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蒼月の交響曲  作者: 由希
第一章 総ての始まり
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第四十一話 時計塔の決戦

 素早くパヴァーの元へ近付き、剣を斜めに振るう。それに対しパヴァーは羽をはためかせ、空中に逃れる事で攻撃をかわした。


「くっ……!」

「無駄だ。翼を持たない君には、私は倒せんよ」


 僕の頭より高く浮きながら、嘲るようにパヴァーが言う。僕はそんなパヴァーをキッと睨み付けると、かたかたと絶え間なく動き続けている大きめの歯車に足をかけパヴァーの高さまで跳ぼうと試みた。


「おっと、なかなか小癪な真似をする」


 パヴァーは一瞬驚いたようだったけど、すぐに左上に旋回するように飛んで僕から距離を取る。そして空中で無防備となった僕に向かって、急降下による体当たりをぶちかましてきた。


「うわっ!」


 為す術なく、床に強く叩き付けられる体。掃除しきれていない床の埃が、衝撃で激しく辺りに舞った。


「……ぐっ……」

「ほう、まだ起き上がるとは。これは困った。ある程度弱らせてからでないと、蟲も上手く植え付けられなさそうだ」


 痛みに耐えて体を起こし、剣を支えに立ち上がると言葉とは裏腹に楽しそうにパヴァーが言った。そしてもう一度、僕目掛けて上空から急降下してくる。


「くっ!」


 僕は咄嗟に床を転がり、その突進をかわす。パヴァーは体を縦に半回転して床を強く蹴り、即座に空中に戻る事で僕に反撃の隙を与えないよう上手く立ち回っている。

 どうすればいい。僕には上空に攻撃する為の手段がない。このままじゃ奴に体力を削られ続け、いずれは……。

 その時、僕の目にちらりとさっきぶつかった床が目に入った。板張りになっているらしい床はさっきの衝撃で軽く破損し、床板が捲れ上がっている。

 ……ここの床は板張りで、恐らくあまり頑丈じゃない。そして、奴の戦い方……。危険な賭けだけど、やってみるしかない!


「切り裂け、斧よ!」


 立ち上がった僕は剣を斧に変え、パヴァーの突進に備える。パヴァーはそんな僕を見て、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「愚かな。武器を変えたとて同じ事」

「そんなの、やってみなきゃ解らないだろ!」

「ならば、やってみるがいい!」


 パヴァーが猛スピードで、構えを取る僕に迫る。僕はそれを後ろに飛んでギリギリでかわし、斧を大きく振りかぶる。


「やあっ!」

「無駄だ!」


 僕の攻撃よりも早くパヴァーが床を蹴り、空中に逃れる。降り下ろした斧は空を切り、床板に深く突き刺さった。


「まだまだ!」


 その後も僕は急降下してくるパヴァーに向かって斧を振るったけど、パヴァーは巧みにそれをかわし、傷一つ付けさせない。その度に僕の斧は床板を抉り、気付けば床はパヴァーとは対照的に傷だらけになっていた。


「くくく……そろそろ体力も限界のようだな?」


 激しく動き回った為に全身に汗を掻き、荒い息を吐き始める僕に勝ち誇ったようにパヴァーが言う。僕自身、正直なところあと一回武器が振れるかどうかという有り様だった。


「私相手に、ここまで粘った人間は久しぶりだ。褒美として、直接口の中に蟲を植え付けてやるとしよう」


 そう言って、パヴァーが自分の舌を持ち上げる。その先端から、パヴァーの眷属の蟲がずるり、と顔を出した。


「さあ人間よ、私のもたらす狂気に身を委ねるがいい!」


 パヴァーが、トドメだと言わんばかりに今までよりも速いスピードで突進してくる。僕はそれをギリギリまで引き付け、反撃はせずにただ横に軽く飛ぶ。


 そう――これでいいのだ・・・・・・・


「ふん、一度避けたところで……ぐおっ!?」


 パヴァーの声が、途中で焦ったものに変わった。パヴァーが床を蹴った瞬間に度重なるダメージに耐え切れなくなった床が崩れ落ち、それを予測していなかったパヴァーが崩落に巻き込まれたのだ。

