花火
遊園地でカオスな一波乱を起こしてから一週間、梅雨も明け、ここ最近は茹だるような暑さが続いている。本来なら警察のお縄にかかっているはずである私達は別に何一つ変化なく日常を過ごしていた。
「それにしても暇ですね〜」
「暇だねぇ〜」
正確には過ごしていると言うより居間で寝っ転がっている。板間で寝っ転がると程よく冷たくて気持ちいいのだ。ずっといると体温で床が温まっちゃうから左右に転がりながら。
……ちょっと待て、数ヶ月前の私は今に寝っ転がることを良しとしたのか? 答えは完全に否である。確実に同じことやっているナカケンさんを苛んでいただろう。
ダメだ。このままじゃダメだ!
私は飛び上が──ろうとした時、それより先に隣の大男が飛び上がった。
「よっしゃ、夏祭りに行こう!」
なんだいきなり……。確かに今日は駅前で夏祭りやるって言ってたけど。
「いくー!」
分かった。いつも通り私の意見は必要ないな。
「なんでナカケンさんが夏祭りなんて行きたいんです? まぁ好きそうですけど。でも人多いでしょうから前のフェイマスパークみたいに私恨持ってる人が結構居そうですよ」
「それはないよ。いや、無いってよりあの肉ピエロみたいに僕に喧嘩売るほどの度胸と実力あるやつはいないよ。むしろ僕は取り締まるために行くのさ。まぁ雇われてだけど」
「じゃあこれも……」
「そう、年に数回あるバイト」
あー、そういうこと。
「でも警察じゃないんですからそんなことしなくてもいいじゃないですか」
「いや、祭りって結構ロボット使ってくるテロリストとかいるんだよ。だから警察的にも僕が取り締まってくれた方が手っ取り早いんだよ。ほら僕なら武器とか使わず殴ればいいんだから」
「またロボットですか……。ナカケンさん程ロボット取り締まってる人もそう居ないですからね」
「まぁ世の中にはドラゴンとか魔獣とか取り締まってる人もいるけどね」
「何言ってんですか?」
「フッ、このネタが通じないとはお嬢ちゃんもまだまだだな。それじゃあ、準備だ!」
「おー!」
本当に私の意見確認ないな。
× × ×
さて、それで本当に夏祭りに来てしまった……。
そう、着てきたのだが、彼はやはりピンときてないようだ。
「ナカケンさん、私になんか言うことないですか?」
すると、ナカケンさんはキョトンとした顔をしてから考え込む
「……うーん、太った?」
「死ね」
「ひどい!」
いや普通、女子に面と向かって「太った?」とか言わないよね!? 太ってないし! むしろ一キロくらい痩せたし!
「そうじゃなくて、服ですよ。この浴衣どうですか?」
なんでこんなこと言わなくちゃいけないんだ。「何か言うことないですか」って言うのも嫌だったのに。
そこまで言ってやっと彼はお誂え向きの返答をする。
「あ、すごく可愛いね! 似合ってるよ!」
その程度のことでドヤるな。
すると心葉ちゃんがナカケンさんの服の裾を引っ張る。
「オジサン……心葉は?」
すると彼はダラーっとしたにやけ顔に変わった。
「おチビちゃんもめっちゃ可愛いよー!」
そう言うと心葉ちゃんはナカケンさんの足に抱きついてくる。
「やったー!」
おい、そこのオッサン。そこかわれ。
「そう言えばサキモリくんも連れてくるべきだったかな?」
「人の幼なじみをかつて九州の要地を守っていた兵士みたいに言うな。彼の名前は月守だ」
「失礼、噛みました」
「違う。わざとだ」
「かみまみた」
「わざとじゃない!?」
……これ、おっさんに向かってやっても全く可愛くないし、面白くも無いんだけど。あれは幼女にやるからいいんだけど。
「それで、ナカケンさんはここで自警するって言っても具体的には何するんですか?」
「いつもは飲んだり食ったり遊んだり──」
夏祭りの楽しみきいてるんじゃないんだが。
「──作ったり」
「作る!?」
「ああ、奴らも屋台のおっちゃんが取り締まるとは思わないだろ?」
まぁ、焼きそば作ってるオッサンがスティーブン・セガールだった時くらいには驚くかもね。
「と、言うことで僕はちょっくら見回りに行ってくるよ!」
そう言って彼はどっかへ行ってしまった。……ほんと嵐のような人だな。
「さて、それじゃどこ行こうか?」
私は心葉ちゃんに視線を向けると心葉ちゃんは指をくわえて何も言わずにただ一点を見つめていた。
「りんご飴、食べよっか」
「うん!」
癒される〜。
「りんご飴! りんご飴!」
心葉ちゃんはそう言いながらスキップで屋台の前へ向かう。
「へいらっしゃい!」
「りんご飴ふたつ……」
私が顔を上げるとそこには見慣れた無精髭があった。
「やぁお嬢ちゃん」
「うわっ!」
どっかへ行ったかと思ったらすぐそこじゃねぇか!
