バイト初日の災難
「遂に来た……」
私は今日という日を、そのカレンダーに書き込まれた赤字を瞳に映しながら呟く。正確にはそのような錯覚に陥りながら呟く。結局はカレンダーも赤字もマイクロチップの見せる幻なのだから。
さて、それはそれとして。新しい朝が来た。希望と不安がちょっぴりずつ混じった朝だ。喜びに胸を開き、青空を仰ぐべく、カーテンを開く。
「よし、今日も一日がんばるぞい!」
今日の願掛けは青葉ちゃんで決まりだ。私の一日の始まりは毎度、二次元キャラの名言を言うと決めているのだ。過去にも色々と言ってきた。例えばナカケンさんと初めて会った時の翌日は『粉砕! 玉砕! 大喝采!』だったし、拓磨がナカケンさんにボロ負けした翌日は『坊やだからさ……』だった。これじゃあ今日一日の抱負ってより昨日の反省って感じだね!
まぁともかく私はいつも通りの朝の支度を始める。
顔を洗い、歯も磨いて、心葉ちゃんを起こし、朝食を作り、3人で食卓を囲み食べる。変化のない朝だ。
するとナカケンさんはガツガツと白飯に食らいつきながら私に声をかける。
「ほうだおしょうあん! おうなんかほへいはるはい?」
わからない人も多いだろうから翻訳しておこう。このオッサンは『そうだお嬢ちゃん! 今日なんか予定あるかい?』と言っている。
ご飯食べながら喋んな!
よっぽど言おうと思ったが何度言っても意味ないし、めんどくさいから言わずに返答だけしといた。
「今日は日曜日ですよ」
「あ、そうか! ごめんごめん」
私は今までやっていたバイトをやめた。
そして──
「初出勤、頑張っといで!」
──今日、新たなバイトを始める!
× × ×
私は朝食を食べ終え、片付けを済ませると家を出て原付に乗る。高摩山を下り、麓の通り沿いにポツリと建っている木造のレトロでオシャレなカフェへと向かった。
「まさかこんな形でお世話になるとは」
そう、私の新たなバイト先。それはここ、『Cafe Vardzia』である。
私はカランコロンと音を鳴らしながら扉を開ける。
「おはようございまーす……ってあれ?」
私は辺りを見渡すも誰もいなかった。マスターさん一体どこいったし。
すると押さえていた扉が急に軽くなった。
「おう」
不意に投げかけられた声に咄嗟に振り向くと朝日を遮るように長身のワイルド系イケメンドS紳士が私を睨みつけながら立っていた。
「………どこ行ってたんですか?」
「どこ行ってたっていいだろ」
いや、営業時間だろ。問題だろ。
「それより早く入れ。雇ったからには仕事してもらう」
「は、はい」
そうしてカウンターの奥にある扉から裏へと入ると小さな玄関が待っていた。
「上がってくれ」
マスターさんはそう言って玄関すぐ横の部屋へ入っていった。そこは少し狭めな使われていない客間と言った感じの少々殺風景な部屋だ。
「うちは元々俺一人でやっていたもんだから更衣室作ってないんだ。悪いがここで着替えてくれ」
そう言って袋に入った制服を渡された。
「準備でき次第、カウンターに出てこい」
「……」
身の丈以上ある大きな窓のせいで女子の着替えめっちゃオープンなんですけど……。
私は勝手にカーテンを閉めて着替え始める。なんか、夏休みにプール行く前に教室で着替えた小学生時代を思い出すなぁ。
そして着替え、髪を一つに結び、エプロンを付けるとカウンターにマスターさんの待つカウンターに向かった。
「お待たせしました」
薄暗い店内にはまだお客さんはおらず、マスターさんはコップを磨いていた。
「よし、じゃあまずは接客を教える。まぁメモを取りたきゃとっとけ」
うん、まぁこれは取れってことだな。
私は脳内メモリに動画、文章の二つで記録しながらマスターさんの話を聞く。
