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少女型嘘発見器  作者: 阿智工事
【二幕/二か月前/『少女型嘘発見器の罪』】
19/25

(18)僕と少女の夜

 僕は、山本が横たわっている霊安室の前で、顔見知りである彼女の両親に手ひどく一方的に罵られ、責め立てられた。

 うちの娘になにをした、お前のせいだ、どうしてくれる、お前が死ねばよかったのに、死んでわびたらどうだ――僕は追い返され、結局、山本の顔を見ることができなかった。

 彼女は昨夜、僕との電話の直後に自殺したらしい。

 残された遺書には、両親と周囲の人たちへの謝罪の言葉だけが書き連ねられており、自殺の原因には一切言及していなかったらしい。

 でも、その遺書の中に僕の名前は無かった。あれだけ親密にしていた僕の名前が、ただの一言も。それこそが、自殺の原因が僕にあるという何よりの証拠だった。

 山本が自殺であったことは伏せられ、友人たちには病死として発表されることになった。その日のうちに、僕と山本の共通の知り合いたちが次々に僕に連絡を寄越してきた。彼らは皆、生前の山本が僕のことをいかに大切に思っていたか――あるいは、優秀ながらもどこか生きるのが下手だった彼女が、いかに僕に依存していたかというようなことを伝えて、僕を慰めようとしてくれた。

 その中には、僕の居ないところでの、僕の知らない彼女の話も含まれていた。

 例えば、いつも「わかってくれるのはケン太だけだ」と言っていた、とか。

 あるいは、泣き上戸の彼女が酒の席で「ケン太以外と話したくない、ケン太を呼んでくれ」と繰り返しながら泣いていた、とか。

 僕がサラリーマンで忙しくなかなか会えなかった頃、僕の負担になるまいとデートに誘うことも控えていた山本は、せめて僕に偶然出会えることを期待してよく会社の近くをうろうろしていたのだ、とか。

 僕は、初めて知ったそれらの事実を――もう、どう受け止めていいのかわからなかった。

 大学三年の時に肉親を失っている僕には、帰るべき実家というものがない。病院を出た僕は、ほとんど自動的に黒川邸の自室に戻ると、本来行うべき労働を放り出して丸一日、ベッドの上にうずくまって、ただじっと時間が過ぎるのを待ち続けた。

 ああ……頭の中が、どろどろした液体で一杯になって、溢れている。

 どろどろ、どろどろ、液体が動き続けるせいで、何も考えられない。

 どろどろ、どろどろと……


 夜、リツが食事を運んできてくれた。

 ベッドの上でうずくまり頭を抱える僕に、リツはとても意外なことを伝えてきた。

「おじいさまが、気が済むまで休んでいていいと……お給料は、出ないそうですが」

 ……驚くべきことに、蔵人老人が、僕のこの有様を容認しているらしい。……もしかすると、リツの働きかけがあったのかもしれない。

「……お食事、食べてください。落ち込むにも、体力がいります」

 リツはそう言って、僕の口元にシチューの載ったスプーンを差し出してきた。

 うずくまる僕の腕の隙間を通り抜け、スプーンの先端が僕の唇に触れる。それに対してかすかに口を開くと、リツがそこへゆっくりとシチューを流し込んできた。

 こぼしたら悪いという意識が、無意識に僕の口を動かす。

 ……こんな状況でも、料理は美味しいと感じられた。

 もうすっかり泣き止んでいたのに、食べたシチューの水分がそのまま流れ出るように、涙が溢れてきた。喉が震え、一口分のシチューを情けなく口からこぼしてしまった。

「……白井さん、顔を上げてください」

 リツが、僕の背中に手を沿わせながら言ってくる。

 僕は言われるままに顔を上げ、リツのほうを見た。

「はい、白井さん。あーん」

「…………」

 僕は促されるまま素直に口を開き、先ほどより更にゆっくりとシチューを食べ始めた。

 ……彼女はもう、指先を僕に咥えさせるようなことはしなかった。

「……当然です、こんな白井さんに、そんなことはさせられません」

 リツが僕の心の声に応える。奇妙な会話。リツにしかできない、特別なやりとり。

 それはなんだか、とても久しぶりのことのように感じられた。

「……だって、私が心を読むと、白井さんが怖がるから……でも、いいんです、内心でどう思われてても、ただ一緒にいられれば……それだけで」

 ……リツは僕から視線を外して、手元に置いたシチューをのぞき込むように俯きながらそう答えた。その姿は、出会った頃の彼女そのままの姿に見えた。

 ――僕は彼女に対して、過剰に怯えすぎていたのだろうか?

 自分の後ろめたさのあまり、彼女の姿を見誤っていたのだろうか?

 僕の中にじんわりと、最近の自分の態度を反省する気持ちが湧いてきた。

「……気にしないでください。ぜんぶ私のせいだ、っていう自覚はありますから……」

 申し訳なさそうにリツが言う。ああ、そう、リツはこういう控えめな少女だったのだ。

 ……こんなに心を落ち着けてリツと会話をする日が、再び訪れるとは思っていなかった。

 僕は彼女のこれまでの様々な行為をぜんぶ水に流して、再び以前のように、優しく接することが出来るような気がしていた。

「…………」

 僕の心を読んだリツが、嬉しそうに小さく笑う。

 そう、僕は彼女との関係を取り戻せるかもしれない。


 ――リツが山本に対して何を言ったのか、それさえはっきりしたのなら。

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