
「ほら、すぐ近くにお菓子をくれそうな大人たちが、たくさんいるでしょ?」
「……あ、なるほど」
透の思惑に気づいた杏咲は、クスクスとおかしそうに笑った。
***
「とりっくおあ、とりーと!」
「お菓子くれなきゃ、イタズラするよ!」
「可愛いお化けさんたち、はいどうぞ」
本殿にて。杏咲と透は、子どもたちと共に休憩中の男娼のもとを訪ねていた。
ハロウィンについては、透が事前に説明してくれていたらしい。男娼たちは驚くこともなく、子どもたちの来訪を受け入れてくれた。
杏咲が子どもたちに用意しておいたかぼちゃ型の手提げかばんの中は、お菓子でぱんぱんになっている。
「はい、杏咲ちゃんも」
「私まですみません……ありがとうございます」
「はい、これは透くんの分ね」
「やった。ありがとうございます」
男娼たちは杏咲と透にもお菓子を準備してくれていた。その心遣いを嬉しく思いながら、子どもたちの後をついて男娼たちのもとを訪ねていく。
「――さて。残るはあと一人だね」
最後にやってきたのは、伊夜彦の執務室だ。
透が声を掛ければ、中から「入っていいぞ」と声がする。
「ん? 皆そろってどうしたんだ? その格好も……」
どうやら透は、伊夜彦にのみ、あえてハロウィンのことを伝えていなかったようだ。
伊夜彦は子どもたちの仮装姿を見て、頭の上にはてなをたくさん浮かべている。
「ふふ。それじゃあ、皆いくよ?」
「伊夜さん!」
「とりっくおあ、とりーと!」
透の合図で、子どもたちが魔法の合言葉を口にする。
それにも伊夜彦が首を傾げていれば、透や一部の子どもたちはクスクスと楽しそうに笑った。
「お菓子がない。ってことは、イタズラしていいってことじゃね?」
火虎がニヤリと笑う。その言葉に、吾妻や十愛、桜虎といった年少組たちが、イタズラな笑みを浮かべて走り出す。
「伊夜さん、お覚悟―!」
「ん? って、ちょっと待ってくれ……ぐえっ!」
子どもたちに圧し掛かられた伊夜彦は、苦しそうなうめき声を漏らした。訳が分からないと言った様子で困惑しながらも、最後には楽しそうに笑っていた。
そんな姿を写真に収めながら、杏咲は伊夜彦にハロウィンの説明をして、この後のハロウィンパーティーに伊夜彦を誘ったのだった。