「まず、当たり前だがお客が来たら『いらっしゃいませ』と挨拶をする。そして、何名か聞いたら次に席に通す。空きが多かったら『お好きな席へどうぞ』。空きが少なかったら空いている席へ案内する。その後、すぐにお冷と手ぬぐいを渡す。そして客から呼ばれたらメニューを聞いて脳内通信で俺に連絡」
ん? その時、私の頭の中に大きな疑問符が浮かんだ。
「ちょっと待ってください。マスターさんはBMIは使ってないんじゃ……」
「何言ってんだ。今どき頭にチップ埋め込んでないやつなんて俺は一人しか知らない」
はい、私も一人しか知らないです。
「まぁともかく俺に連絡してカウンターに戻ったら配膳をする。そしてお客が食べ終わって席を立ったら机を拭く。以上だ」
そう言い終えるとマスターさんはカウンターに戻っていった。
「……」
そして暫しの沈黙。
「あのー、暇な時は何をすればいいですか?」
「まぁナプキンとか砂糖とかの補充しといて。そういうもんはここにストックがあるから」
そう言ってマスターさんは棚の上に乗っかっているナプキンの束をポンポンと叩いた。
なるほどあそこにあったのか。
てくてくてく。私は歩いて棚の下へ行く。
うーんうーんうーん。そう唸りながら手を伸ばす。
ぴょんぴょんぴょん。何度もジャンプするが届かない。
「ハァハァハァ。マスターさん、チョット、無理」
するとマスターさんはやれやれと言った表情で棚に手を伸ばし、ナプキンを私に渡すとほくそ笑んで一言。
「チビ」
「あぁ、今なんつった?」
「お前、絶対勝てない相手に喧嘩売るとかいい度胸してるな」
「勝てないからって諦めていたらナカケンさんと一緒になんていられませんよ」
「俺はあの人みたいに容赦しねぇぞ?」
私たちは睨み合い、接客業をしているとは思えない態度で口論していた。
すると、カランコロンという扉の音がする。
その瞬間、私は自分で惚れ惚れするほどの素早い変わり身で営業スマイルを作った。
「いらっしゃいませ~。何名様でしょうか?」
「一人ですよ」
「ではお好きな席へどうぞ~」
初対応だから張り切って甘ったるい全力の猫撫で声で対応する。
すると、お客さんのおじいさんはカウンターに座った。
「マスター、ブレンドコーヒーひとつ」
これ、私必要かな?
でもまぁ、最初だし1人客だからこんなもんだよね。これからたくさん来るはず! 気を抜かず頑張ろう!
すると、おじいさんは常連なのかマスターさんに気安く話しかける。
「マスター、あの子が例の初めて雇ったバイトの子かい?」
「ええ、ちゃんと働いてくれればいいんですけどね」
マスターさんはほくそ笑みながら返答する。ちゃんと対応するわ。あんた以外にならな!
「大丈夫、器量が良くて親切そうないい子じゃないか。ここの看板娘になるよ」
さすが、よく分かってらっしゃる!どっかのワイドSとは比べ物にならない!
すると、またしてもカランコロンと戸が開く。そして、私は再び入口に立ち、先程と同じように挨拶する。
「いらっしゃいませ~。何名様でしょうか?」
今度は少し硬派な渋い男性だ。
「一人だ」
「ではお好きな席へどうぞ~」
その人はカウンターへ座り、マスターさんに向かって注文する。またか……。
すると、さらに戸が開く。
「いらっしゃいませ~。何名様でしょうか?」
今度も一人だ……。もうここまで来たら一連の全く同じ流れを説明するのがめんどくさい。割愛だ。
……ダメだ、ここ。大抵常連客が一人でやって来ることが多いようだ。それに今までマスターさんが一人で切り盛りしていただけあってそのシステムが客にも染み付いている。入り込む余地がほぼない!
そろそろ役に立たねば行けないのに、そう思っているとまたしても扉が開く。するとそこには二人組がいた。
キター! やっと出番が来た!
