第七十七話 皆の想い
「そこ。目立たないように細い糸が張られてる」
「じゃあ解除しとこう。貫け、槍よ」
ランドの指差した辺りに槍の先端を伸ばし、手探りで糸を探す。間もなくぶつりと何かを切る感触が伝わり、その途端に少し先の横の壁から無数の小さな槍が飛んできて反対側の壁に突き刺さった。
「ふう……これで六個目かな」
「助かる、ランド。次々と罠を見つけてくれて」
笑みを浮かべながらサークさんがランドを振り返ると、ランドは恥ずかしそうにしながらも満更ではない表情を浮かべていた。事実、この遺跡の探索を始めてからランドは大活躍だった。
僕らには解らない違和感をランドは細かに感じ取り、的確に知らせる。バルタスの遺跡の時は僕が先にエルナータのいた部屋へ通じる穴を開ける仕掛け見つけたけど、探索していた場所が逆だったらきっとランドの方が先に仕掛けを見つけていたに違いない。
もっともその場合は、最初にエルナータに襲われていたのはランドになっていた訳で……。そう思うと、皆怪我もなくエルナータを迎え入れられたのは幸運に幸運が重なった結果だったのだと改めて思った。
「……一回だけ初調査の遺跡に入って、罠のパターンはその時に見てるんで。だからっすよ」
「ランド、凄いな! オミトオシって奴だな!」
「おいおい、エルナータまで……」
少しだけ和やかさを取り戻した雰囲気に、そっと息を吐く。思ったより大分危険な遺跡探索だけど……今の雰囲気を見ていると、思い切って皆を誘って良かったと感じる。
やっぱり、皆は笑っている方がいい。……例えそれが、今だけの笑顔でも。
「それにしても、ここまで分岐もなく一本道か。探索する側としては楽でいいが、古代の人間は何の為にこの空間を作り上げたのだ?」
学者肌のところがあるクラウスは遺跡の成り立ちが気になるらしく、明々と続く通路の先をじっと見つめている。確かに地下迷路のようになっていたバルタスの遺跡を除けば、砦に城と使い道がハッキリしている遺跡が多かった気がする。
「昔の人が、トンネルにでもして使ってたのかしら?」
「だとしたら、こんなに罠を仕掛けてあるのはおかしいよ。危なくて通れやしない」
「それもそうね……」
アロアと一緒に顔を合わせて考えるけど、明確な答えは出そうもなかった。そんな僕らを、ぶんぶんと腕を振り回したエルナータが急かす。
「皆、難しい顔してないで早く行こう! この先に何があるかワクワクだぞ!」
「全く、貴様は気楽でいいな、チビ」
「チビじゃない、エルナータだ!」
「まあまあ……確かにここに突っ立ってても仕方ねえ。行くぞ、クラウス」
「……ふん」
溜息を吐きながら皮肉を口にするクラウスをサークさんが宥め、僕らはまた歩き出す。通路の終わりは、未だ見える事はなかった。
結局その後も罠はあっても別れ道はないまま、僕らは通路の終点へと到着する。そこはどう見ても、何もないただの突き当たりだった。
「他に道なんて、なかった……よね?」
皆の顔を見回して問い掛けるけど、誰も怪訝な顔をしてただ頷くだけだった。この罠の数からして、絶対に何かがあると思ってたんだけど……。
「考えられるのは、隠し部屋か」
「だろうな。皆で何か仕掛けがないか、少し調べてみるか」
クラウスとサークさんの頭脳派コンビの言葉に、皆で壁を触ったり叩いたりしながら詳しくその場を調べ始める。そこで声を上げたのは、またしてもランドだった。
「ここの壁。……他と少し、叩いた感触が違う気がする」
言われて、僕らも壁を叩き比べてみる。するとランドの言う壁だけ、微妙に音が内側に響く感じがするのが解った。
「どうやら、この奥に部屋が隠れてそうだな」
「でも、この壁を開けられそうな仕掛けがどこにも見当たらないんす」
サークさんがそう言うと、ランドが難しい顔で考え込む。……そうだなあ……ちょっと強引な手になるけど……。
「皆、ちょっと下がって。砕け、鎚よ」
「え? リトお前何で大鎚だして……まさか……」
僕の出した大鎚を見て、ランドが軽く顔をひきつらせながら大きく後ろに下がる。他の皆も後ろに下がったのを確認すると、僕は遠心力をたっぷりつけて大鎚を壁に叩き付けた。
激しい衝突音と共に空気が揺れ、天井からぱらぱらと砂が落ちる。二、三度ほどそれを繰り返すと壁に亀裂が走り、がらがらと音を立てて崩れ去った。
「リト、凄いな! 次に同じような壁があったら、今度はエルナータがやる!」
エルナータの弾んだ声に振り返ると、何故かエルナータ以外の皆が微妙な顔をして僕を見ていた。皆は口々に、僕を見たまま何かを呟いている。
