表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から召喚された聖女が王太子妃となるので、婚約者だった私は侍女に格下げされるようです  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/34

聖女サクラの訪問

 サクラはレオノーレとディートハルトが乗る馬車のほうへと駆けてくる。


「あいつ、なんの用事なの?」

「わかりませんわ」


 ディートヘルムと仲良く旅行に出かけていたのに、なぜサクラだけ戻ってきたのか。

 本人に事情を聞かない限り、わからないだろう。

 レオノーレが馬車の扉へ手を伸ばしたら、ディートハルトが制止する。


「ねえ、なんであいつのところに行くの?」

「だって、あなたは応対できないでしょう?」


 ディートハルトの存在を、サクラは知らない。このまま出て行ったら、余計に話がこじれるだろう。

 レオノーレが出て行き、事情を聞くのが最善なのだ。


 だが、このままサクラのもとにいったら、ディートハルトは不機嫌になる。

 しばしサクラには待ってもらうとして、レオノーレはディートハルトのほうを見て訴える。


「ディートハルト、サクラは異世界から強制的に召喚した客人。召喚して呼び寄せるという行為は、サクラから見れば誘拐されたようなもの。それは、理解できますね」


 ディートハルトはこっくりと頷く。

 サクラは望んでこの国にいるわけではない。だから、最大限の敬意を持って接しないといけないのだ。

 だから、サクラを「あいつ」なんて呼んではいけない。

 助けを求めているようだったら、手を差し伸べる必要がある。


「そもそも、なんで聖女はここにきたの?」

「おそらくですが、彼女はきっと、わたくしがここに滞在していると聞いて、やってきたのでしょう」

「なんで?」

「さあ、それは本人に聞いてみないとわからないのですが」


 そう返すと、ディートハルトは途端に眉間に皺を寄せる。


「ディートハルトは、わたくしがいない世界に無理矢理連れてこられて、いいように利用されていたとしたら、どう思いますか?」

「腹が立つ」

「でしょう? サクラは今、そのような状況なのです。だから、わたくし達は可能な限り、彼女を助けなければなりません」


 そして今、応対できるのはレオノーレだけ。だからしばし、サクラのほうを優先する。それでいいだろうかと、ディートハルトに尋ねた。


「……わかった。でも、すぐに戻ってきてよ」

「もちろんです」


 理解してくれたので、ひとまず胸をなで下ろす。 

 だが、ディートハルトは心の奥底では納得していないのだろう。レオノーレをジロリと睨みつけるように見つめていた。


「顔を見られないように、頭巾を被っていてくださいね」


 そう言って、ディートハルトの外套の頭巾を被せた。

 そして、接近ついでに頬にキスをする。

 思いがけない行動だったのだろう。ディートハルトは目を丸くしていた。

 軽いスキンシップのつもりであったが、たいそう驚かれてしまったのだ。

 だんだんと、レオノーレまで恥ずかしくなる。


「ここで、大人しくしていてください」


 小さな子に言い聞かせるような言葉だったが、羞恥を押し隠すために早口になってしまった。


 馬車から下りると、外で待っていたサクラと目が合う。

 この寒空の下、異世界から着てきた制服姿で彼女はいた。短いスカートに、生足が覗く。とても寒そうだった。


「レオノーレ!!」


 駆けてきたサクラは、レオノーレに抱きついた。

 これまでこのような接触をした覚えがないので、戸惑ってしまう。


「何か、あったのですか?」

「ディートヘルムが、ディートヘルムが――!」


 まさか、旅先で何かトラブルに巻き込まれたのか。

 ふたりだけの旅を楽しみたいと言って、護衛は必要最低限だったという。

 国の王太子が倒れるというのは、あってはならないことだ。


「落ち着いてくださいませ」

「だって、だってえ、ディートヘルムったら、部屋に女の人を連れ込んでえっちなことをしていたんだもん!!」

「えっちなこと、ですか?」

「そう! 許せなくって、喧嘩して、帰ってきたの!」


 〝えっちなこと〟とはいったいどんな行為なのか。レオノーレは明後日の方向を向き、しばし考える。

 サクラの咎めるような言葉と、女性を連れ込んでいたという点から察するに、えっちなことというのは、いかがわしい行為を示すのだろう。


 さすがのレオノーレも、動揺してしまう。


「えーっと、その、ディートヘルム殿下は、旅行先の部屋に、春を売る女性を招いたと?」

「春を売る? 何それ?」


 レオノーレは眉間に皺を寄せ、こめかみを揉む。

 サクラはこの世界に召喚されたさい、言語がこの国の言葉に翻訳する祝福を得ていた。しかしながら、そのすべてが正確に翻訳されるわけではない。

 サクラが言うえっちも、レオノーレが言う春を売るも、互いにわかりやすいように翻訳してくれたらいいのにと思う。


「春を売るというのは、性交を商売とすることでして」

「あー、そう、それ! 私、無理なの。商売でも、他の女の人とえっちをするのは」

「そ、そうだったのですね」


 サクラの世界では、春を売る女を買うことも浮気に相当するらしい。許される行為ではないと。


「サクラ様の世界では、夫婦や恋人は愛を重んじ、伴侶に対して一途いちずであることをよしとしているのですね」

「この世界は違うの?」

「はい」


 身分があればあるほど、結婚には政治的な要素が濃くなる。そこに、愛はない。

 跡取りである子どもができたら、二度と夜を共にしない夫婦もいるくらいだ。


