第四十話 突破口
裏口は、探し始めて間もなく見つかった。僕らは裏口付近に町の人達がいない事を確認して、物音を立てないようにそっと外に出る。
「高い建物……高い建物……あ」
辺りを見回してすぐ、僕は町の中心に時計塔が建っているのに気付く。周囲の建物より頭一つ高いそれは、町全体を見下ろすように黒々とそびえていた。
「あれ……かな」
「可能性は高いな」
クラウスも時計塔に目を止め、じっと見つめながら言う。背後の建物内からは破壊音が響き、怨嗟の声が近付き始めていた。
「急ごう、クラウス」
「ああ」
僕らは大通りにひしめく町の人達を避けるように、狭い路地を通って時計塔へ向かう事にした。途中何度か行き止まりにぶつかったりしながらも、着実に時計塔の姿は近くなってくる。
「あと少しで時計塔だね」
「そうだな……不味い、隠れろ!」
突然先行していたクラウスが、路地の壁に背中を張り付けた。僕もそれに倣い、壁に身を潜めて開けている路地の先を見る。
路地の先は大通りになっていて、時計塔の入口もすぐ側にあった。けれどその周辺には、数多くの町の人達が凶器を手に歩き回っている。
「町の人があんなに……」
「自分の居場所を守らせているのか。用意周到な奴だ……しかし、どうやらこれでパヴァーがあの中にいるというのは間違いがなくなったな」
「うん、でもあの数をどうやって切り抜ければ……」
町の人達の群れを見ながら、僕らは暫し考える。やがて、決意したようにクラウスが言った。
「……僕が囮になる。その隙に、貴様は時計塔に潜入しパヴァーを討て」
「え!?」
僕は驚いた。クラウスを危険に晒したくないのもそうだけど、それ以上にクラウスの口からそんな提案が出るとは思わなかったからだ。
「どうした。何故そんな顔をしている」
どうやら考えが顔に出ていたらしく、クラウスが訝しげに僕を見る。僕は慌てて、でも正直にそれに答えた。
「だ、だってクラウスだったら自分で決着着けたがると思ってたから……」
「それはいつもならその方が効率がいいからだ。だが今回は違う。僕の魔法は狭いところでの戦いには少々不向きだし接近戦しか出来ん貴様ではすぐに町の人間達に追い付かれる。適材適所、という奴だ」
「で、でも、それじゃクラウスが……」
踏ん切りの付かない僕に、クラウスがそっと歩み寄る。そして僕の胸を拳で軽くとん、と叩いた。
「僕の事より自分の事を心配しろ。いいか? 相対した場合パヴァーは間違いなく蟲を使って貴様を狂わせようとしてくる。そうなったら終わりだ。今の町の人間達のように、パヴァーが滅びない限り死ぬまで殺人鬼として正気の人々を襲い続ける事になるんだ。そうなる前に、パヴァーを倒さなければならない。解るな?」
言い回しはいつも通り尊大で不器用だったけど、僕には解った。クラウスもまた、僕の身を案じてくれているのだと。それでもなお僕を信じ、後を任せようとしてくれているのだと。
そんなクラウスの気持ちを察し、僕も心が決まった。僕は真っ直ぐにクラウスを見つめ、力強く頷き返した。
「うん。町の人達を救う為にも、パヴァーを必ずこの手で討つ!」
「……いい顔だ。そうでなければ、一時的にでも仲間と認めた甲斐がない」
クラウスが、口の端を歪めてにやりと笑った。それは多分、クラウスが初めて僕に見せる笑顔だった。
「それじゃあ行くぞ。『我が内に眠りし力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
かざした杖から迸った雷が、町の人達の近くの石畳を抉る。町の人達の目が雷の落ちた場所に集まったのを見計らって、クラウスが路地から飛び出し姿を現した。
「ふん、のろまな愚図共め! この僕を捕まえられるものなら捕まえてみろ!」
「獲物……エモノ……ゴロズウウウウウウウッ!!」
「じね……ジネエエエエエエエエッ!!」
大勢の足音が、大通りを駆けていく音がする。間もなく静かになった大通りをそっと覗き込むと、全員クラウスを追いかけていったのかそこにはもう誰の姿もなかった。
「クラウス……絶対無事に帰るからね!」
ここにいないクラウスにそう呟いて、僕は時計塔の入口へと急いだ。
鉄で出来た時計塔の扉を、力を込めて押し開ける。中はあまり丁寧に掃除されていないのか、微かに埃の匂いがした。
中に足を踏み入れ、壁に手すりの付いた螺旋階段を一歩一歩登っていく。吹き抜けには中央にある柱を中心に無数の歯車が備え付けられていて、かたかた、ぎいぎいと歯車がぶつかり合い、軋む音が塔中に響き渡っていた。
頂上に近付くにつれ、だんだん肌にびりびりとした感覚がまとわりつき始める。……いる。この上には確実に、何かがいる!
やがて階段は終わりを告げ、床が設置された少し開けた場所に出る。そこにある梯子の上に――何かが立っていた。
「――ようこそ、脆弱なる人間よ」
声が響く。金属を爪で引っ掻いたような、耳障りな声。
ふわり、梯子の上から何かがゆっくりと降りてくる。それはぼろぼろの蝙蝠の羽を生やした、骨と皮だけの、ギョロリとした黒目のない白い目に芋虫を思わせる長い舌を垂らした化け物だった。
「悪魔……パヴァー……!」
「おや、私の名前をご存知かね? この時代の人間にしては博学な事だ」
僕の呟きを聞いて化け物――悪魔パヴァーが楽しそうにくつくつと笑う。その嫌な笑い声に、僕はパヴァーを睨み付けた。
「どうしてこんな事をする!」
「何故? 君達人間だって自分の楽しみの為なら他のものを平気で傷付けるだろう。私も同じ事をしているだけさ」
「人間は、そんな人ばかりじゃない!」
「どうかな。君が気付いていないだけではないかね?」
僕の言葉に、パヴァーはあくまで楽しそうにそう言ってのける。その身勝手極まりない言い分に、怒りが頂点に達しかけたその時。
――かさり。
その、微かに何かが蠢くような音に僕は僅かに冷静さを取り戻す。咄嗟に足元を見ると、あの不気味な蟲が一匹、足を伝って僕の体を這い上がろうとしていた。
「うわっ!」
慌てて蟲を振り払い、力一杯踏み潰す。それを見たパヴァーが、つまらなそうに言った。
「おや残念。君のような正義感の強いタイプは、義憤の感情を煽ってやれば簡単に隙だらけになって蟲を植え付けられると思ったのに」
「お前……!」
何て奴だ。人の心を弄んで、自分の思い通りにしようとするなんて……!
「煌めけ、剣よ!」
言葉を紡ぎ剣を出す僕に、パヴァーが興味深げな視線を向ける。僕はまた蟲に近付かれないように、周囲に注意を張り巡らせながらその視線を受け止める。
「ほう、面白い道具を持っている。君の正気を失わせる事が出来れば、実にいい玩具になりそうだ」
「うるさい! お前だけは、許さない!」
「くくく、昔それを言った戦士が何人も私の玩具になったよ。君もじきにそうなる」
パヴァーが翼をはためかせ、軽く浮き上がる。僕は剣を握る手に力を込め、パヴァーに向かって走り出した。




