十九
三人の顔が驚愕に染まる。それはそうだろう。こんな突拍子もないことを言われれば、誰だって同じような顔になるだろう。
一番に立ち直ったのは、彰だ。俺に覆い被さる様にして押さえつけている。
「どういう意味だ?」
「言葉のままさ。学院の警備員が警察官と同じ訓練を受けているのは、彰も知ってるだろ? そんな彼らが、何の抵抗もなく狂乱者になること自体が、不自然なんだよ。間違いなく、内部の犯行。しかも、外部に漏れないように、門も開かない。不審者が警備員を相手にして、さらに厳重にロックされているシステムコンピューターの場所へ辿り着いて破壊するのは難しい。大体、システムコンピューターの存在自体、外部の者に知り得ない情報だろ? でも、内部の者なら不審に思われないし、破壊するのだって可能だ。知性を失った狂乱者や生きた屍に、システムコンピューターを破壊することは出来ない。破壊したのは、人間なんだ。なぁ、彰。管理棟で遭遇した狂乱者の中に、研究生が混ざって居たんだろ?」
俺が理由を話す毎に、彰の顔が険しくなっていく。たぶん、俺の顔も同じだ。
「ああ。……確かに、居た」
やっぱり、居たのか。出来れば、外れであって欲しかったのに。そしたら、俺の推論も崩れるのに。
「しかし、それだけでモルモットにされたとは判断できないじゃありませんか?」
判断できる材料があるから、話しているんだ。それは、衛星電話。
荒田が持ち出し、史哉と彰で使えないか試したらしいが駄目だったと聞かされた。これは、管理棟を経由しない独自の連絡手段。それまで、使えなくなることは、普通に考えて有り得ないこと。
「じゃあ、史哉は衛星電話が使えなくなった理由を説明できるのか? 衛星電話は役員寮で生徒会が管理している。それまで使えないのは、どうしてなんだ?」
「っ!」
そう。説明できるはずがないんだ。
確かに、全てが管理棟にあるコンピューターに寄って制御されている。インターネットも電話回線も携帯電話も使えなくなったのは、その所為だ。
だけど、非常時用の衛星電話が使えないのは、どう考えてもおかしい。衛星電話は、全ての連絡手段が使えなくなった時の為に置かれている。実際、先月の点検では、使えたのだ。
それが、使えないのは、衛星電話の通信自体が切断されているということ。そんな大がかりなことが、只の研究者に出来るのか? 答えは、否だ。
「成徳学院は、国が作った学校で、セキュリティは堅いんだ! 一介の研究者に、そのセキュリティを突破するなんて可能なのかよ! 犯罪者になると解っていて、こんな馬鹿げた実験をするっていうのかよ!」
「澪、いい加減にしろ!」
畳み掛けるように怒鳴り散らせば、上から彰に怒鳴り返された。
「大量殺人、猟奇的殺人。どちらにしても、死刑になるのが目に見えてる。それでも、こんなことをするということは、殺人犯になる覚悟があるか、後ろ盾があるのかのどちらかしかないじゃないか。まして、国が管理する研究施設で事故なんか起きるのかよ? そんなの……益々、有り得ないじゃないか」
こんなの八つ当たりだと解っていても、止められなかった。
「こんなことになるなら、どうやってでも、みんなを外へ逃がすべきだったんだ。そしたら……、そうしていたなら、死なせずに済んだかもしれないのに!」
先生たちを吊り下げたのは、俺達を外へ出さず一ヶ所に集めたかったんだろう。高等部の出入口はひとつ。しかも、掲揚台は出入口の近くで、目立つところにある。あの時、梯子や机を持ち出して外へ逃げるように判断していれば、怪我を負っても死ぬことはなかったかもしれない。
「……俺が、皆を殺したのと同じだ」
悔しくて、悲しくて、やり場のない怒りに涙が滲む。どれだけ泣いても、皆は帰って来ない。解っているのに、涙が止まらない。皆の命を背負えるほど、俺は強くない。
「澪だけの所為じゃない! あの時は、俺も同じ判断をしていた。籠城してやり過ごせば、どうにかなると俺も考えたんだ。だから、自分ばかり責めるな!」
力が抜けて、されるままになっている俺を、彰がその腕の中に包み込む。
「国が絡んでるなら、外に出ても同じだ。どちらにせよ、殺される。だから、責めるな」
腕に力を籠められて苦しくなる。彰は、どれだけ俺を甘やかせれば気が済むんだろう。余計に胸が苦しくなった。
「……そう、ですね。澪だけが悪いのではありません。あの時の判断は、正しかったんです」
「まあ、バイオハザードなんて、普通に起こることじゃないのは、確かね」
「でも……」
「でも。じゃねえ。責める必要がねえって言ってんだろうが。苦しい時ぐれえ、人に頼れ。何度言わせる気だっ。この馬鹿が!」
「っ……ごめん」
また怒鳴られそうなので、馬鹿じゃないと心の中で呟く。でも、彰の言葉は、彰の腕と同じで暖かくて気持ちを楽にしてくれた。
「まったく、見てるこっちが恥ずかしくなるわ。そういうことは、二人きりの時にしてくれないかしら」
「まあ、澪を甘やかしたいのは理解できますが、度が過ぎますよ? ちなみに、澪も彰もノーマルですから、そう言う目で見ないでくださいね」
彰の腕の中から史哉を見れば、にっこりとした笑みを浮かべ、意味の解らないことを言っている。彰も俺もノーマルって何がノーマルなんだろう?
「お前ら、俺が羨ましいんだろ」
「確かに、庇護欲はそそられますね」
「周防君と飯田君が過保護なだけでしょ? それとも愛かしら?」
三人して何の話をしてるんだ?
もがいても横になっている状態だと力が入りにくく、彰の腕を解くことが出来ない。
「暴れるなって。ソファから落ちるだろうが」
「なら、離せ!」
「なら、暴れるな」
「嫌だ!」
「周防君って、子離れできない親みたいね。まあ、谷崎君も親離れできない子供みたいだけれど」
「王子と王子を守る騎士として有名ですからね」
「ああ。それ、聞いたことがあるわ。裏で二人を題材にしたやおい本があるらしいわよ。確か『姫王子と騎士様』だったかしら」
「ククッ。女子は、怖いですねえ。彼らの名誉の為に言っておきますが、そんな関係じゃありませんよ? まあ、彰のスキンシップが過度なのは認めますが、友情からのものでしょう」
「そうなんだろうけど、周防君の谷崎君を可愛がる様子を見てると、かなり引くわ」
「そうですか? 僕は彰が羨ましいですよ?」
「飯田君も、周防君と同類なの?」
「ええ、勿論。……あの二人を傷つける人間は許しません。たとえ、それが女子だろうと例外はありませんよ?」
「……」
俺が、もがき続けている間に、そんなやり取りがあったと知ったのは、ずっと先のことだった。




