第九十四話 可能性がある限り
僕らは疲れを押してそのままウェンドの集落まで戻り、出発までの時間を泥のように眠って過ごした。そして出発の日、僕らは大勢の民兵を引き連れ徒歩で半日ほどの距離にあるノーブルランドとグランドラの国境へと向かったのだった。
「ここまでは何もなかったけど……グランドラは、本当に襲ってくるかしら……」
ウェンドの集落の皆と歩調を合わせる為に馬を引き歩いていると、アロアが不安げにそう口にした。もしも今グランドラが魔物でも放ってきたなら、民兵に被害が出るのは免れないだろう。全部で三十人はいるこの人達を、僕らだけで全員守りきれるとは思えない。
「僕らの妨害をするなら今しかないとは思うけど……あれ以来動きがないのが少し不気味、かな」
「順調なのはいい事とは言え、あんな事があった後でこう静かだと逆に嫌な予感がするよな」
少し離れているところにいたランドも、会話を聞きつけ話に加わってくる。そう、本気で僕らをどうにかしたいのなら、とにかく休みなく魔物を焚き付け休む間も与えないのが一番効果的な筈だ。
僕らが思ったよりも、グランドラの手駒を倒してしまっていたのか? それとも他に、何かを企んでいるのか……?
「……ここで疑心暗鬼になったところで、どうしようもあるまい。何か起こったなら即座に対処する。何もなければ進む。それしか出来ん事も、時にはある」
「クラウスと意見が合うのは癪だけど、エルナータもそう思うぞ! 何かあったら、いつも通りぶっ飛ばして進もう!」
「おい……それは本当に僕の意見を理解しているのか?」
「? 何か違ったか?」
そこに加わったクラウスとエルナータの漫才のような会話に、思わず吹き出す。同時に、少しだけ気持ちが楽になった。
確かに、なるようにしかならない時というのはある。きっと今がその時なのだろう。なら、深く考えすぎるのは咄嗟の行動の妨げになる。
「……アロアはもしもの時、すぐに皆を癒す事だけを考えて。この中で聖魔法が使えるのは、アロアだけだから」
「うん、解った」
表情を引き締めたアロアが頷き、人々の列は更に進み続ける。この先に待つものが暗いものでないよう、僕には祈る事しか出来なかった。
結局ウェンドの集落を出てから何も起こる事はなく、拍子抜けするぐらいあっさりと僕らはノーブルランド同盟の駐屯するキャンプへと辿り着いた。キャンプの中に入ると、懐かしい顔が僕らを出迎えてくれた。
「久しいな、お前達! 元気でやっていたか?」
「ラナさん!」
僕らを見るなり駆け寄ってきたのは、マヌアの集落の族長ラムゼイさんの娘、ラナさんだった。他にも様々な集落で出会った人達が、僕らを歓迎してくれる。
「ラナさんはどうしてここに?」
「父上の名代として、マヌアの民を率いる役目を仰せつかったんだ。それと……恥ずかしながら、この同盟軍の指揮を取る役目も任されそうになっている」
「マヌアは土地に住む魔物とずっとやりあってきた、勇猛な集落だ。ラナさんは確かにまだ若いが、血気に逸る事もなく堂々としている。指揮を任せるならディアッカかマヌアだと、私達が話し合って決めたんだ」
魔物という単語が出た瞬間、ラナさんの顔が一瞬曇ったのを僕は見逃さなかった。……オーガーとの悲しい別れは、今もラナさんの心に暗い影を落としているのだろう。
「勿論、後から来た集落の者達が指揮をやりたいのならばそのように取り計らうが……使者の皆さんが一緒に来たという事は、軍に加わる者はこれで総てなのだろう? あんたらはどこの集落だ? 一番近いウェンドか?」
「ああ。力あるマヌアが指揮を取ってくれるというなら、我々も依存はない。いいな、皆?」
ウェンドの代表の言葉に、反対の声を上げるものは誰もいなかった。その様子にラナさんを推薦していた人は大きく頷き、ラナさんは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「そ、それでは! 全員が揃ったところで、全軍を集めて作戦会議に移る。旅の疲れがあるだろうところに悪いが、お前達も……」
恥ずかしさを誤魔化そうとするように、ラナさんがそう声を上げた時だ。サークさんの荷物袋が、突如激しく振動した。
「支部長からの連絡……何かあったのか!?」
慌ててサークさんが荷物袋から石を取り出し、呼び掛ける。石からは、焦ったようなレジーナさんの声が聞こえてきた。
「こちらノーブルランドのサーク。レジーナ支部長、何があった?」
『サークか! 不味い事になった。グランドラ正規軍が動き出した!』
「正規軍が!?」
その報告を聞き、サークさんの顔色が変わる。事態の深刻さを掴みかねている僕に、クラウスが補足を口にした。
「……グランドラの軍隊には二種類ある。徴兵軍と正規軍だ。徴兵軍は一般市民や攻め滅ぼした小国の亡国民を徴兵した、言わば寄せ集めの軍隊。そして正規軍は……数は少ないものの高い練度と強い忠誠心を誇る、この大陸きっての精鋭軍だ。グランドラが周囲の小国を飲み込み続けられたのも、この正規軍の力によるところが大きい」
「待って……そんなのが動き出したって事は……!」
膨らむ嫌な予感に、僕はサークさんの手の中の石を見る。それに返ってきたのは、最悪の答えだった。
『戦をこれ以上引き伸ばす理由が、グランドラ側になくなった……奴らの目的である『アンジェラの遺産』を手に入れたか、そうでなくても在処を特定した……その可能性が極めて高い』
「そんな! もうどうにもならないんですか!?」
『勿論こちらでも新たに対策を練るが……せめてレムリア側とノーブルランド側とで、正規軍が分散してくれれば……』
アロアの叫びに、苦しげな声を漏らすレジーナさん。そうか……グランドラが急に、こちらに何も仕掛けて来なくなった理由が解った。
『アンジェラの遺産』が発見された事によって、後は全勢力をレムリアに仕向けるだけで良くなった。ノーブルランド側の防衛を切り捨てたんだ……!
