第九十五話 国境を越えて
『……問題は、上手くグランドラ国内に入ったとしてどのルートを辿り王都サルトルートに至るかという点だが』
ある程度僕らをグランドラ国内に入れる算段が付いたところで、レジーナさんがそう切り出す。地図によるとグランドラの王都サルトルートは中央より少し南寄りに位置し、北の国境から向かうと他の方角からグランドラ入りするよりも王都までは少し距離がある。けれど一番の問題は、距離の方ではなかった。
「カルッカ山脈……グランドラの北部一帯に広がる山脈。この山脈がある為にグランドラとノーブルランド各共同体は昔からあまり深い交流が持てず、結果こうしてノーブルランド同盟が出来上がった訳だが……」
「通常はこの山脈を東か西に大きく迂回し、中心部を目指す事になる。麓には幾つか町や村も点在し、補給線に事欠く事はないだろうが……」
「問題はそれまでレムリアが持つかどうか……か」
「ああ。東ルートは一ヶ月、それより短い西ルートでも半月はかかる。しかも西ルートはより険しい道を行く事になる為旅人も少なく、補給を受けられそうな町や村も僅かしかない。行くなら相応の準備をしていかないと、途中で行き倒れる可能性もある」
地面に広げられた地図を見つめながら、サークさんとクラウスが真剣な顔で話し合う。その内容の難しさに僕は口を挟む事も出来ず、ただ話に耳を傾ける事しか出来なかった。
「なあなあ、何で回り道するんだ? 真っ直ぐだーっと行くんじゃ駄目なのか?」
同じく地図を眺めていたエルナータが、不思議そうにそう質問する。するとクラウスが、途端に呆れ顔になった。
「チビ……山を甘く見すぎだ。実際カルッカ山脈を越えようと山に入った者は何人もいたが、無事越えられた者はごく僅か。それに……この山には、ドラゴンが住むという伝承が古くから残っているのだ」
「ドラゴンって……あのドラゴン?」
僕が聞き返すと、クラウスは重々しく頷いた。そして、エルナータを見据えながら言う。
「まさしくそのドラゴンだ。あくまで伝承ではあるが、山を越えるのがどれだけ危険な行為かいかに頭の足りんチビでもこれで解っただろう」
「エルナータを馬鹿にするな! あとちゃんとエルナータって呼べ!」
「でも……どうすりゃいいんだ? 安全なルートは論外だし、急ぐルートでも半月はかかっちまうんじゃ……」
ランドの呟きに、辺りに沈黙が下りる。確かに東と西どちらのルートを通っても、十日以上は確実にかかるんじゃ王都到着までレムリアがもつ保証はない。
「……山越えに挑戦する意味は、あるんじゃないかな」
考えた末、僕はそう口に出した。案の定クラウスが厳しい目付きになり、僕を睨み付ける。
「おい貴様……僕の話をちゃんと聞いていたのか? 山を越えるのは危険だと確かに伝えた筈だが?」
「でも、成功した人がいない訳じゃない、だよね? 物凄く危険な賭けには違いないけど……フェンデルが攻め落とされる前にサルトルートにいるグランドラ王の元へ辿り着くには、もうそれしかないと思うんだ」
「……確かにな。今が冬なら自殺行為でしかないが、幸い本格的な冬までにはまだ半月程度ある。山越えを決行するなら、今しかない」
「おいサーク、貴様まで!」
僕の意見に同調を示すサークさんに、クラウスが焦った声を上げる。そんな僕らの話を黙って聞いていたレジーナさんが、不意に口を開いた。
『……山越えを成功させた冒険者の残した手記によれば、カルッカ山脈を越えるのにかかった日数は五日程度。確かに大幅な時間短縮にはなる……』
「それにこのルートなら上手くいけばほら、丁度アウスバッハ領を通るわ。クラウスのご家族がどうなったのか、確かめる事も出来るし」
