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まだ恋とは呼べない距離で  作者: rio
中学生編
9/9

第9話 待ち伏せと基準

読者週間が明けた昼休み。


教室の空気はいつも通りざわついていて、特別なことなんて何もないはずだった。


理緒は自分の席でノートを開きながら、隣の未来と軽く言葉を交わしていた。


「最近さ」


未来が、何気ない調子で切り出す。


「お兄ちゃん、なんか変なんだよね」


ペン先が、一瞬だけ止まる。


「変って?」


なるべく自然に返す。


「なんかさ、ソワソワしてるっていうか。落ち着きないし」


未来は頬杖をつきながら、少しだけ楽しそうに言う。


「前はもっと、クールぶってかっこつけた顔してたのにさ」


——かっこつけた顔。


その言葉に、図書室での晃の表情がふと浮かぶ。


言葉を探しているような顔。

何かを誤魔化そうとしているような沈黙。


それと同時に、思い出す。


手を引かれたときの感触。

離さなかった手。

自分が、握り返してしまったこと。


「……受験生だし」


少しだけ間を置いて、理緒は言う。


「勉強で疲れてるんじゃない?」


できるだけ、何でもないことのように。


未来は「ふーん」と短く返す。


少しだけ間を置いてから、視線をこちらに向ける。


「でもさ」


軽い調子のまま、続ける。


「最近、帰るの遅いんだよね」


理緒の視線が、わずかに揺れる。


「部活ない日も」


未来はそれ以上説明しない。


ただ、少しだけ笑う。


「……なんかさー」


ペンをくるくる回しながら、


「お兄ちゃん、分かりやすいんだよね」


——その一言が、妙に引っかかる。


理緒は何も言わない。


未来は続ける。


「お兄ちゃんって、いつも自分のやりたいことに熱中してる感じだから」


「……そうなんだ」


「今は何に夢中なんだか」


少しだけ身を乗り出す。


「気になるんだよね。」


その言葉に、胸の奥が小さく揺れる。


何かに夢中?


――何に?


——考える前に、止める。


「……受験勉強じゃない?」


なるべく軽く返す。


未来は一瞬だけ黙る。


それから、ふっと笑う。


「まあいいや……理緒ってそういうとこ鈍いよね」


それ以上は何も言わない。


チャイムが鳴る。


会話はそこで終わる。


周りの空気が一気に動き出して、いつもの昼休みが終わる。


理緒はノートに視線を落とす。


文字が、少しだけ遠く見える。


——何かに夢中。


その言葉が、頭の中に残る。


『誰でもってわけじゃない』


じゃあ。


——私は?


考えかけて、止める。


そんなこと、考える必要はない。


ただ一緒に帰っているだけ。


——委員会だから。

——暗いから。


それだけ。


……


本当に?


断わる選択肢もあった。


それでも、送ってもらうって決めたのは――私。


あの日の帰り道が、浮かぶ。


手を握ったまま歩いた時間。


離すタイミングを、どちらも逃したこと。


——別に、普通のこと。


そう思おうとする。


思えばいいだけなのに。


その直後に、浮かぶ。


離したあと、もう少しだけ繋いでいたかったと思った感覚。


「……」


ペンを持つ手に、少しだけ力が入る。


考えなくていい。


考えたところで、意味はない。


そういうものじゃない。


——そういうことにしておけばいい。


「……それだけ、だよね」


小さく、呟く。


誰にも聞こえない声。


それでも、その言葉はどこか頼りなかった。


消化しきれず、ずっと喉の奥に残ったまま。


---


部活を終えて、理緒は部室を出た。


少しずつ日がのびてきて、外はまだ夕方の始まりだった。


読書週間はもう終わった。

だから——今日は、いない。


そう思いながら、昇降口へ向かう。


当たり前のことを、わざわざ頭の中で確認する。

そうしないと、どこか落ち着かない気がした。


下駄箱の前に立ち、靴を履き替えようとしたとき。


視界の端に、人影が映る。


「……」


顔を上げる。


昇降口の外。

柱にもたれるようにして、立っている人がいた。


——藤森先輩。


一瞬、思考が止まる。


どうして、ここに。


そのとき、近くにいた男子生徒が声をかけた。


「お前、帰んねぇの?」


先輩は少しだけ顔を上げて、


「ん?あぁ……帰る帰る」


そう言いながら、動かない。


男子生徒は「じゃな」と言って行ってしまった。


そのやり取りを見て、理緒は少しだけ迷ってから声をかけた。


「……誰か待ってるんですか?」


先輩の視線が、こちらに向く。


一瞬だけ間があって、


「……いや、帰る」


そう言って、足元に置いていた鞄を肩にかけた。


それだけ。


それだけなのに。


まるで最初から決まっていたみたいに、二人は並んで歩き出す。


同じ歩幅で、校門へ向かって歩く。


少しだけ、風が冷たい。


理緒は前を見たまま、口を開いた。


「……もう、帰るタイミング合わないと思ってました」


先輩は、少しだけ間を置いてから答える。


「そんなことないだろ」


短い返事。


それ以上は続かない。


でも、沈黙が重くはなかった。


むしろ、少しだけ慣れてしまっている自分に気づく。


しばらく歩いて。


理緒は、ほんの少しだけ息を整える。


——聞くなら、今。


そう思った。


でも。


踏み込みすぎてはいけない。


言葉を選ぶ。


「……あの」


先輩が少しだけ視線を向ける。


理緒は前を見たまま、続ける。


「先輩って」


一拍、置く。


「どんな人を送るんですか?」


言ったあと、自分でも少しだけ不自然だと思う。


だから、すぐに付け足す。


「その……今日も送ってくださるんだって、少しびっくりして」


できるだけ軽く。 ただの疑問みたいに。


でも、胸の奥は少しだけ騒がしい。


先輩は、すぐには答えなかった。


足音だけが、しばらく続く。


やがて、ぽつりと落ちる声。


「別に…」


視線は前のまま。


「どんな人って言うか……」


少しだけ言葉を探すようにして、


「……思いつき……みたいなもん」


それだけ。


それだけ言うと、少し早足で前へ行ってしまう。


表情が見えない。

どこか、はぐらかされたような気がした。


「……でも、誰にでもじゃないって……」


そう言いかけて、理緒はちょうどいい言葉を探す。

でも、見つからない。

だから無難に返す。


「……そんなもん……ですかね」


それ以上は聞かない。


聞けない。


聞いたら、止まらなくなる気がするから。


また、沈黙が戻る。


でも今度は、少しだけ違う。


歩幅が少し合わなくなる


――今は、思いつき?


その考えが浮かびかけて、すぐに止める。


考えなくていい。


そう決めている。


なのに。


さっきより気軽に返せなくなった。

言葉を選べば選ぶほど、何も言えなくなった。

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