第七十六話 気晴らしの探検
――ディアッカの集落を発って丸一日。僕らは必要以上に口を開く事なく、レムリアとの国境目指してノーブルランドを南下していた。
始まったばかりの頃は、あんなにも希望に満ちていた僕らの旅。どうして、こんな事になってしまったんだろう。
クラウスの馬の背に乗った、ランドの方にちらりと視線を向ける。この場にいる誰よりも憔悴した顔のランドは、俯いたまま顔を上げようとしない。
どうして僕は、ランドが無理をしていた事に今まで気付いてあげられなかったんだろう。ランドのお母さんだって、ランドは本当に辛い時は口に出さないってあれだけ心配していたのに。
後悔しても、時は巻き戻らないと解っているのに。僕の頭に浮かぶのは、そんな後悔の念ばかりだった。
「……風の動きが変わったな」
馬を走らせていたサークさんが、不意にぽつりと告げる。そして小さな精霊を呼び出し、いつものように空へと飛ばした。
暫くして戻ってきた精霊の報告を聞くと、サークさんが皆を振り返る。そして――表面上はいつもと変わらない調子で言った。
「もうすぐ雷雨が来る。このまま少し行った先に精霊が建物を見つけたから、一旦そこで雨を凌ごう」
「……解った」
返事をしたのはクラウスだけで後は皆、僕自身も頷き返すだけに留まった。そしてまた、僕らの間に沈黙が降りる。
……このままじゃいけない。こんな空気の中ランドと別れたら、絶対に皆後悔する。
そう思うのに、いい打開策は浮かばない。何か、皆の気を一時的にでもそらせるものがあれば……。
考える僕の目に、林に囲まれた石造りの小さな建造物が飛び込んできた。恐らくあれが、精霊が見つけたという建物だろう。
建物に近付き、馬を止める。それと同時にぽつぽつと水滴が落ち、遠くから雷の音が響き始めた。
手早く馬を近くの木に繋ぐと、僕らは建物の入口に飛び込む。雨はすぐに勢いを増し、間もなく激しいどしゃ降りへと変わって辺りの土を濡らし始めた。
「運が良かったな。こんな丁度いい所に建物があるとは」
初めてノーブルランドに足を踏み入れた日にずぶ濡れになったのを思い出したのか、ほっとしたようにサークさんが口を開く。僕も心の中でそれに同意しながら、今いる建物をぐるりと見渡した。
僕らが雨宿りをしているのは、大きな地下道の入口のようだった。外から差し込む僅かな灯りが、地下へと続く先の見えない階段を映し出している。
「ねえ、ここってもしかして何かの遺跡の入口じゃない?」
同じように周囲を見回していたアロアが、何気なくそう口にする。言われてみれば、バルタスにあった遺跡の入口によく似ている気がする。
「地図にはこの辺りに遺跡があるなどとは印されていないが……だとすれば、未踏破の遺跡をたまたま見つけてしまったのやもしれんな」
地下道の壁の厚さを叩いて確認していたクラウスもそれに反応し、階段の奥に目を遣る。未踏破の遺跡……それなら……。
「……ねえ、雨が上がるまで、この中を探検してみない?」
「え?」
そう提案すると、皆が意外そうな目で僕を見る。……まだ誰も手をつけていない、未知の遺跡の探検。この重苦しい空気を少しでも解消するには、もってこいなんじゃないかと思ったのだ。
「エルナータは賛成だぞ! 探検! 探検!」
まず、好奇心旺盛なエルナータがそう言って手を上げる。いつもよりテンションが高いように見えるのは、エルナータなりに僕の意図を察してくれたのかもしれない。
「……まあ、たまにはいいのではないか。この雨ではどうせ先へは進めんのだし」
次に賛同を示したのは、意外にもクラウスだった。言いながらクラウスがちらりとランドと、それからアロアにも視線を向けたのを僕は見逃さなかった。
「そう……ね。今までは調査済みの遺跡ばかりだったから、まだ誰も入ってない遺跡がどんな感じなのか興味があるし」
次いでアロアが、そう言って皆の様子を窺う。この中ではランドの次に精神を磨耗している筈なのに、それでも真っ先に皆の事を気にするのはアロアらしいと思った。
「お前はどうする、ランド。残るなら俺も残ってやりたいが、遺跡には罠もある可能性があるからな。ついていってやらないと」
そしてサークさんがランドの方を振り向き、返事を待つように見つめた。ランドは暫く俯いていたけど、やがて顔を上げて言った。
「……行く。俺も、皆と行くよ」
「決まりだな。それじゃあ皆、離れないようについてこいよ」
ランドの返事を聞くとサークさんは荷物袋からカンテラと火口箱を取り出し、手際良くカンテラに火を点けた。それを暗闇の先に向け、一歩一歩階段を降りていく。
僕らはサークさんの持つカンテラの灯りを頼りにしながら、足を踏み外さないよう気を付けてその後に続いた。
階段を降りるにつれ外の灯りは遠ざかり、カンテラのみが暗闇と照らす唯一の光明となっていく。どこまでも続くように思えた階段だったけど、実際はまだ外の灯りが小さくぽつんと見える場所で終点となり天井の高い通路へと変わった。
更に通路を少し進むと、頑丈そうな黒い両開きの扉が僕らの行く手を阻んだ。サークさんが扉の周囲を隈無く調べ、少なくとも扉の手前には罠がない事を確認すると覚悟を決めたように扉を押し開ける。
「わあ……」
そこは両脇の壁に照明の灯った、直線的な通路だった。材質は外と同じ石だけど、凹凸が殆どない滑らかな表面をしている。
「この灯り……もしかして」
サークさんが扉の向こうに足を踏み入れ、精霊語を唱える。けれども、それに応える精霊は現れなかった。
「やはり。ここにある照明はあの湖の遺跡と同じで、精霊の力を吸い取って灯っているんだろう」
「じゃあ、ここにいる間は霊魔法が使えないんですか?」
「そうなるな。古代文明も、厄介な仕掛けを作ってくれたもんだ」
アロアの疑問に、深く溜息を吐きながらサークさんが答える。……霊魔法が使えないなら、僕らの感覚で危険を感じ取るしかない。
「皆、くれぐれも気を付けろよ。何か気になった事があったら、すぐに言ってくれ」
不要になったカンテラの灯りを消して荷物袋にしまい直すと、サークさんが先頭に立って歩き出す。けれど数歩も歩かないうちに、ランドの声がその足を止めた。
「サークさん、ちょっと待って下さい。……そこの床、何か違和感がある」
僕らも、ランドが指差した辺りに集まる。すると石の隙間がぴったり真四角を作っている空間が、目の前にあるのが解った。
クラウスが杖を振りかざし、四角の内側を杖の尻で強く打つ。その衝撃で床が崩れ、ぽっかりと黒い穴が空いた。
「……底は剣山になっているな。落ちていれば命はなかっただろう」
「ありがとう、ランド。よく気付いたな」
「た、たまたまっすよ、たまたま」
サークさんからの賛辞に、ランドが照れたように鼻の頭を掻く。それはディアッカの集落に着いて以来初めて目にした、ランドの明るい顔だったかもしれない。
「どうやらこの遺跡には罠が多そうだ。いつも以上に注意して進もう」
僕らは落とし穴を左右に避けて越えると、サークさんの指示の元再び通路を進み始めた。