「リトの奴思い切り良すぎだろ……」
「この遺跡を作った奴に同情するぞ……」
「リト……意外と脳筋だったんだな……」
「そんなリトも好きだけど……今のはちょっと……」
よく解らないけど、今のは不味かったんだろうか。とりあえず、謝っておいた方がいいかもしれない。
「ええと……ごめん、皆」
「い、いや、結果的に通路は開いたんだ。入ってみよう。もしかしたら魔導遺物でもあるかもしれない」
ちょっと挙動不審な感じでサークさんが言い、いつものように先頭に立って壁に開いた穴を潜る。次いで罠の察知に長けたランドが穴を潜ると、僕もその後に続く事にした。
穴の中は、大きい広間になっていた。通路と同じく壁に備え付けられた照明が内部を明るく照らし、僕らにその全貌を見せている。
広間の最奥には人の顔を不気味にデフォルメしたような頭を持った人型の大きな石像があり、その手前には小さな祭壇が設置されている。そして祭壇の上には……碧色の美しい刃を持った二振りのダガーが供えられていた。
「あれが、この遺跡の宝か?」
「ランド、どうだ? 罠らしいものはありそうか?」
クラウスが、ダガーを見つめながら呟く。直後に振り返ったサークさんの問いには、ランドが少し自信なげに答えた。
「もっと近付いてみねえとハッキリしないけど……少なくとも、目の届く範囲にはないと思うっす」
「なら、近付いてみるか。虎穴に入らずんば虎児を得ず、という奴だ」
そのサークさんの言葉と共に、僕らは固まって祭壇に近付いていく。幸い途中で罠が発動するような事はなく、無事に祭壇の目の前まで辿り着く事が出来た。
「綺麗……宝石で出来てるのかしら? こんな武器、初めて見る」
改めて間近で見ると、刃に細かい装飾が施されたそのダガーは本当に美しかった。お金持ちは装飾を施した武器をインテリアにして飾るというけど、これもその類なのかと思ったほどだ。
「このダガーから、僅かだが精霊の力を感じるな。もしかしたら精霊の力、或いは精霊そのものがこのダガーに籠められているのかもしれない」
「エルナータ、触ってみたい! なあ、触っていいか?」
「うーん……見たところ罠も見かけないし、大丈夫だろう。慎重に扱えよ、エルナータ」
「ありがとう、サーク!」
サークさんが祭壇からダガーを取り、エルナータに持たせてやる。エルナータが嬉しそうにダガーを振り回すと、不意に風がそよぐのを感じた。
「あれ? 今風が吹かなかった?」
「私も感じた。この遺跡に入ってから、風なんて吹いた事がないのに……」
「……もしかして、あのダガーか?」
クラウスが目で指し示す方に、僕らも視線を向ける。風は確かに、ダガーを振り回しているエルナータの方から吹いているようだった。
「振ると風を起こすダガーか。国一つとはいかんが、一生働かずに暮らしていけるだけの値は付きそうだ」
「これ面白い! ランドもやってみるといいぞ!」
ダガーの価値を冷静にクラウスが分析する中、エルナータがダガーをランドへと渡す。ランドは戸惑ったような顔で、じっと手の中のダガーを見つめた。
「……それはお前が持ち帰るといい、ランド」
「え?」
顔を上げ、ランドがサークさんの顔を見上げる。サークさんは少し寂しげな笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「それを売れば、家族を十分養えるだけの金は手に入るだろう。もう、危険な冒険者稼業をやる必要はない。……俺達には、それくらいしかしてやれないが」
「で、でも……皆はそれで……」
「私もそれでいいと思うわ。ランドとランドの家族には幸せになって欲しいし」
「エルナータも、メル達が幸せになるなら構わないぞ!」
「……まあ、魔導遺物の構造に興味はあるが僕も別に過ぎた金はいらんしな」
「持っていってよ、ランド。僕らの気持ちとして」
僕らが口々にそう言うと、ランドは肩を震わせ俯いてしまった。静けさの中、ランドが小さく鼻を啜る音が聞こえる。
「皆……ごめん。俺……俺……」
そうランドが、何かを言いかけた時だった。突然部屋の空気が揺れ、天井から多量の砂が落ちた。
何が起きたのかと、急いで辺りを見回す。すると……祭壇の後ろにあった石像の目が光り、こちらに向けてゆっくりと歩き出そうとしているのが目に入った。
「しまった! こいつは……ゴーレムだ!」
そうクラウスが叫ぶと同時。振り上げられた石像の足が、手前の祭壇を粉々に踏み潰した。