「ハッハッハ、驚いたかい?」
「そりゃ驚きますよ。というかお会計とかは脳内マイクロチップ無しで出来るんですか?」
「それはこの出店のあんちゃんにお願い」
「はいはい。じゃあ貰っていきますよ」
「ああ、楽しんでおいで」
「はい」
私達は見送られながら人混みの中を進んで行った。心葉ちゃんとふたり。ぷにぷにの手を握り、りんご飴をかじりながら。
りんご飴って美味しいけど口がべとつくから面倒なんだよね。
私はハンドバッグからティッシュを取り出し、口を拭った。そしてティッシュを広げて見ると結構赤い。それから視線をティッシュから横へずらし、心葉ちゃんの口元へ合わせる。
あー、やっぱり。
案の定、心葉ちゃんの口元は真っ赤にべとついていた。
「お口汚しちゃったね。拭こうね」
私が新しいティッシュを取り出すと心葉ちゃんは「えへへ」と満面の笑みを向ける。
可愛ええ……。
弾むほど柔らかい頬を軽く抑えながら口元の食紅を拭き取った。
「美味しかった?」
私が尋ねると彼女は再び笑い「うん!」と明るく答える。
やばい。今日は出費がかさみそうだ。
「心葉ちゃん、金魚すくいでもしようか?」
「うん!」
この元気な返事は本当に生きがいに成りうるな。
私達はお互いご機嫌なまま金魚すくいの出店へ向かった。
「何匹金魚取れるかなー? 勝負でもしようか?」
「しょうぶするー!」
まぁ金魚すくいと言ってもそれは数十年前までの話で今は金魚型ロボットすくいに過ぎないんだけどね。なんでも動物愛護の観点から禁止になったんだとか。
まぁそんな10歳にはむつかしい話は置いといて早速、心葉ちゃんとイチャイチャしますか!
「へいらっしゃい!」
「二人分お願いします」
「毎度、ポイ二丁入りましたー!」
なんだポイ二丁って……。ラーメンみたいに言うな──ってこの声……。
「ナカケンさん……」
いくらパトロールとは言っても職を転々とし過ぎだろ。
「久しいなお嬢ちゃん!」
「そうですね。5分ぶりですね」
「はい、ポイ」
「あ、どうも」
早くも声を荒らげる元気が失せていた私であった。
「はい、心葉ちゃん」
私が心葉ちゃんにポイを手渡すと何故かナカケンさんが手を振り上げる。
「よーいドン!」
あんた勝負すること盗み聞きしてたな! 別にしてもいいけど勝手にされるとムカつくから言わせてもらう。仕切るな!
とか考えてる間に心葉ちゃんは掬い始めている。
だがこれは速さではない。どれだけ長くこのポイを持たせるかにある。
そのためにはまずポイの表面と裏面を確認する必要がある。ポイは周りの枠の上に紙が貼ってある凹凸のない方が表で凹凸のある方が裏面なのだ。もし仮に裏面で掬ってしまうと水が溜まり破けやすくなってしまう。
次にターゲットとなる金魚を決める。狙うは壁際にいる金魚である。
そして狙いを定めたら斜め45度で一気に水につける! 壁とポイで逃げ道を一方向にしたらお椀を構え水ごと放り込む!
ポチャッ。
あっ。
金魚型ロボットはそそくさと私のポイを破って逃げていった。
何故だ!? あの金魚すくいプレイヤーのバイブルとも言える金魚すくい攻略本の金字塔「これであなたも金魚すくいマスター」に書いてあった完全攻略法なのに! 壁に寄せて掬う「壁すくい」水ごと放り込む「放り込み」まで使ったのに何が行けなかったんだ……!
するとナカケンさんは私を大声で嘲笑う。
「お嬢ちゃん、ヘッタクソだなぁ〜」
この男、自分がやらないからって笑いすぎだ!
「ほれ、それ貸してミソ?」
「貸す」んじゃなくて「回収する」でしょ? 「か」しか合ってないじゃん。
私はナカケンさんの言葉を訝しみながら手に持つポイを渡す。するとナカケンさんは突然、ポイを構えて水に突っ込んだ。
まさか……この男、《《あれ》》をやっているのか!?
