水とピエロとカオスな結末
「やぁ、|名も無き英雄《unknownhero》。やれやれ、ちょうどいい所だったのに。今のお前がお前たり得ている支えを楽しんでいたところだったのに」
そうしてピエロは私の頬に顔を近づけ、今度は舌を伸ばす。
「──っ!」
その瞬間、水を被ったナカケンさんが目の前で拳を振り上げていた。
ゴッ!
大してうるさくないものの鈍く痛々しい音が風を切る音とともに耳元で聞こえる。
気づけば背後でピエロは地面に死体のように転がっていた。ヤムチャすんなよ……。
「大丈夫かいお嬢ちゃん?」
「私は大丈夫ですけどあそこの道化師は今にも息絶えそうです」
「ほんとに死にそうだね。少しやりすぎたかな?」
するとナカケンさんはピエロをじっと見つめる。
何する気だ? これ以上オーバーキルするのも酷いし、だからと言って手を差し伸べて欲しくもない。
私が複雑な心情で見ていると突然「プッ!」と笑いがナカケンさんの口から噴き出し、指をさして大口を開けた。
「アッハッハッハッハッ! 死にかけてやんの! アンノウンヒーローとかカッコイイこと言っといて一発殴られただけで死にかけてやんの!」
う、うわぁ……。このオッサン死にかけのピエロを指さして笑ってる……。性格悪っ! 今までで最もゲスいナカケンさんを見てしまった。
するとピエロはムクリと起き上がりジロリとこちらを睨みつけると怒気を孕んで言い放った。
「そのカッコイイアンノウンヒーローってのはユーのことだよ!」
何当たり前のこと言ってんだ。いくらナカケンさんでもそんなこと言われずとも分かっている。
と、同意を求める目で彼を見るとそのアンノウンヒーローはその場に立ち尽くしていた。
ほれみろ。あまりに馬鹿にしてるからさらに怒っちゃったんじゃないか?
「お、おう……」
何、頬を赤らめてあからさまに照れてんじゃ!
その時である。ピエロは突然駆け出しどこからが拳銃を取り出した。
だが、ナカケンさんは冷静だ。
「いくら僕を動揺させても無駄だよ!」
そう言って彼は拳銃を振り払おうと横蹴りを放った。
だがその直後、ナカケンさんは「ぅん!?」と奇妙な声を出した。
それもそのはずである。本来なら足先で蹴り飛ばしているであろう拳銃がナカケンさんの目の前に突きつけられていたのだから。
彼は慌ててそのピエロに突きつけられた拳銃を手で払い躱すと足を戻し、ピエロの腹を真っ直ぐ蹴った。
するとナカケンさんの頭上にある天井が分かれ、彼めがけて落ちてくる。
「ナカケンさん、上!」
彼はそれを受け止めた。
「意外と重い……」
「純金製だからねぇ!」
ピエロは吹っ飛びながら拳銃を構える。
そして、銃口から水が噴射された。
………水?
「冷たい冷たい冷たい!」
両手の塞がっているナカケンさんは弧を描きながら飛ぶ水をしばらく浴びていた。
なんだこのおっさんピエロがおっさんに水をかけるシュールな光景は……。というか思えばさっきから水ばっかりだな。四方八方から水だな。
「やめろやめろ。今回は俺の負けだ」
「ふっ、思い知ったかアンノウンヒーロー! 俺は今お前を倒し……」
そこでピエロの饒舌が止まる。
「ん? どうした?」
「けどこの光景、見ていた人ほとんどいないから認めてくれる人いない。認めてくれる人いないとフェイマスになれないじゃないか!」
すると、ナカケンさんはため息をつく。
そして突然、後ろに回ると首をすごい勢いでトンと手刀を叩きつけた。
「さっきからなんなんですかあんた達! 仲良いんですか? 悪いんですか!?」
「悪いよ」
ナカケンさんは即答した。
「僕がこんな腐れ外道と仲がいいわけないじゃないか! お嬢ちゃんを辱めて! だけど暴力で解決するのはなるべく避けたい。まぁ暴力で解決しちゃうのが簡単で簡潔で楽なんだけど。そんな反社会的なことはしない」
ナカケンさんにとって首筋を手刀で叩いて気絶させるのは暴力じゃないのね。
「それでこれ、どうするんですか?」
「そうだねぇ。じゃあお嬢ちゃん、『ゆでたまご』は好きかい?」
「……はい?」
× × ×
フェイマスパークのパレードも終盤。人々が水浸しで笑顔を見せている時、私は物々しいフェイマスパーク管理室でやたらとでかいタッチパネルを叩いていた。
「……ナカケンさん、ほんとにするんですか?」
「もちろん! 奴には後悔してもらう。僕を敵に回したことを」
「……はぁ」
ほんとに意味あるのか?