「ですので、この国の身分ある人々は、ごくごく当たり前に春を買います」

「え……なんか、そういうの、嫌だ」


 レオノーレはこれまで、ディートヘルムのために春を売る女性をあてがっていた。最初は本人が望んでいたし、気まぐれに手を出されてはかなわないと思っていたからだ。

 だから、今回の話を聞いても何も思わなかった。

 しかし、サクラにとっては絶対に許せない行為であったようだ。


「もしかして、これから先、ディートヘルムが他の女の人を連れ込んでいるのを、黙認しないといけないの?」

「それは、そうですね」

「そんな……!」


 サクラの瞳から、ポタリ、ポタリと涙が零れる。

 気の毒な娘だと、レオノーレは同情した。


「最近、ディートヘルムが、よく、わからないの。甘い顔をしていたかと思えば厳しくなったり、何もしなくてもいいと言っていたのに、未来の王太子妃であるという自覚はあるのかと怒り出したり」


 サクラの言葉を聞いたレオノーレは、眉間の皺をよりいっそう深くする。

 おそらく、甘い顔をしていたのはディートヘルムで、厳しい態度を示していたのはディートハルトなのだろう。

 言動や行動をなるべくディートヘルムに合わせるように言っていたが、相手は気まぐれなディートハルトである。機嫌が悪かったら、自分勝手な態度を取ってしまう。

 特に、サクラに対しては慎重な態度でいなければいけないのに、ディートヘルムを演じ切れていなかったみたいだ。


「もう、ディートヘルムの傍に居続けるのは無理だから、レオノーレのところに行こうと思って」

「それは、なぜ?」


 これまで、サクラに優しくしたり、味方につくような発言をしたりと、気に入られる行動や言動は取っていなかった。それなのに、サクラはレオノーレのもとへやってきた。


「だって、お城の人達は、ディートヘルムがいないと、冷たくなるの。最初から、信じていなかったんだ」


 ディートヘルムの前ではサクラを聖女様ともてはやしていたが、いなくなった途端に態度を変える者がいたという。


「新しい侍女の、アーレントだってそう。私を、心の中ではバカにしているように見ていた。でも、レオノーレ、あなたは、ディートヘルムがいようがいまいが、態度は同じだったの。それにあなたならば、私の気持ちをわかってくれると思って」


 同じディートヘルムに虐げられた者同士、仲良くしろと言いたいのか。

 レオノーレは呆れきってしまう。 


 何か言い返そうか。そう思った瞬間、馬車の扉が音を立てて開く。

 蝶番が外れ、扉は弧を描いて飛んで行った。


 何事かと思い、背後にある馬車を振り返った。

 頭巾を深く被ったディートハルトが、馬車から下りてくる。


「あんた、何バカなこと言ってんの?」

「だ、誰!?」

「俺はディー」

「彼は、ハルよ!! ハル・ディー!!」


 レオノーレは咄嗟に思いついた偽名を叫ぶ。

 ディートハルトは「何を言っているんだ」という視線をレオノーレに向けていた。同じように、「何をしているんだ」という視線を返した。


「彼は、わたくしと、契約していますの。ちょっと乱暴者だけれど、いい子ですわ」

「そ、そうなんだ」


 サクラに気づかれないように、ディートハルトの背中を撫でて落ち着かせる。

 気分は猛獣使いであった。


「ここは寒いので、中で話しましょう」


 サクラを誘おうとしたが、ディートハルトは不服そうにしていた。

 このまま離宮にサクラを連れて行ったら、不満が爆発するだろう。

 レオノーレはディートハルトの耳元で、そっと囁く。


「お気に召さないのであれば、わたくしはサクラと別の場所に行きますので」

「は? なんでそんなこと言うの?」

「だって、サクラを離宮にお招きするのは嫌なのでしょう?」

「嫌だけど、レオノーレが出て行くのはもっと嫌だ」

「でしたら、サクラ様をご案内しますね」

「好きにしたら」


 許可が下りたので、レオノーレはサクラを離宮に案内した。

 サクラはキョロキョロと、離宮の庭を眺めていた。冬であるが、美しい花々が咲き誇っている。


「この離宮は、レオノーレに与えられたものなの?」

「いいえ、わたくしはここの主ではありません」

「だったら、誰の物なの?」

「それは――秘密です」

「そっか」


 サクラはそれ以上追求せず、再び景色を楽しんでいるようだった。

 そんな彼女を、狐獣人の使用人ヴィリが迎える。


「お帰りなさいま――」

「わー、狐耳だ! 尻尾もある!」


 獣人が珍しいのだろう。サクラははしゃいでいた。


「触ってみますか?」

「え、いいの?」

「どうぞ」


 年若い娘に触れられて、ヴィリは嬉しそうだった。

 レオノーレは呆れつつも、サクラにヴィリ以外の獣人にはしないようにと諫めておく。


 ディートハルトはサクラに聞こえないように、ボソリと呟いた。


「俺、あいつ、大嫌いなのに」

「ディートハルト、しばし我慢してくださいませ」

「我慢するから、さっきみたいに、ハルって呼んで」


 どうやら、レオノーレが咄嗟に思いついた名を気に入ったらしい。改めて求められると、恥ずかしくなってしまう。


「あいつがいるの、我慢するから」

「わ、わかりました」


 レオノーレは恥ずかしい気持ちに耐えながら、「ハル」と呼びかけた。

 珍しく、ディートハルトは嬉しそうに微笑む。


 それを見たレオノーレは、きゅんとときめいてしまった。

 これではいけない。

 頬をパチンと叩き、気分を入れ替えてからサクラのもとへと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