三の秋
あれから歌合わせを申し込んでくることも、誰かも知れない文も止まった。
都で噂でも広まったのだろうか…どこぞとも知れない女に、天下の春輔が負けたなどと。
俺は静葉の屋敷を離れ、裏の山で瓜を食べている。
静葉は物忌みなので、しばらくは呼ばれないだろうと、久々に森で羽を伸ばした。
――と、話し声。
この声は…春輔!
慌てて身を茂みに隠す。
だが慌てすぎて頭までは隠せなかった。
「金の髪!春輔さま、あやつは鬼です!」
「おぉ、鬼か!よい、近う寄れ!」
馬鹿か。従者も呆れている。
だがどうせ逃げ道はない、姿を見せて驚かせ、姿を眩まさねば。
静葉の屋敷にいるなどと噂をたてられては困る。
仕方なく身を起こす。従者は怖れの呻き声を上げ、目を逸らす。手を合わせて念仏を唱えるものもいる。
春輔だけは嬉々として俺を見ていた。
なんだこいつは…と呆れる。
「食い殺されてーのか、てめぇ!
俺は森の鬼、リョクキだぞ!」
ひいと犬のように鳴く従者。
俺の罵声に春輔ははて、と首を傾げるだけ。
「その声…あぁ、お前は歌選びの姫の女人か!」
しまった。何故か春輔の喜色はますます濃くなる。
従者達はひいと喉をさらに鳴らす。まずい、姫の噂が…。
俺の焦りに感付いたのか、春輔は少し意地悪そうに笑って言った。
「ようし、リョクキ。
バラされたくなくば、私に歌を教えよ!」
従者までもが主人である春輔の言葉に驚く。
だが春輔は真面目そのもの。
…俺は呆れて、諦めた。
こうして、鬼に教えを請う歌教室が始まった。
「春輔、歌は生きものだぞ。
全部を型にはめようとするな、美を選べ」
春輔はもともと風雅な感性を持っているのに、それを生かせないでいた。
「うむ、だが私は全部を詠みたい。だから選べないんだよ」
「全部を詠むなど欲張るもんじゃねぇ。
美しき情景を細切れに切り取って、皿に生ける…これが歌の面白さ、極意だぞ」
おかしな組み合わせだ。
鬼と貴族、従者の口が堅くなければ俺はとうに討たれていただろう。
春輔はなかなかに吸収が早い、こちらも教えやすい。
「緑、俺はお前の主人を恋い慕っている」
春輔は静葉に本気だった。
卑しい身分とも知っているので、正室には迎えられないが一生をかけてでも近づきたい――と春輔は語る。
俺も静葉を恋い慕っている。
できるならすぐにでも故郷に連れて帰りたい…が、それは叶わない。
分かっている、だからせめて静葉を大切にしてくれる風雅な殿方を待っていた。
静葉にとって、春輔は頼りにすべき男。
こいつなら、静葉を頼めるかも知れぬ――、そう思い始めていた。
矢先、面倒なことが起こった。
それはたまたま屋敷の庭から見える山の紅葉を、春輔と歌に詠む練習をしていた時。
「我は鬼の鬼黄ぞ、噂に違わぬ美しさの姫を頂きにきた」
違う鬼が静葉を嗅ぎつけて、山から下りてきたらしい。
静葉は都の外れに住んでいる故、異界の者にとって人間の匂いを見つけやすい。
鬼の匂いに気付いた俺は静葉を部屋の奥に隠す。
鬼黄は、俺と春輔を見つけるとせせら笑った。
「匂いで分かるぞ、そのガキも鬼だろ。
馬鹿な奴だ、姫の美貌に囚われるなど、それでも鬼かよ」
鬼黄は俺と同じ金髪、だが体格がまるで違う。
丈も春輔の二倍。力業ではどうやっても勝てない…。
だが静葉を渡すわけには。
「ふうん、我が姫を奪おうとするか。鬼ならば話は早い」
堂々と、春輔は鬼黄を睨み付ける。
「我が姫は風雅な殿方を選ばれる、歌選びの姫。
鬼も人も関係なく、選びしはただ優れた歌のみ」
嫌な予感がした。
鬼黄は春輔の言葉に聞き入っている、こいつも馬鹿なのか。
「我らこそ姫に選ばれたる歌詠み人よ。
なればこそ、歌合わせにてその心意気を買おう!」
なんてことをしてくれる、と俺は頭が真っ白になった。