「いらっしゃ……いませ」
だが、その二人の風貌はとてつもなく怪しかった。
サングラスにマスク、帽子を深々と被り、季節外れのコートを着たとっても背の高く肩幅の広い男性と小学生なんじゃないかと思うほど背の小さな、というか確実に小学生の幼女が私の前に立っていた。怪しいというより恥ずかしかった。知り合いにこんな安易な変装をする人間がいるなんて。
「……お、お客様は二名様でよろしいでしょうか?」
「はい、二名様です!」
自称に様をつけるな、バカが。
「ではお好きな席へどうぞ……」
そう言って通すと彼らはカウンターから離れた見晴らしのいい窓側に座り、メニューを手に取った。私は手ぬぐいと水をお盆に載せ持っていく。
「こちらお冷と手ぬぐいでございます。ご注文がお決まりでしたらお申し付けください。ごゆっくりどうぞ」
そう言って私はその場をあとにする。すると、二人はメニューで口元を隠しながら小声でヒソヒソと話し出した。
「……ふふふ、潜入成功! 僕らの変装は完璧だな。お嬢ちゃん、全く気づいてないぞ」
「かんぺき!」
気づかないわけないだろ……。
「おじちゃんあつい……」
そりゃそんな厚着を夏にしていたらな。
「そうだね。脱ぐか」
すると二人は徐に上着を脱ぎだした。なんのために変装してたんだよ。
「すいませーん」
ナカケンさんは相変わらずの野太いアホっぽい声で私を呼びつける。
すると本当に脳内チャットで連絡が来た。
『正、メニューを取る時は客が選んで言った時すぐにメニューを復唱しろ。そして、全部注文を終えたら最後にまとめて復唱してショートメールで送れ。あとあの客どっかで見たような風貌だが知り合いでも愛想よくしとけよ』
『承知しました。ってか正って言うのやめてもらっていいですか。私、自分の苗字あまり気に入ってないので』
『わかった。いいから早く行け』
マスター、面倒くさそうに言うな。
「お、お待たせ致しました」
私は引き攣った笑顔で向かうとニヤニヤとほぼ顔面フル装備でも分かる程のニヤケ顔でメニューを指差す。
「これと、これ──」
「アイスコーヒーをお一つとオレンジジュースお一つ」
「あとこれとこれで」
「チョコバナナサンデーをお一つ、デラックスジャンボパフェをお一つ」
「以上で」
「では確認させていただきます。アイスコーヒーをお一つ、オレンジジュースをお一つ、チョコバナナサンデーをお一つ、デラックスジャンボパフェをお一つ。以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
そして、私はメニューをショートメールでマスターに送り付けた。よし、完璧。
自画自賛していると休む間もなく鈴が鳴る。
「竜崎さん、別に駅前のカフェでも良かったんじゃないですか?」
「いやー、ここのブレンドコーヒーが上手いんだよ。俺の知り合いがやってる店だから来やすいってのもあるんだけど」
私の目の前にはスーツと言ってもパワードスーツではなく、背広の方のスーツを着た二人組がなんだか話し合いながらやってきた。
「いらっしゃいませ……」
すると二人はこちらを見る。
「は? なんでお前がここにいんの?」
拓磨はキョトンと狐につままれたように言った。
「え、彼女ってあの時のお前の──」
「竜崎さん、ぶっ殺しますよ?」
「本当にお前はしかねないから怖い」
「それでなんでお前がこんなところでウェイターなんてやってんだ?」
拓磨が私に尋ねてきた。
身内にバイト先に来て欲しくなかったし、言う必要性もなかったから言わなかったけどここまで来たら言わざるを得ないか。
「今ここでバイトしてんの」
すると竜崎さんが意外そうに話す。
「よく雇ってもらえたね。ここの店長は俺の知り合いだけど人は雇いたくないって言ってたのに。どういう心変わりだい、蒼くん?」
竜崎さんはカウンターにいるマスターに少し声を大きくして尋ねる。
「どうでもいいだろ。冷やかしならお断りだ、違うのならとっとと座れ」
「ハイハイ」
するとグラサンにマスクのオッサンが手を振る。ちなみに彼らは変装用であろう帽子を店内だからと早々に脱いだ。
「おーい、ナミモリくーん!」
人の幼なじみを牛丼みたいに言うな。彼の名前は月守だ。
「失礼、噛みました」
違う、わざとだ。
……ん? 私、声に出してないよな? なぜに噛み合う? 噛んでいた!?
