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「ヴィヴィアン王女、一曲お相手いただけますか?」
「よろしいですわ」
「王女の手を取るなど夢のようですよ。できればこのまま続けて踊れたらと思います」
「それはわたくしを辺境伯の妻にしてくださるということかしら?」
「王女を辺境伯夫人にするなど烏滸がましいと人は言うでしょう。でも王女と守り支えられたらと思わずにはいられない」
辺境伯は爵位を持つ貴族の中でも特殊だ。
普段は男爵家よりも下の扱いをされるが戦争が始まれば公爵家よりも上になる。
国境を守る最前線に領地を持つことからそのようなことになった。
「それもいいかもしれないわね」
「王女?」
「貴方と手に手をとって守るのも悪くないわね」
「王女・・・いえ、止めておきましょう。夢は夢のままで終わらせるのが一番かもしれませんね」
「聡い方ね」
曲が終われば別れる。
王女が望めばそのまま談笑くらいはするが次の申込者が待ち構えている中で談笑できるほど神経は図太くない。
「王女、ぜひとも次は私と踊っていただけますよね」
「そうね」
「王女の伴侶になるなら先に踊った彼らでは力不足でしたでしょう」
「そうかしら?」
「えぇその点、我が公爵家は歴史も財力もあります。王女には何不自由なく過ごしていただけると思っておりますよ」
「わたくしが公爵家に嫁ぐということかしら?」
「あぁ王女は継承権をお持ちでいらしましたね。それでしたら私が婿入りする形で王となっても良いですよ」
笑顔で軽く言っているが本心は王となることを目論んでいるのが手に取るように分かった。
公爵家である自分を軽く扱うなど微塵も思っていないことが言葉の端々に感じられた。
「うぐっ」
「あら、ごめんあそばせ。三曲目ともなると足が疲れてしまうのね。足を踏んでしまったわ」
「いえ、王女に踏まれるのなら役得というものですよ」
「そう?それともリードが悪いのかしら?ダンスの先生には褒められたばかりだというのに」
また踏まれては敵わないとこじんまりとしたダンスになり簡単に終わった。
社交界では女性はダンスに誘われたら断ってはいけないという暗黙のルールがある。
それは王女であっても例外はないが、続けざまに踊っていては疲れるのも事実だ。
「わたくしも宰相に言って抽選にしていただこうかしら」
「王女、次は私と」
「いや、ぜひ私と」
「待ちたまえ、ここは私と踊るべきだろう」
砂糖に群がる蟻のように見えてヴィヴィアンはこっそりと嘆息した。
あと、三曲くらいは踊れるが令息たちにはこちらの体力というものを考えて欲しい。
曖昧に微笑んで飲み物のブースに向かう。