第二十九話 決意を新たに
「グオオオオオオオオン!!」
僕らを確認した魔物は、その場で一層激しく暴れ出す。僕にしがみついたアロアの体が、硬直するのが解った。
無理もない。村を魔物が襲った時はアロアは村の外にいて、実際に魔物が動いているのを見るのはこれが初めてなのだ。死体を見ただけでは、実感もあまり出なかっただろう。
「アロア……大丈夫。罠にかかって動けない今のうちに倒せば、安全だから……」
「う、うん……」
そう励ますも、アロアの震えは止む事がない。僕はアロアの手を取り無言で離れるよう促すと、暴れる魔物に一歩近付いた。
――その、瞬間だった。
――バキィィィィィン!
固い物の壊れる高い音が、辺りに木霊した。見れば、魔物の強い力に耐え切れなくなったのだろう、足を拘束していた罠がバラバラになっている。
「……っ、煌めけ、剣よ!」
それを見た僕の判断は早かった。即座に腕輪を剣に変えると、魔物に向かって斬りかかっていった。
魔物が爪を振りかざし、刃を受け止める。そしてそのまま力任せに、僕の剣ごと爪を押し込もうとした。
「……くっ……」
「リト!」
アロアの悲鳴が、魔物の爪を押し返そうと必死な耳に響く。それに返事をしたいけど、魔物の力は強く、少しでも気を抜くとそのまま押し切られてしまいそうだった。
やがて、思ったよりもしぶとい僕に痺れを切らせたのか魔物のもう片方の手が僕の肩を掴む。そして大きな口を開け、僕に噛みつこうとしてきた。
「うわっ!」
僕は咄嗟に身を深く沈め、牙を回避する。がちんと歯の鳴る音が響き、バランスを崩した魔物の体が少し前のめりになった。
そのままごろりと側転し、魔物の左側に回る。僕はまだ体勢を整えきれていない魔物の右目に、全力で剣を降り下ろした。
「ギャアッ!!」
血飛沫が舞い、反射的に魔物が後ずさる。僕はそこに追撃をかけるべく、剣を逆手に持ち替え横凪ぎに振るった。
しかし魔物は身を捻り、それをかわす。そして残った左目に怒りをたぎらせると、攻撃を放ったばかりで無防備な僕の左腕にその長い爪を突き立てた。
「づうっ!」
肉を貫かれる激しい痛みに剣を取り落としかけるも、何とか堪える。アロアは最早声を出す事も出来ないようで、辺りには僕と魔物の荒い息遣いだけが響く。
力ずくでは押し切れない。見た目によらず身のこなしも速い。上手く相手の虚を突くには……。
その時視界の端に、黄色い作物の姿が見えた。……一か八か、これしかない!
(ごめんなさい、ジオットさん!)
ジオットさんに心の中で謝ると、僕は剣を振るって素早く黄色い作物を一つだけ切り取り、魔物の方に放り投げた。魔物の注意が、一瞬だけ黄色い作物へと逸れる。
「貫け、槍よ!」
僕はその一瞬の隙に剣を槍へと変えると大きく魔物の方へと踏み込み、上を見上げている魔物の喉元を突き上げるように槍を突き刺した。
深く刺した槍が、魔物の首を貫通する。魔物はびくん、びくんと何度か痙攣したが、そのうちに動かなくなった。
「……っはあ、何とかなった……」
槍から手を離し、そのまま地面にへたり込む。支えをなくした魔物がどすん、と倒れるのと同時に、やっと動けるようになったらしいアロアが駆け寄ってきた。
「リト! 怪我を見せて、すぐ治療するから!」
「アロア……大丈夫だよ、そんな慌てなくても……っつ」
「ほら! 動かないで、早く怪我を見せて!」
「う、うん……」
必死なアロアに押し切られるように、僕は傷付いた左腕を見せる。無理して動かしたせいか、傷口からは血が止めどなく溢れていた。
アロアが印を結んでから、傷口に手をそっと当てる。すると淡く温かい光が掌から生まれ、傷を包んでいった。
「……ごめんね、ごめんねリト。私、怖くて……何も、出来なかった……」
「気にしないで。それよりアロアに怪我がなくて良かったよ。あいつが、アロアを狙う可能性もあったから」
「でも……リトを支えるって決めたのに、私……」
アロアは長い睫毛を伏せ、泣きそうに体を震わせている。そんなアロアの頭を、僕は無事な右手でそっと撫でた。
「僕は、アロアに支えられてるよ。今回だってアロアの作った罠があったからこそ、一時的にでもあいつの足を止められた。あいつと戦う機会を、アロアが作ってくれたんだ」
「でも、そのせいでリトはこうして怪我して……」
「そんなの、旅に出るって決めた時から覚悟の上だよ。楽な道じゃないって、始めから解ってた。それでも、行くって決めたんだ」
「リト……」
僕の視線と、アロアの視線が重なり合う。アロアは暫く僕を見つめていたけど、やがて吹っ切れたようにきっと眉を上げて言った。
「……私、強くなる。それで、早く聖魔法を沢山覚える。もう、リトの足手まといにならないように」
「……アロア」
「守られるばかりは、見ているばかりは嫌。だってそんなの、ついてきた意味がないもの」
そう言ったアロアの目には、決意の光が宿っている。ならば、それに応えなければいけないと僕も思った。
「……うん、強くなろう。二人で」
「うん。絶対に!」
僕らは互いに頷き合い、夜空を見上げた。夜空は、まるで僕らを優しく見守るように広くて、美しかった。




