五十五
「……い。……お……おい!」
「……五月蝿い。……声、デカすぎ」
「気が付いたようですね」
「周防君も、少しは考えて連れてきなさいよ」
目が覚めると、皆が俺の顔を覗き込んでいる。頭に霞がかかったような状態で、起き上がろうとすると史哉に安静にしておくように言われた。
「何本に見えますか?」
「……三本」
「じゃあ、これは何本ですか?」
「一本。どうしたの?」
見慣れた玄関ホール。そのソファで、血圧を測ったり、何かテストをしてくる史哉に訊ねると、下水道で起きた事を話された。
「なんとなく、思い出したよ。確か、彰に担がれたんだよね。それから苦しくなって、目が回って……」
「気絶してしまったのですよ」
「そうだったのか」
徐々に、意識がはっきりしてきて、思い出してくる。彰へ視線を向ければ、見の置き所がない感じで座っていた。
「彰。ごめん」
「何で、澪が謝るんだ?」
否。なんか、俺の所為で小さくなっている彰を見るのは、気分的に落ち着かない。それで、謝ったんだが。
そのまま、見ていると、彰は大息を吐いた。
「悪いのは、俺だろうが。……すまなかったな」
要するに、気絶するまで担いでたことに対しての、謝罪なんだろうか? それなら、受け入れるしかない。そうだよな?
「分かった。もう、気にしてないから。それより、これからの事だよ」
そうだ。下水道も生きた屍が、徘徊している。そうなると、逃走経路がない。いや、あるけれど……。自衛隊が、学院を包囲している。
「これからの事も考えなきゃならないけど、谷崎君はシャワーが先よ。自分の格好、見てみなさい」
秋月に言われ、体を見ると洋服に血痕が付いている。
「そうですね。澪の容態も安定している様子ですからね。早目にシャワーを済ませましょうか」
史哉にも勧められ、俺はシャワーを浴びることとなった。自室に帰り、着替えを準備して、シャワールームへ向かう。洋服は……。うん、諦めよう。
来ていた服は、ゴミ袋に入れていく。勿体ない気もするれど、これだけ血が付くと、血痕が落ちない。洋服は、駄目になってしまったが、身体に血の跡はなかった。
簡単に身体を洗い流し、私服に着替えて、部屋に戻る。目覚まし時計を見れば、午後二時を過ぎたところだった。今日は、話し合いをして終わりだろう。
玄関ホールに戻ると、昼食用なのか、ラップを掛けられたおにぎりと沢庵が置いてある。ただ、誰も居なかった。
「……待ってれば、来るか」
独り言を呟いて、ソファへ座る。
「下水道の生きた屍は、どこから入り込んだんだ?」
位置的には、学院の外。だけど見た限り、あの感染者たちは、学院の人間だったと思う。白衣を着た者も居た。下水道の崩れた場所と、学院の内部が繋がっていたのかもしれない。
「あるとすれば、点検用通路か研究施設だよな。後は、穴かな?」
崩れた瓦礫の上を覗き込んだ時、僅かに明るかった。地表に近ければ、その穴から、落ちたとも考えられる。
「まあ、考えても意味ないか」
どちらにせよ、下水道からの脱出は、不可能ということだ。考えるのを止めて、テレビを点ける。どのチャンネルも、奇病について取り上げていた。
「一日で、こんなに変わるのか」
普段から、朝夕のニュースしか見ない。この時間帯だと、ワイドショーと呼ばれる類の番組だろう。映像は荒く、かなり乱れている。現在、封じ込め作戦を行っているとナレーションが解説していた。
「封じ込めか……。出来るといいけど、死なないからなぁ」
普通の感染症なら、死んでしまえば終わりだが、この感染は死んでも終わりがない。むしろ、死んでからが厄介だ。
「テレビを見ていたんですか?」
史哉が、お盆にお茶を乗せて、玄関ホールへ入ってくる。食堂に居たらしい。史哉の視線もテレビに注がれていた。
「うん。封じ込め作戦だってさ。効果あるのかな?」
テーブルにお盆を置くと、隣に腰を下ろす。視線は、相変わらずテレビへ向けられていた。
「難しいでしょうね。彼等は死にませんしね」
「ずっと、生きた屍の儘なのかな? 水分とか補給してないだろ。干からびて、遺体に戻るのかな?」
「もし、そうだとしても、時間が掛かると思いますよ? その間に、国境を越えるでしょうね。彼等には、国境という概念は、ないはずですから」
その通りだ。言葉は通じないから、説得も不可能。国境に壁でも設置しない限り、封じ込めは難しい。
「諸外国もですが、これからどうするかが、僕達の問題ですね」
「そうだね。脱出する方法は、塀を越えるしかないからね」
史哉に同意して、考える。東條さんの話では、直ぐに包囲網が出来上がるということだった。ただ、あれから、時間も経っている。まだ、包囲されているんだろうか?
学院全体を包囲しているとなると、かなりの部隊が、派遣されると思う。今日で、九日目。少なくとも、自衛隊は一週間、滞在しているだろう。そんなに、食糧などを持ってきているんだろうか?
過去の災害支援などを考えれば、有り得る。でも、この状況だと、それも怪しい。大体、報道もされていないから、長期滞在を見越していない可能性も有るんじゃないだろうか。
「難しいな」
考え込んでいると、彰と秋月が外から帰って来た。驚いて見ていると、隣に座っていた史哉が、立ち上がり口を開いた。
「見つかりましたか?」
「ああ、見つけた」
「図書館に近い場所だったから、助かったわ。谷口君が気絶したのって、私達と合流する直前だったのね」
秋月は、クロスボウ。彰の手には、木刀と俺の剣鉈が握られている。
「気絶した時に、落としたんでしょ。周防君が取りに行くって言うから、一緒に行ったのよ。心配しなくても、あいつ等とは戦ってないわ。本当に地下倉庫から入って、直ぐの場所だったの」
その言葉を聞いて、安堵する。秋月の言葉通り、気絶する前まで、手に握ってた。そうか、落としてたのか。
「彰、秋月。ありがとう。助かったよ」
二人に感謝の言葉を伝えれば、笑ってくれた。一番最初から、使っているというのもあるし、使い勝手がいい。失くしていたら、本当に困っていたと思う。
「じゃあ、史哉と秋月さんがシャワーを浴びてきて下さい。待っている間に、おにぎりを準備しておきましたから、遅めの昼食にしましょう」
区切りをつけるように、史哉が声を掛け、其々が動き出した。




