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少女型嘘発見器  作者: 阿智工事
【二幕/二か月前/『少女型嘘発見器の罪』】
18/25

(17)彼女との電話

 その夜のこと。

 黒川邸の自室に戻った僕の、携帯が鳴った。画面を見ると山本からだった。

 僕は画面を操作し、電話を取った。

「山本? 今日は――」

 今日はごめん、と僕が謝るより先に山本は言ってきた。

『ねえ、あの子もそこにいるの?』

「あの子? …………リツちゃんのこと? いや、いないけど」

『本当?』

「え? ……うん」

 ……おかしい。

 なにかがおかしい。

 僕はそう確信すると同時に激しい不安に襲われた。

 電話越しの山本の声は、いままでに聞いたことの無いものだった。

 不信と疑い――僕に対する、そんな気配が滲んでいるような気がした。

「山本? どうかしたの?」

『……どうかしてるのは、そっちじゃないの?』

「……なにを。それは、どういう」

『ねえ、本当のことを教えてよ!』

 抑揚の乱れた甲高い声で山本が訊いてくる。

 僕は、僕の心の拠り所だったはずの山本の豹変に、世界が、足下が、ぐらぐらと揺らぎ始めるような感覚に襲われた。

 指が震えた。呼吸が乱れるのを懸命に抑えて、言葉を発する。

「ほ、本当のことって……」

『だから! いつも君が隠してることってなんなのか、教えてよ! じゃないと、あたし、どうにかなっちゃうよ!』

「……リ、リツが、何か、言ったの?」

『そうだよ! なんであたしがあの子に、あんなこと言われなきゃならないの!?』

「あ、あんなことって、いったいリツちゃんが、君に何を――」

『どうでもいいでしょ!? それより、君の方こそ本当のことを教えてよッ!!』

 激高したような叫び――以前のヒステリーよりなおひどい。数時間前に別れた山本のあまりの豹変ぶりに、僕はもう、なにがなにやらわからなかった。

「や、山本、落ち着いて。話す、ぜんぶ話すから! だから、落ち着いてくれよ!」

『落ち着いてるよ! だから、早く話してよ!』

「わかったよ! わかったから……」

 僕は咄嗟にそう言ったが……しかし、何を話すというのか。

 リツの能力について?

 明石にお金を持ち逃げされたことについて?

 それとも、リツに脅迫され――彼女の指を舐めるような行為をしていることについて?

「…………」

『…………』

 僕が黙ると、電話越しに沈黙が流れた。

 何十通りもの言葉を口にしようとしているのに、しかし上手く発音できない。

 長い長い沈黙のあとに、山本が言ってきた。

『……ねえ、一つだけ答えて』

「……うん」

 何を言えばいいのかわからない。でも、訊かれればもう、なんでも答えるつもりだった。

 例えそれがどんな質問であろうと。

 正直に。

 すべて。

 隠すことなく……

 そう。実のところ僕はもう、すべてを洗いざらいぶちまけて楽になりたかったのだ。

 ただ誰かにそのきっかけを与えて欲しかったにすぎない。

 だから僕は――決定的に最悪なことに、そこで、山本の質問を待ってしまった。

 やがて山本は、淡々とした口調で訊いてきた。


『……あなた。あの子のこと、抱いたの?』


 ……それは、思っていたのとは異なる質問だった。

 僕は一瞬言葉を失ってから、ほとんどロボットのように淡々と答えた。

「……そんなこと、するはず、ないだろ」

『……そっか。そうだよね。うん、わかった』

 そう答える山本の口調は……いつも通りの、落ち着いたものに戻っていた。

 電話越しに、緊張が弛緩したのを感じ取る。

 僕は、ほっと息をついた。

『じゃああたし、ケン太のこと信じるよ』

「うん……ありがとう。あの、明日また会おう! 屋敷の仕事があるけど、お昼過ぎにちょっとだけ抜け出すから。悪いけど、山本にこっちまで来て貰ってさ……いいだろ? 十四時くらいにメールしてくれれば、迎えに行くから」

『そうだね。わかった。じゃあまた明日』

「うん、また明日」

 僕は安堵しつつ、電話を切った。

 なんとか最悪の事態は避けれたと、そう思いながら。

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