第12話 テスト結果と手加減
毎日20時20分更新予定
中学生編完結まで執筆済み
全50話前後を予定しています
夕食の時間、理緒は母と向かい合って座っていた。
食卓には、いつも通りの料理が並んでいる。
テレビの音だけが小さく流れていて、家の中は静かだった。
「そういえば理緒、テストどうだったの?」
母が何気なく言う。
理緒は箸を少し止めてから答えた。
「……平均、75点くらい」
「そう」
母は眉を寄せ困った顔になる。
「小学生の頃は勉強得意だったのにね……中学校の勉強、難しいの?」
理緒は少し間を置いた。
「難しくはないけど……」
言葉を選ぶようにして続ける。
「勉強が、好きになれないだけ」
母は一瞬黙る。
それから、ため息のように優しく言った。
「好きじゃなくてもやるのが勉強よ。
あなたはやればできる子なんだから」
理緒は小さく頷く。
「……頑張る」
その言葉を聞いて、母はそれ以上は何も言わなかった。
ただ、静かに食事が続く。
その静けさの中で、理緒の視線は少しだけ遠くを見ていた。
——昔は。
そう思った瞬間、記憶が浮かぶ。
兄がリビングで父にテストを見せていた日。
「父さん、今回のテスト頑張ったんだ」
兄は誇らしげだった。
父は答案を見て、軽く頷く。
「99点か。凄いじゃないか」
そして、優しい顔で笑って続けた。
「お前は努力家だからな。いつかはパパの会社も頑張って守ってくれそうだな」
兄は一瞬だけ表情を緩めて、うなずいた。
その横で、理緒は自分のテストを握っていた。
「パパ、理緒も!」
勢いよくテストを差し出す。
「100点か!理緒は勉強が得意なんだな」
父はそう言って、優しく頭を撫でてくれた。
「理緒もパパの会社継いで頑張るよ!」
「頼りにしてるぞ」
その言葉に、理緒は嬉しくて笑った。
その時の兄の顔を、今でも覚えている。
笑っていたはずの兄の表情が沈んでいったのが分かった。
——あのとき。
何かが変わってしまったのかもしれない。
それ以降、兄は理緒との勝負に乗らなくなった。
「理緒、早く食べ終わらせて。片付けたいから」
母の声で、理緒は現実に引き戻される。
「あ……ごめんなさい」
慌てて箸を動かす。
母は少しだけ苦笑した。
食事が終わりかけた頃、母が思い出したように言う。
「そういえば、今年のあなたの誕生日、夏休みの初日でしょ」
理緒は小さく頷く。
「お兄ちゃんも帰ってくるみたいだから、家族みんなでお祝いしましょ」
一瞬、手が止まる。
「……え、お兄ちゃんも?」
「久しぶりに家族で食事できるわね。ママ、楽しみ」
母は嬉しそうに言う。
理緒は少しだけ視線を落としてから、小さく答えた。
「……そうだね」
箸を持つ指に、僅かに力が入る。
食卓の音は、また静かに戻っていく。
その静けさの中で、理緒は気づかないふりをしたまま、
胸の奥に一つの波紋が広がっていくのを感じていた。
---
昼休みの教室は、笑い声で満ちていた。
理緒は未来とクラスメイト数人と机を囲みながら、いつものように談笑する。
「あのドラマ、昨日の見た?」
クラスメイトの一人が話題を振る。
「見た見た!やばくなかった?あの展開!」
「うちは塾だったから録画した。今日見る予定〜」
そんな会話が飛び交う中、未来がふっとため息をつく。
「うちなんか、お兄ちゃんがゲームしててテレビ占領してたよぉ」
未来は頬を膨らませる。
「しかも、私が先に座ってたのにソファ取られるし!」
「分かる〜。兄姉っていつも理不尽だよね!」
クラスメイトが笑う。
「しかも、お風呂入ろうと思って準備してたら、普通に先入ったし」
「それはもう戦争じゃん」
教室に笑いが広がる。
未来はさらに続ける。
「兄ってだけで自分勝手許されすぎ!」
「でもさ」
ふいに、理緒が口を開いた。
「なんか、仲いい感じ伝わってくる」
一瞬、空気が止まる。
「えぇ!?今の話聞いてそう思う?」
未来が思い切り顔をしかめる。
理緒は一瞬考えてから言う。
「うん。一緒にいる時間が長いんだなって」
「それは……確かにそうだけどさぁ」
未来は納得いかなそうに唇を尖らせる。
クラスメイトの一人が、ふと思い出したように言った。
「そういえば理緒ってお兄ちゃん、全寮制に進学したんだっけ?」
「うん」
「じゃあ、あんまり会えないの?」
理緒は視線を落とす。
「うん……元々、そんなに一緒に遊んだりはしてなかったけどね」
未来がすかさず割り込む。
「わかる。兄ってさ、妹に手加減してくれないし、うちも、だんだん遊ばなくなったよ」
「やっぱりそうなの?最近、妹が遊んでくれないんだよね」
「妹ちゃんに今までどんな扱いしてたの?」
クラスメイトが笑う。
「私は妹の立場だけど、勝てないて分かってたら、そりゃ遊ばなくもなるよ。うちの姉も妹潰しにくるから、今は相手しないよ」
そう言って、手でやれやれとポーズする。
そんな同級生達の会話に、理緒は少しだけ首をかしげる。
「兄や姉って、手加減とかしてくれないもん?」
その言葉に、クラスメイト達が目を丸くする。
「え、理緒のお兄ちゃん手加減してくれんの!?」
「え?あ……3歳上だからかな。いつも、手加減してくれてたなって……」
未来がすぐに食いつく。
「理緒のお兄さん優しい!」
理緒は不器用に笑う。
「うん……そうだったと思う」
「理緒いいなー。うちの兄もそっちが良かった。」
未来の声に、理緒は小さく笑って返す。
「そうかな」
チャイムが鳴る。
昼休みが終わり、教室が一斉に動き出す。
理緒は教科書を準備しながら、ふと思う。
——普通の兄って、手加減しないのかな。
でもすぐに、その考えを打ち消す。
たぶん、家庭によるだけ。
そういうことにしておけばいい。
それだけで済む話のはずだった。
なのに。
なぜかあの日の兄の沈んでいく笑顔が脳裏を過ぎった。




