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蒼月の交響曲  作者: 由希
第一章 総ての始まり
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第三十二話 銀色の少女

 目的地である港町バルタスに僕らが辿り着いたのは、白い月が高々と上空に上がった頃だった。僕らはそれぞれ指定された宿で一晩を明かし、翌日の早朝から改めて遺跡の調査が開始された。


「凄いね……潮の香りで一杯だ」


 微かに湿った石壁に指で触れながら、ぽつりと呟く。石造りの人工的な通路の中には、外からのものかそれとも階下から漂ってくるのか、潮の香りが充満していた。


「下に行くともっと香りが強くなるぜ。おっと、滑らないように足元には気を付けな」


 先導するランドが、ランタンを掲げながらそう注意を促す。僕らは頷き、湿った床を注意深く進んだ。

 通路は思いの外広く、何人かが並んで歩けるだけの幅があった。調査区画はもっと下の方にあるらしく、他のチームはこの辺りには目もくれず通路を通り過ぎていく。


「俺達も急ごうぜ。先を越されちまう」


 ランドにそう促され、僕らは必死に足を滑らせないようにしながら歩を早めた。



 何度か階段を下ると一層潮の香りが濃くなり、壁や床に水が流れるようになり始めた。通路自体も分かれ方が複雑になり、考えなしに歩けば迷ってしまいそうだ。


「この階から下は、まだ誰も行った事がないんだ。遺跡がまだ続いてる事は確からしいんだけど」

「階段が見つかってないっていう事?」

「そういう事だな。この下から海水が沸き上がってきてる痕跡はあるんだけど、肝心の階段が見当たらないんだとよ」


 アロアの問いに、石壁をぺたぺたと触りながらランドが答える。僕はランドの行動を不思議に思って聞いてみた。


「ランド、それは何をしてるの?」

「俺さ、思うんだよ。階段が見つからないのは、どこかに隠されてるからじゃないかって」

「隠されてる?」


 壁から目を離さないまま、ランドは頷いた。そして、真剣な表情で言う。


「過去に見つかった遺跡の幾つかは、その入り口が隠されてたって話だ。それでそういう遺跡からは大抵、当時の歴史を知る上で重要なものが出てきたって聞いてる。……俺はさ、ここもそうなんじゃないかって思うんだ。隠された階段の下には、きっとでっかいお宝が眠ってるって」

「成る程……僕らも探してみよう、アロア」

「うん、解った」


 僕らは手分けして、壁や床を入念に調べた。歩く度に靴が水を吸って、だんだん重たくなってくる。それでも僕らは足を休める事なく、下へ続く階段を探し続けた。


「……ん、あれ?」


 ふと、壁を触っていた指が小さな出っ張りに触れる。石造りの壁は元々真っ平らという訳ではなかったけど、その出っ張りだけは、何だか妙な違和感があるように僕には思えた。

 どうにも気になって、出っ張りを色々と弄ってみる。押してみたり、引っ張ってみたりと試行錯誤を繰り返していると。


 ――かちり。


 そんな音がして、指先の出っ張りが微かに回転したのが解った。そして。


「っ、うわああああああああっ!?」

「リト!?」


 突如、足元の床がぱっと開いた。急な事に対応出来なかった僕は、為す術もなく穴の中へ落ちていく。

 一瞬にも、永遠にも感じるような時間。それは大きな水音と共に全身に柔らかい衝撃が走った事で、やっと終わりを迎えた。


「あいたたた……」

「リト! リト、返事をして!」

「おいリト、生きてるか!?」


 上の方から、焦った二人の声がする。首を上に向けると、ランタンの微かな灯りが二つ、ちらちらと見えた。


「僕は大丈夫! どうやら水の上に落ちたみたいだ」

「良かった、リト……怪我はない!?」

「うん、ちょっと全身がずぶ濡れになっちゃったけど」

「待ってろ、すぐにロープを下ろすからな!」


 僕は一旦体を起こすと、手探りでランタンを探す。幸いランタンはすぐに見つかったけど、荷物袋が水に濡れた影響で中の火口箱が湿気ってしまったらしく、再度火を点け直す事が出来なくなっていた。


「駄目だ、火が点かない。このままじゃロープが見えないよ」

「じゃあ、俺のランタンをロープに結び付けて下ろす。それを使え」

「解った。ありがとう、ランド」


 間もなく、するするとランタンが上から降りてくる。僕はランタンに付いたロープをほどくと、上に戻る前にと改めて辺りの様子を調べてみる。

 そこは一つの大きな部屋のようだった。天井は上の遺跡よりも高く、床は膝の辺りまで水で満たされている。潮の強い香りが鼻にまとわりついて離れず、もしかしたらこの水は海水なのかもしれないと僕は思った。


「ん……?」


 良く見ると、正面の壁に何か棺のようなものが立て掛けられている。蓋だけが硝子になったような、奇妙な棺だ。

 足元の水を掻き分け、棺に近付いてみる。近くで見ると、棺は壁から無数に伸びた太い管で固定されているのが解った。そして、その中には……。


「……女の子?」


 棺の中にいたのは、足首まである銀色の髪に不思議なデザインの銀色の服を着た少女だった。背は恐らく、アロアより頭一つ分くらい低い。少女はまるで死んだように、固く目を閉じ静かな眠りに就いている。

 僕は棺を開けられないかと、蓋の周りを調べてみる事にした。けれど不思議な事に棺には継ぎ目が見当たらず、開く事はどうしても出来そうになかった。


「おーい、何やってんだー?」


 いつまでも上がって来ない僕を不思議に思ったのか、ランドが声をかけてくる。と同時に、棺の横に赤い色の出っ張りがあるのが目に入った。


「ちょっと待って、中に変な棺が……」


 返事を返しながら、赤い出っ張りを押してみる。するとかちりと小さな音がして、出っ張りが中に引っ込んだ。その直後。


「わっ!」


 突然部屋中の壁が淡く光り出し、部屋全体の姿をうっすらと浮かび上がらせる。中でも一際強く輝いていたのは棺の内側で、壁の管は何かの紋様を描くように棺の光を壁へと移動させていた。


「な、何だ何だ!?」

「リト……!」


 上の二人も異変に気付いたのか、慌てた声が聞こえる。どうしていいか解らない僕の目の前で、棺の中の少女がゆっくりと目を開けるのが見えた。


 ――パリン!


 棺の蓋が、粉々に砕け散った。少女はその長い髪を不気味にくねらせると、地面に降り立ち真っ直ぐに僕を見た。


「――劣等種」


 少女が口を開く。美しいけれどどこか無機質で、冷たい声。


「劣等種は……殺す」


 そう言うと、少女は髪を振り乱し僕に襲い掛かってきた。

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