「畜生……俺らは間に合わなかったって言うのかよ……!」
悔しそうに拳を握り締めるランドを見て、僕は考えを巡らす。僕らに出来る事は、もう何もないのか……?
「くそ! グランドラの王様を、直接やっつけられたらいいのに!」
エルナータも苛立ちを隠さず、地面を何度も踏みつける。……待てよ? 王様に直接……?
「……レジーナさん。グランドラへ今から潜入する事は、可能だと思いますか?」
「リト!?」
皆が、驚いたように僕を見る。レジーナさんは少しの沈黙の後、こう答えた。
『……グランドラへ間者を放った事はある。しかしその誰もが今は消息不明……潜り込むだけなら可能だろうが、そこから生きて帰れる保証はないぞ』
「解っています。けれどもう、この戦争を止める為には……グランドラ国王に直接、話をつけるしかないと思うんです」
「おおおおい、マジかよ!? よりにもよって敵の総本山に乗り込むって!」
目を白黒させたランドが、言葉をどもらせながら僕の肩を掴む。そんなランドを、僕は真っ直ぐに見返した。
「僕は本気だよ、ランド。話し合ってどうにかなるかは解らない、もしかしたら戦う事になるかもしれない……でもここでこうして手をこまねくよりは、何でもいいから行動した方が百倍マシだ」
「ぷっ……くくく、あはははは!」
僕とランドのやり取りを聞いていたサークさんが、急に笑い出す。そして清々しい笑顔を僕に向け、言った。
「その発想はなかったわ。いいじゃねえか、面白い。乗った!」
「僕も行こう。二年間離れていたとはいえ、グランドラ国内の事ならそれなりには詳しいつもりだ」
「エルナータも行くぞ。悪い奴らの親玉をぶっ飛ばすんだ!」
次いでクラウス、エルナータがそう言って頷く。それを見たアロアも、覚悟を秘めた表情で言った。
「私も行く。怖いけど……もう皆に会えなくなる方がもっと怖い!」
「……え、マジで? お前ら皆行くのかよ?」
いつかのように最後の返事を待つだけになったランドを、皆で見つめる。ランドは暫く唸った後、やけくそになったように叫んだ。
「あー、もうこうなりゃ自棄だ! どうせここまで来たんだ、どこまでだって行ってやらあ!」
「ははっ、お前達はやはりそうでないとな! ならば任せろ、グランドラまでの道はあたし達が作ってやる!」
それを聞いたラナさんが快活に笑い、強く自分の胸を叩く。石の向こうで、レジーナさんの小さく笑う声もした。
『若者の行動力はやはりいいな。私もあと二十年若ければ諸君らと行動を共にしていたところだが……それは言っても仕方があるまい。ノーブルランド同盟の代表はそこにいるか?』
「あたしだ。マヌアの族長ラムゼイの娘、ラナという」
『冒険者ギルドレムリア支部、支部長を務めるレジーナだ。よろしく頼む。早速だがラナよ、この者達を無事グランドラへと送り込む算段を立てたい。協力してくれるか?』
「勿論だ、一時的にとは言えレムリアと我らは友となった。友を救う為ならば、我らが力存分に尽くそう」
『では会議を始めよう。そちらの主要な人物を集めてくれ』
「解った! では、改めて集まった皆の元へ案内しよう。こっちだ!」
歩き出すラナさんの後を、僕らはついていく。僕らの旅は、まだ終わる事はない。
その先にどんな困難が待っていようとも、僕らが諦めない限り……決して!