二人はそんな彼を見た途端、「は?」とでも言いたげに顔を顰める。まぁ、そうなるよね。
そして、二人が怪しいグラサンマスクに近寄ると早速、疑問をぶつけた。
「何言ってんだ、おまえ……」
それには触れないであげて。最近のマイブームみたいだから。
「お久しぶりです。てかなんでそんな格好してんですか、ナカ──」
グラサンマスクは軽く殺しにかかってんじゃないかって程の圧倒的なスピードで竜崎さんの口を塞ぐ。
「バッカ、黙ってろ! 今はその名を口にするな! まだその時ではない!」
何言ってんだか。
二人の会話を聞きながら拓磨もグラサンマスクと同じテーブル席に座った。
「なんだチビ、お前もこのアホに付き合ってるのか」
「アホとはあんまりじゃないか、兄ちゃん! これでも宇宙世紀年表を完全に暗記しているんだからな!」
それ知らない人からすればどうでもいいことだよ。まぁ、確かにすごいけど。
そして、私が彼らから離れると無駄にヒソヒソと小声での会話が加速する。
「それで、なんでそんな格好しているんですか? 不審者にも程がありますよ」
「……実は今、極秘で潜入調査中なんだよ。お嬢ちゃんのヴァルジア初バイトの」
「でもそんな格好してたらむしろ警戒されてバレますよ?」
「いや、まだバレてない。我々の潜入はまだ終わらんよ!」
いや、完全にバレてるよ。
そんなツッコミを入れていた時、突然メールが送られる。
『6卓のメニューできたから持ってけ』
6卓、つまり店の6つあるテーブル席のうちの奥から6番目。あの異様な雰囲気を醸し出しているグラサンマスク二人組とスーツ二人組が座っている一番窓側の席だ。私はカウンターに戻ると用意された料理とスプーンやおてふきなどをお盆に乗せ、6卓に向かう。
「お待たせいたしました。チョコバナナサンデーとデラックスジャンボパフェとアイスコーヒーとオレンジジュースでございます」
「あ、デラックスジャンボパフェとアイスコーヒーがあっちでチョコバナナサンデーとオレンジジュースが僕です」
逆じゃないのね……。私はナカケンさんの甘党よりもコーヒーが飲める心葉ちゃんに驚きだ。だが、平静を装って言われた通りに置く。
「以上でよろしいでしょうか」
ナカケンさんが首肯するのを確認すると「ゆっくりお召し上がりください」と告げた。あと、ナカケンさんと心葉ちゃんはパフェ食べるためにマスク外したらもう完全に意味無いじゃん。変装がもうサングラスしかないよ。元々スクールアイドル並の変装だったのにこれ以上元に戻すな。せめて突き通す努力をして。
「すいません。注文いいですかね」
私が踵を返そうとすると竜崎さんは遠慮気味に尋ねてくる。ナカケンさんにもこういう謙虚さを身につけてほしいところである。
「あ、はい」
「えっとじゃあ、俺はアイスコーヒーで。お前はどうする?」
竜崎さんは拓磨に尋ねると拓磨は決めていなかったのか「えー」と少し考える。しかし、すぐにめんどくさくなったようだ。
「俺も竜崎さんと同じのでいいです」
「ほんとにいいのか? ここの料理は結構うまいし、ハズレないぞ?」
「いいですよ。俺別に興味無いないし」
「じゃあ、アイスコーヒー二つで」
「アイスコーヒーお二つ。以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
私が去りながら注文を送ろうとしていると背後から何やらまたしても気になる話し声が聞こえる。
「いやー、前はチラッと見ただけだったけど話してみても愛想のいい可愛い子じゃないか。容姿端麗、性格もいい。その上頭もいいんだろ? もう完璧じゃないか。文句のつけようがない。俺が若かったら一目散に口説いてるね」
流石、できる人は分かってらっしゃる! そうですよね、この人達の中にいると不安に良くなるけどやっぱ私、可愛いよね!
