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終わりの歌

歌合わせは簡易なものだったが、鬼との歌合わせに判者を連れてくるわけには行かないので、姫が決めることに。

また念者も(自軍の歌を誉め、敵軍の歌の欠点を言う人)は歌詠み人たち本人になった。


形式上は、緑と鬼黄。

だが緑の希望で、座に立ち合うのは春輔と鬼黄。

緑は鬼独特の気に当たると気分が悪くなるから、と理由を付けて姫の後ろに身を隠していた。


――かくして、

歌合わせは月明かりの中、始まった。


初めは鬼黄から。

朗々と読み上げる歌は、紅葉の美しさを詠んだ。

川に映える紅葉の幽玄さ、風に流れる秋風の薫り。

そして最後に、姫の頬に紅葉の色を彷彿させ愛しいと、さりげなく自身の想いを述べてみせた。


姫は背を向けているとはいえ、鬼の歌の深さに驚いた。

情景的で体の大きさにそぐわぬ繊細さも併せ持っている。

まるで都人のようだ。

向かい合って座っている春輔も、想像される風景に感嘆の息を漏らす。


「さぁ、そちの番じゃ」


春輔は息を呑む。

緑の書いた歌は紙に巻かれて置いてある。

春輔は紙を広げて―――


「な、ん…」


春輔は慌てて声を引っ込めた。怪訝な顔をする鬼黄。

頭を振って、春輔は歌を読み上げる。


歌は、紅葉していく様と姫を想う心の流れを詠んでいた。


――葉が黄色く色付くことを知った時と同じ頃、私の心も貴女のことを知りました。


山を登り、美しい紅葉(貴女)を見つけました。


紅葉よ、散らないでくれ。貴女を想う心も散ってしまうかもしれないから。



読みあげる春輔の声は震えていた。

顔も紅く、目を伏せている。

姫はどこか違和感を感じた…だが、歌の持つ優しさと子供っぽさに心が熱くなる。


「うぅ、む」


鬼黄は声を漏らした。

本来ならば欠点を見つけだして、批判をしなければならない。句に対しては稚拙で批判の仕様はある。

だがその意は可愛らしく、恋はじめの歌としては批判のしようがなかった。


「つくりは稚拙であるのに、意が心にここまで染みるとは…見事」


春輔は下を向いて黙っている。

鬼黄が自ら敵軍を賛めてしまったので、この歌合わせは春輔の勝利となった。


鬼黄が山に帰っていっても、手にした勝利の余韻に浸る暇もなく、春輔は気が気ではなかった。


―――緑がいないのだ。


静葉の傍にいたはずなのに、鬼黄の負けが確定した瞬間。

彼女が後ろを垣間見た瞬間、緑の姿が消えた。

そしてその手元には三首の歌。


「この手は…緑のです」


春輔は言う。

あの歌合わせの歌は――春輔自身のものだった。


『お前が最後の歌を詠め』


珠玉の歌を産むには三回くらい積み立てて詠め、と緑は言った。その時の歌だったのだ。

静葉は改めて歌を眺めて、読む。


それは――静葉への手紙、だった。


…貴女を見たとき、まるで風に流されぬように枝にしがみついている紅葉のようでした。


…紅葉を見るたび、貴女の顔が日毎、色付くように変わっていくことに気付きました。


…紅葉が散るように…



「…緑…」


嗚咽を漏らす静葉。春輔は辺りを見渡す。

山が紅く色付いているだけ。


「…ずるいですよ、師匠」


春輔は薄く、笑う。笑う頬へ涙が一筋落ちる。


…私は、この山を去っていきます。でも紅葉のようにまた山に来ることはありません。貴女を…



静葉は紙をくしゃくしゃにして抱き締めている。

嬉しいのか悲しいのか、分からなくなるくらい。涙が止まらない。


静葉は思う。

あの月の晩、緑の手を握りながら。

あの時、緑は哀しく笑っていた。

きっと決めていたんだろう、ここを去ると。



…貴女を色付かせてくれる人が、現れたから。



「まったく…生意気な子よ」


静葉の涙は風に散り、緑に色付く季節を導く。

そのたびに、優しさ教えてくれたあの子を思い出すのだろう。


――さよなら、緑、ありがとう。


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