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十八

 早目の夕食を取り、俺と彰と史哉の三人で、階段入口にある扉を閉めた。

 何年もの間、放置されていた扉は、錆付いていてびくともしない。食用油を潤滑油代わりにして、僅かに動くようになった扉を三人がかりで押して、漸く閉じることが出来た。そして、いざとなったら、素早く逃げ出せるように玄関ホールへ移動した。

 灯りは漏れることが無いため点けたままにしておくこと。

 非常用にランタンを各自、持ち歩くこと。

 リュックに詰めた食料品や医療品は、外へ逃げ出した時に使うこと。

 寮内の移動は、必ず二人で行動すること(秋月がトイレの時は、入口で待つこと)。

 ひと通り簡単な決まりを立てた俺達は、ソファセットで休憩を取ることにした。


「ハァ……。疲れた」

 夜中から起きていたのが仇になったのか、体が重く感じられて3人掛けのソファに力なく寄りかかる。このまま眠ってしまえたら、どんなに幸せだろう。

 だが、今から見張りの順番を決めなければならないし、まだ秋月の話も聞いていない。

「おい。大丈夫か?」

「大丈夫とは言い切れないが、寝不足なだけだから、心配いらない」

 きっと大丈夫だと言い張っても、彰は信用しない。案の定、彰は俺の肩を押してソファに倒した。

「最初の見張りは、俺がやる。澪は寝ろ」

「……ああ。そうさせてもらう」

 無理して足手纏いになるのは嫌だ。

「史哉も、それでいいな?」

 少し離れた場所に居た史哉に、彰が確認を取る。

「構いませんよ。澪の顔色もあまりよくありませんからね。ただ、眠るのは少し待ってください。彼女に確認しなければならないことがあります」

「何かしら?」

「実験体とは、何ですか?」

「ああ、そのことね」

 史哉が秋月に問い掛けると、納得したような顔で俺達を見回した。俺も起き上がり話を聞こうとしたが、彰に肩を押されたままで起き上がらせてもらえない。

「横になったままでも、話は聞けるだろうが。大人しく、寝てろ」

「そうね。谷崎君は、これからの事を考えたら、少しでも横になっていた方が良いんじゃないかしら」

 話をする本人にまで横になっていろと言われる。俺は、諦めて身体から力を抜いた。

「何から話そうかしら。実験体というのは、そのままなんだけど、意図的にウイルスを感染させられた人間のこと。まぁ、一次感染者たちのことよ。三人は、この学院内に研究施設があるのは知ってる?」

「ええ。澪から聞きました。レベル4の研究施設らしいですね」

「そうよ。じゃあ、何を研究していたか知ってる人は?」

 研究施設があることは知っていても、その中身まで調べることが出来なかった。史哉も首を傾げ思案している。レベル4といえば、有名な所でエボラウイルスや天然痘ウイルス。マールブルグウイルスだろうか? 俺なりに思いつくウイルスを頭の中で整理していると、ふっと肩の重みが消えた。

「…………建設当初の研究対象はレベル3のウイルスが対象だった」

 彰……?

「そう。……それで?」

「半年前に稼働し始めて、研究対象がいきなりレベル4に変更になった」

「何に変更されたか知ってるのかしら?」

「十九年前に太平洋の深海で発掘された未知のウイルス。確か、二千年前の寄生生物の化石から発見されたんだったか?」

 三人の遣り取りに、史哉も俺も呆然となる。話の内容にも驚いたが、それより彰が別人のように見えたから。

「……ふーん。ちゃんと知ってる人間が居たのね」

「偶々、だがな」

「じゃあ、研究所所長が誰か知ってる?」

 何故かは解らない。だけど、秋月の視線は話している彰ではなく、ずっと俺に向けられている。その視線が、責められているように見えて怖かった。

「……知らねえよ。それで、その未知のウイルスが生徒を生きた屍にしてんのか?」

 秋月の視線を遮るように俺の前に腕を付き、彰が問う。

「生きる屍の事は、私にも解らないわ。私が知っているのは、貴方たちが狂乱者と呼んでる奴らの方よ。きっと、ウイルスが変異して生きた屍が生まれたんじゃないかしら?」

 変異。つまり、新型ということか。ソファに体を預けて、今までのことと二人の会話を整理してみる。



 事の始まりは、研究施設が建てられたこと。大学院研究生の口振りでは、バイオハザードが起きかねない研究が行われていた。きっと、彰の話した未知のウイルスを扱うことに研究生は反対していたのだろう。

 そして、昨日。研究生が恐れていた事態になった。

 荒田が報告に来たのが、一昨日の午前九時。逆に言えば、三日前の夜から一昨日の早朝までに、門が閉ざされたと言うことだ。

 彰が管理棟に到着した時点で、狂乱者と生きた屍に遭遇している。研究施設で感染が起きたのなら、管理棟へ到達するまでの時間が早すぎる。それに、先生たちの殺され方も異様だった。

 彰や史哉に聞いた話では、頭に近い部位を噛まれると、直接生きた屍になるらしい。

 たった二日で、四十人近く居た生徒が四人になった。恐るべき感染率だ。

しかし、国家が運営する学院で、そんな簡単に事故が起こるものだろうか?

 少なくとも警備員は、武器を携帯しているはず……。まてよ。彰の話じゃ、管理棟のシステムコンピューターは破壊されていた。警備員も全員が感染していて……。

 じゃあ、システムコンピューターは、誰が破壊したんだ?

 狂乱者には、理性も知性も残されていない。そんな状態で、破壊するのは限りなく無理がある。

 先生たちの殺害も、殺すことが目的じゃなかったのか? あんな場所に吊り下げたのは、どうしてだ? ただ、殺すだけなら吊るす必要なんか無い。

 まさか……見せつける為、か? 一体、誰に? 何の目的で? どうしたかった?

 そして、辿り着いた持論に自分自身でも呆れてしまった。そんなことがあっていいはずがない。それなのに、他の答えを見つけることが出来なくなった。

「…………秋月さん。実験体は、未知のウイルスを投与されて狂乱者になる。そして、実験体の血液や唾液を媒体として他者にウイルスが感染する。それは、間違いないんだよね?」

「え? ええ、そのはずよ」

 いきなり話しかけた所為か、秋月は戸惑うように答えた。彼女が何を知っているかは解らない。ただ、生きた屍を知らないのは、本当だと信用することにした。

「これは、俺の推論だから間違ってるかもしれない。出来れば、間違ってて欲しい……かな? じゃなきゃ……ははっ、はははは」

 思わず笑いが零れる。だって、これが事実なら、俺達に生き残れと言う方が無理なんだ。

「何、笑ってんのよ?」

 突然、笑い出したのが不気味に映ったんだろう。それは、彰も史哉も同じようで、ギョッとした顔で俺を見ている。

「うん。笑って、ごめん」

 謝罪をして、三人を見る。それぞれが怪訝な顔で俺を見つめている。一度、深呼吸をして、それを口にした。

「色々考えていくとさ、俺達……学院に残っていた人間全員が、モルモットにされたんじゃないかって、そういう結論になったんだ」


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