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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
番外編 其の三

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一番こわいのは (夏の終わりのとある日)



「そんなのいるわけねーだろ!」

「ぜ~ったいにいる! やって本にも書いてあったもん! な、柚くん?」

「うーん、そうだね……」


 言い合う桜虎と吾妻の間に挟まれた柚留は、困り顔でおろおろとしている。

 周りで話を聞いている他の子どもたちは、面白そうに会話を聞いている子もいれば、興味なさげに目を閉じている子もいたりと、その反応は様々だ。


「皆で何の話をしてるの?」


 お風呂から上がって廊下を歩いていた杏咲は、賑やかな声に吸い寄せられて大広間へと足を踏み入れる。


「杏咲ちゃん! あんな、杏咲ちゃんもいるって思うよな?」


 杏咲目掛けて突進してきた吾妻は、パッと顔を持ち上げて杏咲に同意を求める。


「いるって……何が?」


 話の内容が分からず首を傾げる杏咲に、立ち上がった桜虎が大きな声で答えてくれた。


「だから、お化けなんているわけねーだろ! な、杏咲もそう思うだろ?」

「……お化け?」


 ――お化けといえば、真っ白なおたまじゃくしのようなフォルムをしたものから、一つ目小僧やろくろ首など、人によって思い浮かべる姿は様々だろう。


 桜虎の足元に置いてある絵本は杏咲が人間界から持ってきたもので、その表紙には、杏咲が今まさに思い浮かべていた、白いフォルムをした定番のお化けが描かれている。


「お化けかぁ。そうだね……」


 杏咲自身、霊感の(たぐい)はないという自覚もあるので、これまでその存在を特別に信じているということもなかった。けれどこうして妖怪の住まう世界があるのだから、お化けが存在するとしても、何らおかしな話ではないだろう。

 そもそも杏咲から言わせてもらえば、お化けと妖怪は似た類のもののような気もするのだが――子どもたちにとっては、お化けと妖怪は全くの別物みたいだ。


「私はその絵本に出てくるお化けには会ったことがないから、絶対にいるとは言えないけど……でも見たことがないからこそ、絶対にいないとも言い切れないかなって思うよ」


 何ともどっちつかずな返答になってしまったが、これが杏咲の答えだった。

 そんな杏咲の返しに、吾妻と桜虎は再び“お化けいるいない論争”を繰り広げ始める。


「せやせや! おれもお化けには会ったことないけど、ぜーったいにいるんや!」

「だから、お化けなんていねぇって言ってるだろ! オレさまは信じないからな!」


 フンッと鼻息荒く捲し立てた桜虎に、楽しそうに話を聞いていた火虎が茶々を入れる。


「ん? もしかして桜虎は、お化けが怖いのか?」

「こっ、怖くなんてねーよ!」


 桜虎は大きな声で否定するが、その声音は微かに震えていたし、裏返ってもいる。


(やっぱり、怖いんだな)


 桜虎が拗ねる未来が見えるので誰も声には出さないが、この場にいる吾妻以外は、同じことを考えていた。


「……でも、おれはちょっと怖いかも」


 桜虎の側に落ちている絵本の表紙をチラリと見た十愛は、杏咲の手をそっと握って、上目遣いで見つめる。


「それじゃあ、今日は十愛くんの好きな絵本を読みながら寝よっか。十愛くんが眠れるまで、私が側にいるからね」

「ほんとに?」


 パッと笑顔を咲かせた十愛に、反論の声を上げたのは吾妻だ。


「えぇ、十愛ばっかりずるいやん!」

「……ずるい」


 続けたのは、吾妻と同じ部屋を使っている湯希だった。杏咲に寝かしつけてもらうのが好きな二人は、むぅっと頬を膨らませたまま杏咲を見上げる。


「なぁ杏咲ちゃん、今日はおれたちと一緒に寝よ!」

「寝よ」

「えぇ、先に言ったのはおれなんだから、吾妻たちは後にしてよ!」

「いーやーやー! 先がええんや!」

「……出ました。わがまま吾妻」


 吾妻の特大の「嫌だ」を隣で聞いている湯希が、ボソリと漏らす。


「うーん、そうだねぇ」


 ――順番が駄目なら、いっそ皆で一緒に寝るのもいいかもしれない。でもそれだと、桜虎くんが嫌がるかな。


 ついこの間、「吾妻はいびきがうるせぇ!」と言って一緒に寝るのを嫌がり、それを直接告げられた吾妻が騒いでいたのを思い出す。


 どうしたものかと杏咲が困っていれば、それに気づいた柚留が立ち上がって、吾妻と湯希の前までやってきた。


「それじゃあ、杏咲先生が来てくれるまでは、僕と一緒に待ってるっていうのはどう? ……僕じゃ駄目かな?」


 少しだけ不安そうな表情でそう尋ねてきた柚留に、吾妻と湯希は顔を見合わせる。


「んー……せやな。柚くんが一緒なら、お化けがきても安心やしな!」

「うん。柚留が一緒なら……安心」

「あ、でも柚くんがおらんと、影くんが一人ぼっちで寂しいんやないの?」


 我関せずで本を読んでいた影勝は、突然自身の名前が耳に届いたことに反応して顔を上げた。持っている本の表紙には“みるみる上達! 剣術の世界”と書いてある。恐らく透から借りているものだろう。