アロアも地図を指し示し、賛同の意を伝える。ランドとエルナータも特に反対はしないと言った感じで、じっとクラウスの言葉を待っていた。
クラウスが僕らを見回し、一つ大きな溜息を吐く。そして諦めたようにこう告げた。
「……ラナ、山越えの準備をしたい。このキャンプから持ち出せる保存食の量を教えて欲しい。……これでいいか、貴様達」
「ご苦労、アウスバッハ参謀長」
からかい混じりに笑いながら言ったサークさんに、クラウスは不機嫌そうにそっぽを向いて応えた。
山越えの準備は急ピッチで進められ、その日の深夜にはいつでも旅立てる状態となった。僕らは国境攻めを明日の明朝に決行する事に決め、暫しの眠りに就いた。
そして朝――。遂に僕らは、固く閉じられた大きな木の門の前へと立ったのだった。
「手筈は覚えているな? 魔法使いが雷の魔法で門をぶち破る、それが攻撃開始の合図だ。後はあたし達が戦い国境警備の軍を引き付けるから、お前達はその隙に国境を越えるんだ。いいな!」
「はい、ラナさん。……クラウス、任せたよ!」
「ああ。『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
クラウスの杖から放たれた強烈な雷が、門を大きく吹き飛ばす。突然の事に動揺するその場に集まったグランドラ軍を前に、ラナさんが突撃の指示を出す。
「行け! 国境を破るんだ!」
「おおおおおっ!!」
大声を上げ突撃していくノーブルランド同盟軍が、門の向こうのグランドラ軍と激突する。たちまち辺りは剣戟の音に包まれ、激しい戦いが行われている事を後方の僕らに伝えた。
「……耐えろよ、皆。ここで俺達が加勢してしまったら、作戦が台無しになる」
目の前で僕らの為に多くの人が傷付いていく光景に心を痛めていると、サークさんがそう冷静な声で言った。そうだ……僕らはこの痛みに耐えなきゃいけない。戦争を止める、その為に……!
「弓兵、構え! マヌアの民の弓捌き、とくとグランドラに見せてやれ!」
純粋な兵力で勝るグランドラが数で押し始めると、ラナさんが側で待機していた弓兵達にそう命じる。弓兵達は強く弓を引き絞り、門を越えて矢の雨を敵陣に降らせ始めた!
「うわああああああああっ!!」
「あ、あの位置から矢が届くだとっ!?」
攻撃を受けたグランドラ軍の混乱が、遠くから微かに伝わってくる。戦線は徐々に前に傾き……遂に、門の内側へと完全に入り込んだ!
「……頃合いだな。そろそろ動くか。世話になった、ラナ。生きて帰れよ!」
「そちらもな。総て終わったらまたマヌアに来い! その時はゆっくり話でもしよう!」
最後にサークさんとラナさんが声を掛け合い、僕らは国境を表す塀に沿って走り出す。そして事前に決めておいた潜入地点に辿り着き、見張りを担当していた人達に声をかける。
「こちらの様子は!?」
「大丈夫、皆門の防衛に行っちまった。今ならバレずに国境を越えられる!」
「解りました、ありがとうございます。……切り裂け、斧よ!」
僕は腕輪を斧に変え、大きく木の塀に振るう。そのまま何度か斧を叩き付けると、塀に人一人通れるほどの小さな穴が開いた。
「ほええ……この細っこい体でよくこんな力が……」
「僕らは行きます。本当にお世話になりました」
「ああ。早くこんな馬鹿な争いを止めさせて、アンジェラ様の名誉も回復させてあげてくれよ!」
「はい……行ってきます!」
皆で素早く穴を潜り抜け、国境を越える。辺りに人の姿はなく、遠くに未だ戦い続けるノーブルランド同盟軍とグランドラ軍の姿が見えた。
「行くぞ、皆。……カルッカ山脈へ!」
僕らはグランドラ軍に見つからないよう門から距離を取りながら、急いでその場を後にした。