 そう、僕の狙いは最初からこれだったのだ。斧でパヴァーを攻撃するふりをして、傷痕が丁度一定のスペースを作るように床板を深く削り取る。後はスペースの中心にパヴァーを誘い込み、猛スピードでぶつかってくるよう仕向ければいい。上手くいく保証はなかったけど、パヴァーが完全にこちらを舐めきっていたお陰で無事思い通りに事を運ぶ事が出来た。


「く……っ、これしき! 飛んでしまえばどうという事も……!?」


 慌てて空中で体勢を整え羽ばたきかけたパヴァーは、見ただろう。自分に向かって一直線に落下してくる、僕の姿を。


「煌めけ、剣よ!」


 斧を再び剣に変え、心臓目掛けて真っ直ぐに突き出す。パヴァーは必死にそれを避けようとしたが、既に遅かった。


「ば、馬鹿な! この私が! 人間に! 神の加護も受けていないただの人間ごときに! 嘘だ嘘だ嘘だああああああああ!!」


 その絶叫が、パヴァーの最期の言葉となった。僕の剣はパヴァーの胸を易々と貫き、そしてそのまま、僕とパヴァーは真っ逆さまに時計塔の最下層へと落ちていった。



「……いてて……」


 落下の強い衝撃で派手に破壊された石畳の中から、何とか顔を出す。下にあったパヴァーの体がクッションになったとは言え、かなりの距離を落ちてきて全身の打撲だけで済んだのは幸運だったと僕は神に――それしかろくに知らないから、アンジェラ神に強く感謝した。

 瓦礫の中に埋もれる形になっている、パヴァーの体に目を遣る。胸からどす黒い血を溢れさせるパヴァーは、白い目をかっと見開いたままもう動く事はなかった。


「町は……どうなったかな。クラウスは……」


 激しい疲労と体の痛みにその場で眠ってしまいたい気持ちを気合いで振り払い、のろのろと立ち上がって時計塔の外に出る。町は最初に訪れた時と同じく、しんと静まり返って何の物音もしなかった。

 重たい足を動かし、クラウスの姿を探す。まさかとは思うけど、パヴァーを倒す前に町の人達に捕まってそのまま――。


「……リト?」


 その時、前方から僕を呼ぶ声がした。目を凝らして前を見ると、こちらに向かって見慣れた黒いシルエットが歩いてくるところだった。


「クラウス! 無事だったんだね!」


 シルエット――クラウスに声をかけると、クラウスはこちらに小さく手を振り返した。よく見ると、クラウスの帽子もローブもあちこちが破れてボロボロになっている。


「大丈夫!? その格好は!?」

「運悪く町の人間達に囲まれてな。流石の僕も死を覚悟したが……その前に町の人間達が蟲を吐き出しながら倒れ、貴様が上手くやったと悟ったという訳だ」

「町の皆は無事なの!?」

「ああ、蟲の支配が解けて気を失っているだけだ。じきに目を覚ますだろう」

「そっか……良かったあ……」


 僕は今度こそ力が抜け、その場にへたり込んだ。そんな僕を、クラウスが苦笑しながら見つめる。


「まあ、今回は貴様もよくやった。僕ほどではないがな」

「本当、素直じゃないなあ。二人とも頑張ったねでいいじゃない」

「……じゃあ、今回だけはそういう事にしておいてやる」

「はいはい」


 真っ赤になって目を逸らしたクラウスに、僕は微笑ましげに笑った。そんな風にまた笑えた事が、とても幸せな事のように思えた。

 悪夢の終わりを示すかのように、夕暮れを知らせる時計塔の鐘が鳴った。

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