EP.14 昇級した兵士はもう冒険者
「エルウィン、火」
ゼッドは木杯を片手に、腰の小袋から細く巻いた葉を一本取り出し、口端に咥えた。
「いい加減自分で用意したらどうです」
言いながらも、エルウィンは短く詠唱し、小さな火を灯す。ゼッドは慣れた手つきで巻き葉の先端を寄せ、赤く燻るのを確かめると深く吸い込んで煙を吐いた。
「生き返るなぁ……」
疲労の滲むオズワルドの顔を見ると、巻き葉を口から外し、そのまま差し出してくる。
「アンタもやるか? 疲れてるときは悪くねぇぞ」
「遠慮する」
『燃焼煙から一酸化炭素、微粒子状物質、および複数の刺激性有機化合物を検出。継続的吸入は呼吸器および循環器への負荷を増大させます。推奨しません』
酒や煙草の類は、二一〇〇年代以降の地球では政府認可施設で嗜むものになっていた。もっとも、向こうでは摂取量まで機械に監督されていたが。
Life Chip――生体統合情報デバイス。体内に埋設された小型チップが、心拍、血中酸素濃度、血中アルコール濃度などの生体情報を常時監視し、AUREXをはじめとする医療用ナノマシンを制御する。身分証明から決済までを包含する、個人と社会を接続する端末でもあった。
「くぅ! 酒がうまい!」
ゼッドが巻き葉を片手に木杯を呷る。
二世紀ほど前のアメリカじゃ、酒の製造や販売まで法律で禁じた禁酒法なんて時代があったらしい。それを十数年で撤回し、再び自由に酒が流通するようになったのだから、振り幅が大きいというか、やることが極端だ。今じゃ飲みすぎれば、本人より先に端末の方が「今日はここまで」と判断する。
その対極を体現するように、目の前ではゼッドが実に旨そうに煙と酒を摂取している。長期的に見れば自傷に近い行為だ。それでも数千年にわたり人類が手放せなかった以上、健康という合理性だけでは測れない何かが、そこにはあるのだろう。
「……まぁ、こっちは自己責任か」
「ん? なんか言ったか?」
オズワルドはかぶりを振った。
「いや」
そのとき、ロビーの喧騒を縫うようにギルド長のヴァレリオが歩み寄ってきた。
◇ ◇ ◇
「あの魔核を見て目を疑ったが……よく、生きて戻ったな」
ヴァレリオの視線が、オズワルドの腰のホルスターへ一瞬だけ落ち、安堵を帯びた表情へ変わった。
「想定より、だいぶ大物でした」
ゼッドが肩をすくめると、ヴァレリオは小さく息を吐き、受付カウンターへ合図を送った。ほどなくして、木箱に収められた漆黒の核が、布を敷いたテーブルの上へ慎重に置かれる。
「この魔核だが、さっそく鑑定にかけたところ……結果は、A級相当だった」
ギルドホールの空気が途端に変わった。
「A級……?」
そこかしこから、押し殺した囁きが漏れる。
ルナがごくりと喉を鳴らし、金勘定には動じないはずのキリカでさえ、目を見開いて魔核を凝視していた。
「A級ってそんなにすごいのか?」
「この間の〈勇者〉捕獲作戦で現れた魔獣と同等だ。それを――〈暁の道標〉だけで仕留めてきた。これは、そう簡単に上げられる成果ではない」
ヴァレリオは魔核から視線を外さぬまま、意図的に、周囲へ届く声量で続ける。
「ともあれ、ギルドとしては相応の評価と報酬を提示せねばならん」
カウンターの方から、いくつもの革袋が運ばれてくる。ずしり――ずしり、と重い音を立て、テーブルの上へ並べられた。
「素材売却分と危険手当込みだ。〈暁の道標〉に対する報酬になる」
「おおお……」
ゼッドが思わず感嘆を漏らし、キリカの瞳が露骨に金貨の輝きを帯びた。
「これ……本当に、全部……?」
「魔核の大きさを見ればな」
ヴァレリオはそこで一度言葉を切り、改めてオズワルドへ視線を向ける。
「それと、今回の依頼における〈暁の道標〉の働きは文句のつけようがない。もちろん、オズワルド君も含めてだ。ギルドとしても、仮E級のまま据え置くにはさすがに不自然だ」
ルナがわずかに身を乗り出す。
「正式な昇級審査には多少時間を要するが……ひとまず、君はもうE級の器ではない。C級相当と思ってくれて構わん。書類上の階級は、追って更新させる」
「リアム様、すごいです!」
ルナが紫色の瞳を輝かせ、
「E級から一気にC級なんて、異例ですよ。私もC級ですし、普通は順番に上がって、それこそ数年かかることも……」
「今日はもう、ゆっくり休め。これでしばらく〈暁の道標〉の名は、街中の酒場で語り種になるだろうさ」
そう言い残し、ギルド長はロビーへ戻っていった。
『今回の報酬と昇格による金銭的余裕は、寝床の確保、衛生環境の改善、装備更新に有効です』
汗と血と泥にまみれた自分の手を見下ろす。この世界へ放り出されてから、ようやく自分の足が地面を捉え始めた――そんな実感が、遅れて胸の内へ沈んでいく。
「そういえば、『魔報』が次の段階に進みました!」
ルナがずり落ちた眼鏡を押し上げながら、嬉しそうに声を弾ませた。
◇ ◇ ◇
リアムの昇級が告げられる少し前。
閉じた扉の向こうで、ちりん、と鈴音が鳴った。ルナは手元の魔法陣が描かれた羊皮紙から指を離し、家の外へ飛び出した。扉の脇に置いたもう一枚は淡い青光を残している。家の中の魔法陣には音を生む術式線を描いてはいない。今の鈴音は、間違いなく外のこの魔法陣から響いたのだ。やった! ついに――
「できた……できました!」
机の下の籠には、黒く焦げた羊皮紙が山になっていた。
片方を呼びかける魔法陣、もう片方を応える魔法陣として何度も魔術式構築の設計書を組み直した。二枚の羊皮紙に同じ魔法陣を描けば両方が鳴り、距離を空ければお互いの魔法陣は干渉しなくなる。魔力の出力を強めれば、音が鳴るより先に羊皮紙が燃え上がった。
二枚の魔法陣に共通する術式線を一本ずつ対応させ、互いの魔力だけを拾うよう術式を組み直していった末、ようやく離れていても音を出すことができた。
研究を始めたきっかけは、〈勇者〉捕獲作戦の日に仲間とはぐれたことだった。助けを呼べないまま森を歩き回り、最後にはミメルに襲われた。
あのおかげでリアムと出逢えたんだけどね。
思い出すだけで、ふふっと笑みがこぼれる。
「いや、それよりも!」
こ、これは大発明です……
「大発明ですよー!」
ブトワルの街の外れにある小さな家で彼女は声高らかに叫んだ。