だが、竜崎さんが私をベタ褒めした瞬間、ナカケンさんは大笑いした。
「ガッハッハッ! 竜崎、お前は分かってないな。確かにお嬢ちゃんは見た目はそこそこ整っているが……」
「ん?」
「いや、なんでもない……」
よし、分かってきたじゃないか、空気の読み方を。
──カランコロン。
またしてもドアの鈴が鳴る。私は慌ててドアの前に立ち、頭を下げる。
「いらっしゃいませ!」
すると、頭上から「あれ?」と少し上擦ったような声が聞こえた。この反応、また知り合いか……。
私が頭を上げると目の前に立つ私服姿の警視長様は、帽子で顔を仰ぐ手を緩やかに止めていった。
「正さん、こんなところで何してるんですか?」
「いや、実は──」
「わかった。マスター、いくらあなたが人心を操れるからって違法労働させるのは容認できません! 逮捕しますよ!?」
「違う。そいつは今うちで正式にバイトとして雇ってるんだ。あとそいつは自分の苗字気に入ってないらしいからその呼び方やめた方がいいぞ」
「……そうなんですか?」
「はい」
どっちについての問いかけなのか分からないがまぁどちらも合っているのでとりあえず肯定しておく。
「ほへー、よく雇ってもらえましたね。ここのマスターはあんなにいらんだの邪魔だの言ってたのに。相当優秀だったんですね!」
「いえ、そんなこと……」
まぁ、あるけどね。私、基本的に運動以外優秀だし。
「それで、お一人様でよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
「では、お好きな席へどうぞ」
「あ、僕はいつものでお願いします」
すると、警視長さんは入口で早くも注文をする。いつ何があるかわからない忙しい仕事柄のせいか、かなりせっかちに注文する。「いつもの」ってこの人かなりの常連なようだ。
「おーいアレーン!」
警視長さんが注文を告げた途端、たましても野太い声が人を呼ぶ。
「あ、ナカケンさん居たんですか」
いつものように警視長さんが答えると彼らは狼狽して必死に訴える。
「しっ! 今は潜入調査中なんだ。静かにしてくれ!」
自分からうるさく呼びつけたくせによく言えるな。
そろそろこの茶番も終わらせてもらわなければ困るな。やりにくくてしょうがない。私は警視長さんについて行くとナカケンさんに向かって言い放った。
「ナカケンさん、もうとっくにバレてますよ」
すると、ナカケンさんは驚愕の表情を見せる。
「その変装でバレないと思ってたのかよ……」
拓磨は私の意見を代弁するが如く、的確なツッコミを入れてくれていた。
「この完璧な変装を見破るなんて……。流石お嬢ちゃんだ! いつから気づいていた!」
「店に入ってきた時からです」
「そんなはずはないあの時は顔も頭も完全に隠していた!」
「そのガタイの良さと心葉ちゃんとの身長差見れば分かりますよ」
「じゃあ、お嬢ちゃんはずっと僕らを泳がせ、その様を上から見下していたのか! 最近の女の子はほんとに怖い……」
散々な言われようだ……。
「まぁそうですね。見下してはいないけど」
「小馬鹿にしてたんだろう?」
こらそこのワイドS! 勝手に人の心を読まない!
「くっ、僕らの完敗だよ」
「そうですか」
「相変わらずナカケンさんは女性に弱いのですね」
カウンターに座る常連らしいおじいさんはナカケンさんを茶化す。
「いやー、ほんといつの時代も女性はたくましいですよ。私じゃ歯が立たない。特にお嬢ちゃんには」
「なんか言いましたか?」
「いえ……、なんでも……」
店内は和やかになり、なんだかんだナカケンさんのおかげで私も少しこの店に馴染めていっている感覚があった。
そんな具合で初めてのバイトをこなしていく。基本的に暇ときどき接客と言った感じだ。まぁ暇とはいえ今までミス無し。初めてにしてはなかなか順調にこなせているのではないだろうか。
──しかし、事件は昼下がりに起きた。