「……あ? 誰が寂しいって?」


 鋭い眼光で凄まれた吾妻は、ぴゃっと脱兎のごとく足を動かして杏咲の背中に隠れる。


「や、やって影くんのところにお化けがきたら、大変やろ!」

「……そんなもん、いるわけねぇだろ。そもそも、オレと柚留は別の部屋だ」

「でも、お隣さんがいなくて寂しいんやないの? あっ、影くんも一緒に寝る?」

「誰が一緒に寝るか」


 名案が思いついたと表情を明るくする吾妻だったが、影勝はその誘いをばっさり切り捨てる。そして先に大広間を出て行ってしまった。


「あれ? 皆、まだ起きてたの? そろそろ寝る時間だよ」


 影勝と入れ替わるようにして顔を出したのは透だ。杏咲の次にお風呂に入っていたので、まだ髪が湿っている。壁時計を見れば、もう二十一時を過ぎていた。


「そんじゃ、オレたちもそろそろ部屋に戻るか」

「そうだね」


 火虎と玲乙も、各々の部屋に帰っていく。


「それじゃあ、私たちも部屋に行こうか」

「はーい!」


 機嫌よさそうに返事をした十愛と桜虎を連れて、すでに布団が敷かれている部屋に行く。

 二人の間に入って、十愛リクエストの“かぐや姫”の絵本を読んでいれば、十愛がウトウトし始める。その時、杏咲の左側から、か細い声が聞こえてきた。


「……なぁ、杏咲」

「うん? 桜虎くん、どうかした?」


 気まずそうに、言いにくそうに口ごもっていた桜虎は、意を決して口を開く。


「……か、厠に行くから、その……」

「厠だね。それじゃあ、一緒に行こうか」


 桜虎が言いたいことを察した杏咲は、笑顔で頷いて布団から出る。

 ぐっすり眠っている十愛を起こさないよう、静かに布団を出ようとしたが、杏咲が離れる気配に気づいた十愛も目を覚ましてしまった。


「杏咲、どこ行くの……?」

「起こしちゃってごめんね。ちょっと厠に行ってくるから」

「んー、おれも、行っておく……」


 十愛は眠たそうな目を擦りながら起き上がる。

 そのまま三人で部屋を出て、左に進んでいく。縁側を直進して吾妻たちの部屋の前も通り過ぎてから、左に曲がって歩いた先に厠がある。


(今夜は晴れているから、月がよく見えるな)


 杏咲は足を動かしながら、夜空を見上げて月の美しさに目を細める。

 ――その時だった。


「えっ」

「い、今、何か、聞こえなかったか?」


 十愛と桜虎が同時に体を揺らして、表情を硬くした。物音は、闇夜に包まれた庭の方から聞こえてくる。ガサガサと、奥の茂みが揺れている。月の明かりに照らされて、茂みの奥から“何か”が現れた。


「でっ」

「でっ……!」

「でたー‼」

「おばけー‼」


 ――瞬間、桜虎と十愛の絶叫が響き渡った。


「何事!?」

「どうした、敵襲か!?」


 大声を聞きつけて、透や火虎たちが続々と集まってくる。吾妻たち三人の姿は見えないから、もう夢の世界に旅立っているのかもしれない。


「……これは、どういう状況かな?」


 そして、駆けつけた透たちが目にしたのは。縁側で杏咲にしがみついている、十愛と桜虎の姿。そして、庭に倒れこんでいる伊夜彦と酒吞童子の姿だった。


「その、どうも伊夜さんと酒吞童子さん、かなりお酒を飲んでいるみたいで……。十愛くん、桜虎くん。お化けじゃないから、大丈夫だよ」


 杏咲に優しく背を叩かれてそっと顔を上げた二人は、物音の正体がお化けではなかったことが分かると、ホッと安堵の息を漏らす。

 そして、ただでさえ不快に思っている相手に睡眠を妨害された影勝は、いつも以上に眉間に皺を寄せて、憤懣(ふんまん)やるかたないといった表情をしている。


「……アイツ、捨ててきてもいいよな」

「うーん、そうだね。まあ、夜分遅くにあんな醜態を見せられちゃ、子どもたちの教育にも悪いし。お灸をすえるのも大事だよね」


 透に了承を得た影勝は、縁側から地面に降り立つと、酒呑童子を思い切り蹴とばした。むにゃむにゃと幸せそうな顔で眠っていた酒呑童子は、物凄い勢いで飛んでいき、バッシャーン! と音を立てて池に落ちていった。


「ふん」


 幾分か気もおさまったのか、満足げに鼻を鳴らした影勝は部屋に戻っていく。

 そして、いまだに地面で眠りこけている伊夜彦のそばまで歩いていった透は……。


「ほら、伊夜さん。俺が眠気覚ましに付き合ってあげるよ」

「んん……なんら、透が、どーしてここに……」

「いくよ、せーの」

「……おい、待て待て。何をする気だ、って」


 透に逆エビ固め(プロレス技の一種。両足を持ち、相手の背中を反らせる技)を受けた伊夜彦の大絶叫が、離れに響き渡った。


「……厠に行って、早く寝ようか」


 目の前の光景を見なかったことにした杏咲は、残念なものを見る目をしている十愛と桜虎の手をそっと握って、厠に向かった。


「お化けより、透のほうが怖いかもしれねーな」


 火虎がボソリとつぶやいた言葉には、その場にいた全員が小さく頷いていた。



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