そんな疑問を抱えつつ、私は準備を終えた。
「終わりましたよ、ナカケンさん」
「よし、じゃあ脱出だ!」
「はいはい」
私は最後にスイッチを押すと無駄にでかいスクリーンに映し出された『30:00』の文字がゼロへ向かって走り出す。
そして、私を慣れた手つきでお姫様抱っこするナカケンさんも走り出す。
「そうだ。おチビちゃん探さないと」
そう言えば心葉ちゃんどっかに置いていってるじゃん。
「ナカケンさん、私を助けるにしてもなんで心葉ちゃん置いてきたんですか? なにかに巻き込まれていたらどうするんですか。保護者としての自覚が無さすぎですよ!」
「保護者ねぇ……」
ぼそっとそう呟く。
「すまんすまん。じゃあ罪滅ぼし程度ではあるが全力でおチビちゃんを探そう。お嬢ちゃん、しっかりつかまっててよ!」
「いや、GPSで探すのでいいですよ」
「……そうかい。じゃあ移動だけでも早くしよう」
そう言うとナカケンさんは前へ倒れ込むように重心を傾けると、大きく踏み込む。
「──強化」
一気に駆け出すと広い体育館のようなこの場所を横切り、目の前にはもう自動ドアが見える。
このスピードじゃ絶対反応しない! ぶつかるぶつかる!
するとナカケンさんは、物凄い剣幕でドアを睨みつけ、身震いさせた。そしてそれに反応したかのように扉の中央から四方にひびが走り、砕け落ちた。
扉をくぐり抜けるとパレードが目の前に広がっていた。
「ナカケンさん、結構近いです」
「もしかしてこの中から探すのかい?」
「まぁそういうことですね。でもGPSがあるので丁寧に探せば見つかると思いますけどね」
単純な話だが、ガサツなナカケンさんにそれは苦行だ。そういった途端、嫌そうな顔をした。
「めんどくさいからおチビちゃんに連絡とって手を振ってもらおう」
ナカケンさんにしては名案だが心葉ちゃんの身長では私達が発見できるとは思えない。
「やっぱり下に降りないと無理です」
「えー」
ナカケンさんは文句垂れていたが、人目につかないところで降りて人だかりの最前線に向かった。
「それでお嬢ちゃん。おチビちゃんはどこにいるんだい?」
「この先真っ直ぐ約70メートルです!」
「そうかい。でも人が多すぎて進めないね」
「だからって心葉ちゃんをこのまま放置して人が引くのを待つわけにも行かないです!」
「僕はそれでもいいと思うんだけど……」
「これだから男って人種は! 心葉ちゃんを心配じゃないんですか!? 誰にも負けないナカケンさんとは違うんです! ましてや心葉ちゃんは小さい女の子! どこで何されるか分からないですよ!」
「ほんとお嬢ちゃんはおチビちゃんが好きなんだねぇ」
「当たり前です! むしろナカケンさんは好きじゃないんですか?」
「もちろん好きさ!」
「じゃあなんでそんな悠長にしていられるのか私には理解できません!」
そんな口論を続けながら私たちは人混みを掻き分け、GPSの示す先へ進む。
「心葉ちゃーん?」
「あ、お姉ちゃん!」
心葉ちゃんはこちらを振り向くと相変わらずの笑顔でニッコリと微笑んでいた。
「おうおう、居たかいおチビちゃん」
ナカケンさんが大きな図体を捩らせながらこちらに来ると、その時パレードのフィナーレを知らせる花火が大きく打ち上がる。
「「おぉー」」
二人は、いや会場全体が声を揃えてそう嘆ずる。
「それじゃーそろそろ帰りましょうか!」
「えー、おねぇちゃんみようよ!」
「うむ、別に慌てることもない。見ていこう」
そう言って二人は邪魔そうに否定する。
そうじゃないんだよ。早くしないと始まっちゃうんだよ!
すると突然『ピンポンパンポーン』と驚くくらいありふれた音が鳴り、パーク全体に変な声が響いた。
『え、えー、ご来場の皆様、本日はフェイマスパークにお越しいただき誠にありがとうございます。日頃の感謝を込めまして当パーク支配人から皆様にご挨拶がございます』
「おねぇちゃんのこえだー!」
早くも気づかれたー! だから嫌だったんだよ! 自分の声変に聞こえるし! すっごい恥ずかしい!
私のアナウンスが止まるとパークにある全画面に奇妙な映像が映し出される。
そこには真っ赤な鼻に白い顔。今までと同じあのピエロの顔が仰向けになった状態で映った。
そして、映像は徐々に顔に寄る。すると辺りは静寂した。
まぁ、分からないよね。戦争前は結構有名なプロレスマンガだったんだけど。
そう、ピエロの額には大きく『肉』と書かれていた。ただそれだけだ。
するとナカケンさんはその静寂に「あれっ?」と疑問そうな顔を見せる。
「小学校じゃ大ウケだったんだけどなー?」
ホントにあんた何年生まれだよ。それに小学校で受けたネタをオッサンになってからやろうとするな。
そして画面はプツンと途切れた。
これが俗に言う未解決事件『ピエロ肉事件』である。
カオスすぎる……