引き上げたポイには金魚が乗り、私のおわんに入っていった。
これはやはり残っている紙と枠ですくい上げる「アンデッドポイ」! あの技は熟練したプレイヤーにしか出来ないはずだ。何故、ナカケンさんが!?
「ふふん、驚いたでしょ? 昔から金魚すくいは得意でよくやってたんだよ」
「ま、まぁ。ナカケンさんにしてはよくやったんじゃないですかね?」
「だろう? なかなかやるだろう? ってそれにしてもお嬢ちゃんは下手くそだねぇ。おチビちゃんですら一匹捕まえてるのに」
「ふぇ?」
私が振り向くと心葉ちゃんは満面の笑みを浮かべながら、お椀の金魚を眺めていた。
……確かに居る。しかも、デメキン!
「おねぇちゃんみてー! おっきーの!」
「よ、よかったねぇ。それじゃあ、楽しかったです。ナカケンさんバイト頑張ってください!」
私は自分の優位性が揺らぐことが手に取るように理解出来たため、その場をそそくさと立ち去った。
とりあえず私の失態を忘れさせよう。我ながら恥ずかしい。
「心葉ちゃん。たこ焼きでも食べる?」
「たべる!」
「じゃあたこ焼き2つください」
「へいらっしゃい! たこ焼き二丁ね!」
……この声。
「なんで、あんたはここにもいるんですか!?」
「いいじゃないか。パトロールパトロール」
「いや、それにしても……」
「だって、僕だって2人とお祭楽しみたいんだもん」
いや、おっさんに上目遣いで懇願されても。目を潤ませて懇願されても。屈むのすごい大変そうって感想しか思い浮かばない……。
「……だめ?」
「だめ」
「ひどい……。あと、たこ焼き二丁お待ち……」
まぁナカケンさんが店員だと早くできるからいいよね。行動早いし、そもそも熱伝導率とかなんか色々根本からいじってるだろうから本当にすぐに終わる。
「ありがとうございます。それじゃ」
──だがこの時、私は甘く見ていた。この男の性格と能力を。
心葉ちゃんにねだられてまた出店に立ち寄ると──。
「すいません……」
「やぁ、お嬢ちゃん」
当たり前のようにいるし。
私がトイレ行って帰って来た時も。
「あの……」
「やぁ、お嬢ちゃん」
当たり前のように外で待ってる心葉ちゃんの面倒見ているし。
花火を眺めている時も。
「綺麗だねー」
「キレイー」
「たまやー!」
普通に心葉ちゃん肩車してるし。
お嬢ちゃん! お嬢ちゃん? お嬢ちゃん。お嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃんお嬢ちゃん───
「お嬢ちゃん?」
そして彼は、私たちの休むベンチの横の植木から顔を出す。
しっつこいッッ!!
繰り返すこと幾十回。ナカケンさんがここまで粘着質なストーカー気質だとは思わなかった。というか、ナカケンさんは生まれたてのアヒルのそれに近いかもしれない。
「それにしてもナカケンさん。なんでそんなに私たちに着いてくるんですか? そんなに行きたいならまた来年、来ればいいじゃないですか」
するとナカケンさんは少し憂い、渋るように言葉を紡ぐ。
「……分からないじゃないか」
「え?」
「分からないじゃないか。また来年お嬢ちゃんと僕とおチビちゃんでこの夏祭りに来れるかなんて。お嬢ちゃんは大学に戻って忙しくなるかもしれないし、おチビちゃんの引き取り手が見つかるかもしれない。僕だって……」
ナカケンさんは空を仰ぐ。
その時、最後の花火が空に咲いた。
そして、彼はニコッと笑う。
ニコッと笑って彼は呟いた。
「──僕だって、死ぬかもしれない」
彼が聞こえないと思っているであろうその言葉は私の聴覚調節機能が図らずも捉えた。
何故、一番死ななさそうな彼が己が死を憂うのか。私はそこに疑問と不安を覚えたが、この言葉に触れてはいけないのだと本能で理解した。
いや、正確には違うのかもしれない。『本能で理解した』なんてただの体のいい言い訳にしか過ぎないのかもしれない。本当は聞くのが怖かっただけなのかもしれない。けれど、聞けなかった。言葉が出なかった。
空の華は幻想のように一瞬咲いてポロポロと崩れ去る。
「じゃあ帰ろっか」
「うん」
彼は問い、少女は答えた。




